第9章 貴方を必要としている!

第27話 ロシュオルの行方

 ルディアはレノフォードをリチェラー家の応接間に伴い、向かい合って座った。


 レノフォードは長椅子に浅く腰掛け、緊張気味に背筋を伸ばしている。まるで就職面接に挑む学生のようだ。


 その面差しは美しく、長い睫毛にかかるゆるく癖のついた髪など、どうしても最輝を連想させて胸がざわつく。


 ルディアは視線を外し、呼吸を落ち着かせてから口を開いた。


「フランロゼの邸宅で、ふしだらな催しが行われているとの報告を受けています」


「ふしだら……」


 レノフォードは考え込んだ。


「うーん、どうなのかな」


 意外だった。てっきり、反論や抗議をしてくると思っていた。


「違うとは言わないのですか」


「おへそとか出してますし……」


 彼らの衣装はノースリーブで、胸元やお腹周りが露出している。


「でも先日拝見した限り、露出範囲はマソパリスターも同じようなものですよ?」


 思わず、ルディアが反論してしまった。


 マソパリスターは丈の短い上着を羽織っているが、その下は胸当てで、胸元や腹周りは大きく露出している。


 レノフォードはきょとんと目を見開いた。


「そういえば、そうですね」


 マソパリスターは厚みのある肉が鎧のように体を覆っているため、素肌の印象が薄いのだろう。


「モチーフのエルフサーガも存じています。 昔からのイメージに沿ったデザインですね」


 ルディアは妖精衣装に問題があるとは考えていなかった。


「ただ、我が国では馴染みのないものですし、魅惑的とはすなわち、性的でもあります」


 ルディアの指摘にレノフォードは興味深げにうなずいた。


「芸術に抱く感銘って、恋愛感情にも似ていますよね。ふしだらとの境界線って、曖昧かもしれません」


 考えながら訥々とつとつと言葉を紡ぐ。


「でも、美味しいお菓子にときめくことや、子供を慈しむことに近いのではないかと」


 最初は思考が幼いのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 この男には、私利私欲をフラットにして先入観なく物事を見る才能があるようだ。


 ルディアは同意した。


「そうですね。私も芸術表現には寛容であるべきだと思います」


「ふしだらかどうかは、アートデュエルでご判断いただきたいです」


「そのつもりです」


 答えながら、ルディアは内心驚いていた。


 正直、ロドル騎士隊長の報告はあまりにも偏見に満ちたもので、正す必要があると思っていた。


 それを伝えた上で当事者の怒りや落胆を宥めるつもりだったのだが、まさか微塵の不快感も示さずに受け止め、冷静に分析できるとは……。


 この男、どれだけ素直なのだ。


「……ただ」


 寛容さを示しても、彼らを心から後押しできるわけではない。


「私は、美しい男が苦手です」


 ルディアは目を伏せた。


「貴方とこうして話すだけでも、 血の気が引くほど」


「……!」


 レノフォードの気配が強張こわばった。


 可哀想なことを言うが、事実だ。


「それが、今の女性たちの一般的な感覚です。美しいものを愛でることに慣れた男性とは違います」


 できれば、諦めて穏やかに過ごして欲しい。


「アートデュエルは女性が審査します。そこで酷評されれば、フランロゼ家の行く末にも関わりますよ」


「ルディア様」


 レノフォードの声は静かだった。

 いささかの動揺もなく、むしろ微笑みさえ感じる。


「妹は、僕のせいで家の名誉が危機に瀕しても、僕の心を全肯定してくれました」


 その口調ににじんだ深い愛情が、ルディアの胸をずきりと疼かせた。


「代わって矢面に立とうと奮闘し、わかり合える友を連れてきてくれました」


 目を背けていたものを突き付けられるような気がした。

 ルディアの安寧あんねいの裏で、何が起きていたのか。


「僕の心も、フランロゼ家の名誉も、何も捨てる気がない」


 戦わなければ彼らは穏やかでいられるなんて、どうして思っていたのだろう。


「……僕は妹を信じています。 それが失敗に終わろうと、最後まで支えます」


 迷いのないレノフォードの声が、真剣な色を帯びた。


「そのためにも、ロシュオルが必要です。彼の行方に、心当たりがありますか?」


 ルディアは唇を噛んだ。

 イケメン文化など広めて欲しくないと思っていた。

 しかし好みでないものの存在を無視し、芸術を縛ろうとするなど、愚かだ。


「……フランロゼ家についての報告を持ってきたのは、ロドル騎士隊長です。そして」


 ルディアは顔を上げ、レノフォードに視線を合わせた。

 真っ直ぐで穏やかなアメジストの瞳がルディアを受け止める。


 今まで、何を見ていたのか。

 外見に惑わされて本人を見ようとしていなかったのは、ルディア自身ではないか。


「騎士隊長には、認知を拒否した息子がいます」


 レノフォードはハッとした。


「じゃあ、ロシュオルを認めない実父というのは……!」


 ロドル・ケークス騎士隊長。


 おそらく、ロシュオルは彼のところにいる。

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