第8章 おっさんたちがハマっている!

第24話 ミニライブ

 フランロゼ家の広間は、浮き立った空気に包まれていた。


 フランロゼ家の者やロシュオルの家族以外に集っていたのは、モエスキー伯爵とドルオタ伯爵。

 フランロゼ伯爵の観劇仲間だ。


「正直、期待より不安の方が大きいのです。私は男のリュシー姫を受け入れられるのか」


 モエスキー伯爵は青ざめた顔で両手を握りしめている。ドルオタ伯爵はうなずいた。


「私も不安はある。変わってしまった声を聞いて、がっかりするのではないかと。しかし……」


 ドルオタ伯爵は、斜め前方へ視線を促す。


「フランロゼ卿を見ると、不安が吹き飛ぶのだ」


 フランロゼ伯爵の顔は期待でピカピカと輝いていた。



 広間の中央に、シェリアータが進み出た。


「エルフサーガミュージカルのミニライブへようこそ!」


 伯爵たちは聞きなれない単語にわずかな戸惑いを見せつつ、笑顔で拍手を送った。


「本日は、アートデュエル用パフォーマンスの一部をご披露いたします。途中で声を出してくださっても結構です。気軽な気持ちで楽しんでください」


 シェリアータの案内に、伯爵たちは顔を見合せる。


「声を出しても……?」


「どういうことだ?」


 オペラの場合、観客はパフォーマンス中に音を立てないのがマナーだ。

 今日は歌を聴くつもりで来たのに、声を出して邪魔をするとは不可解に過ぎる。


 しかし、心得顔こころえがおでピカピカしているフランロゼ伯爵を見ると、不安より期待がまさった。


「人の子たち~、元気?」


 明るい声が響き、褐色肌の男に担がれたハニーブロンドの少年が手を振って登場した。


「「!」」


 その華やかな姿に伯爵たちの目は釘付けになる。


 ハニーブロンドの少年は褐色肌の男の肩から元気に飛び降り、腰に手を当ててニコッと笑った。


「ウフ様ー!」


 フランロゼ伯爵の野太い声が飛び、モエスキー伯爵とドルオタ伯爵はギョッとしたが、ハニーブロンドの少年は応えるように手を振った。


「ありがと、知ってくれてる人の子もいるみたいだね。僕は卵の妖精『ウフ』。こっちは穀物の妖精『ファリヌ』で……あれ?」


 ウフは周囲を見回し、自分たちの来た方向を見た。


「シュクレー、何してんの? 恵みの時間だよ」


 その時、ウフの背後の衝立ついたてから布が落ち、銀髪の青年が姿を現した。


「我はここだ」


「わっ!」


 大きくのけ反り倒れそうになったウフを、ファリヌが受け止める。


「やめてよ、びっくりするだろ! あ、こちらが砂糖の妖精『シュクレ』。ご覧の通り愛想はないけど、」


 ウフは両手を口に添え、よく通るひそひそ声で言った。


「褒めたら喜ぶから!」


 にっと笑って肩をすくめる。



「男というから覚悟していたのに……リュシー姫以上に、可愛くありませんか?」


 モエスキー伯爵が呆然と呟き、フランロゼ伯爵はしたり顔でうなずいた。


「そうだろう?」


 人懐こく生き生きと跳ね回るウフ、寡黙だが周囲をよく見ているファリヌ、高飛車でマイペースなシュクレ。おおよその性格を印象づけたところで、ウフがパフォーマンスの開始を宣言した。


「エルフサーガの妖精たちの恵みを楽しんでね!」


 次の瞬間、フッと動きが柔らかくなり、神秘的な空気を纏う。


 流れ出した静かな音楽に、ウフの高音が乗った。ソプラノより低めの、カウンターテナーだ。


「おお…… 少し声が低いが、リュシー姫の歌だ!」


 ドルオタ伯爵の顔が輝いた。


「こうして聞いてみると、 半端な音域も悪くありませんね」


 モエスキー伯爵もほっと息をついて歌声に浸っている。


「後ろのパフォーマンスも独特だな」


「確かに、中東の踊り子のような……」


 左右で光と影が舞う。

 波のように体をくねらせ、力が指先へ伝わってゆく。力を抜く瞬間、伏せた目から視線が流れ、微かな微笑みを残して回転する。

 明色と暗色の長い手足が交じり、離れ、繋がって入れ替わる。


「なんだか……色っぽくないか?」


 ドルオタ伯爵はパフォーマンスから目を離さずに囁いた。モエスキー伯爵は動揺気味にそわそわしている。


「いや、しかし、男が色っぽいなんて……」


「あれは男じゃない、妖精だ」


 フランロゼ伯爵がキッパリと告げた。二人の伯爵に安堵の色がよぎる。


「そうか、妖精か」


「妖精なら仕方ありませんね」


 やがて静謐せいひつで荘厳な世界が途絶え、曲調が変わった。

 明るくテンポの良い曲で、動きが大きく、激しくなる。


 ステージ中央に集まっていた三人がバラけ、目で追うのが忙しくなった。


 楽しげにバウンドするような動きからジャンプしたウフに気を取られていると、ファリヌが走り込んで来て体をひねりながら手をつき、縦に回転する。


「わあっ!?」


「なんという身体能力」


 重い筋肉や豊かな脂肪を蓄えた体には想像もつかない技だ。


 シュクレの柔らかさを生かした動きは妖艶で、ターンの度に広がる銀髪が華やかだ。


「こ、これは面白いな」


 二人がキョロキョロしている隣で、フランロゼ伯爵が看板のようなものを出した。


 見ると、看板には目立つピンク色で


『ウフ様 麗しい』


 と書かれている。



「なんだそれは!?」


 狼狽うろたえるドルオタ伯爵に、フランロゼ伯爵は朗らかに答える。


「応援札だ」


「そのような物を掲げていいのですか?」


 モエスキー伯爵も動揺している。


「大丈夫だ、これはシェリアータの提案なのだ」


「そうなんです」


 シェリアータが割って入った。


「この間、パフォーマンスできないまま退屈札を掲げられてしまって……ぜひこの応援札で彼らの心を癒してくださいませ」


 二人にも同じような札とペンを手渡す。


「応援札を持っている人にはサービスパフォーマンスをしますよ」


「サービス……?」


「お父様、応援札を!」


「おう!」


 シェリアータに促されて、フランロゼ伯爵は応援札を掲げて振った。


「ウフ様~!」


 すると、ウフがフランロゼ伯爵のそばへやって来た。歌いながらフランロゼ伯爵を指差し、その指を唇に当ててウインクする。


「ふぉーーー!!!」


 大興奮するフランロゼ伯爵を見て、伯爵両名は色めき立った。


「ずるいぞ!私も」


「私もやります!」


 札に派手な色のペンを走らせる。


『ウフ様 こっち見て』


『ウフ様 ラブリー♡』


 二人が応援札を掲げると、ウフはドルオタ伯爵の前で、両手で自分を抱きしめてパッと伸ばし、人差し指を立ててくるくる回しながらウインクした。

 次いでモエスキー伯爵の顔を覗き込むと、はぐらかすように後ろを向き、振り向きざまにキスを投げる。


「ウオォ~!!」


「ウフ様~!!」


 二人は頬を上気させ、文字がブレて見えないほどの勢いで札を振った。


「ハァ、ハァ……なんというか……これは」


「楽しいな……!」


 普段は貴族社会のストレスに揉まれながら重々しく振る舞っているが、この場では軽やかであるほど推しのパフォーマンスが冴える。


 伯爵たちは解放感に酔い、普段の威厳も忘れてはしゃぎ倒した。



***



「お疲れ様! 大好評みたいよ」


 シェリアータは興奮気味に三人をねぎらった。


 レノフォードはシュクレの扮装を解いていないが、先程までの高慢な佇まいはどこへやら、ほわほわとした笑顔で喜んでいる。


「さすがだね、リュカ!」


 リュカリオはレノフォードの称賛にまんざらでもない様子だが、どこか複雑そうだ。


「悲しいことに、おっさんのツボは心得てるんだよな……」


 女にモテたいと言いつつ、メロメロおっさんを量産してしまう彼のジレンマは深い。



「シェリアータ、良かったな」


 シェリアータの頭上からロシュオルの声が降ってきた。


 が、シェリアータはいつものように見上げることができなかった。


 最も打ちのめされたタイミングに、その声を聞いたからだろうか。

 芯の通った響きを持つ落ち着いた声が、トリガーのようにあの日の情景をよみがえらせる。


「ええ、ほっとしたわ」


 声だけは平静を装うが、猛烈な恥ずかしさが上半身を駆け巡る。


 あの日の未熟を思い出す度、叫びそうになる。


「……どうかしたか?」


「何が?」


「目が合わないんだが」


 目を合わせてしまったら、記憶から逃げられなくなりそうで怖い。


「俺が何かしたのなら、すまない」


「ロシュは悪くないの」


 沈んだ声に慌てて、シェリアータはロシュオルの服を掴んだ。


「この前の失態を思い出すと、恥ずかしくて」


「失態? ……ああ、」


 ロシュオルは納得したようだ。


「よだれをたらしてたことなら、気にしなくても」


「そっちじゃない!!」


 掴んでいた服を離し、手刀を腕に打ち込む。


 笑う顔と目が合って、シェリアータは確信した。


 わざとだ。


 失敗を気にしてるのをわかった上で、はぐらかしている。


 なんだか泣きそうになった。



 こんなのもう、一人には戻れない。

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