第22話 退屈札
ついに、この日が来た。
リチェラー家の大広間には、大勢の貴族女性と芸術家が集っている。
アートデュエル本番の日だ。
「いよいよだね。緊張するね」
いつもより小綺麗な服に身を包んだミレーヌが、周囲を見渡してそわそわしている。
一般人が貴族の邸宅に招かれるだけでも、相当の緊張だろう。
「今日勝つのは難しいと思いますが、見てもらえれば、心を動かす人はいるはずです」
「そうだね。 私はシェリ様の感性を信じているよ」
人々の好みはともかく、エンタメとして質の高いものを用意できた、という自信はあった。
肩を叩かれて振り向くと、母メリアナが立っていた。
「シェリアータ、今日はライバルね」
「お母様はまたフトメン彫刻ですか?」
「今度のはムキムキよ! お互い頑張りましょうね」
そういえば、ものすごい逆三角体型の彫刻を見た気がする。倒れたりしなければ良いが、バランスは大丈夫なのだろうか。
シェリアータのアートデュエラー三人は、既に妖精の衣装を身につけて待機している。
「こんな会場で歌えるのか」
興奮気味に広間を見回しているリュカリオの隣で、レノフォードはガチガチに緊張していた。
「人が多すぎない?」
「大丈夫だよ、観客はじゃがいもだと思えば」
リュカリオのアドバイスで、レノフォードはじゃがいも、じゃがいも、と緊張解除の呪文を唱え始めた。
「スペースがあるから、ダンスは大きく動いて良さそうだな」
ロシュオルはステージ環境の確認に余念がない。
人混みの中から、ルディアが現れた。
前を横切るルディアの姿を認めたレノフォードは、ハッとして立ち上がった。
「じゃがいも様、こんにちは!」
大きな声に思わず振り向いたルディアだったが、耳に入った言葉の不可思議さに首を傾げる。
「じゃがいも?」
レノフォードは真っ赤になった。
「違う、ごめんなさい、ルディア様!」
ルディアは一歩下がって、シュクレの扮装をしたレノフォードを眺めた。
「貴方は……」
「ああ、この格好ではわかりませんよね。シェリアータの兄の、レノフォードです」
「ふぅん」
ルディアは納得顔でうなずいた。
「エルフサーガの妖精……そういうことね」
ルディアに気づいたシェリアータが、いそいそとやって来た。
「ルディア様、今日はよろしくお願いします!」
「……」
ルディアは無表情でシェリアータの顔を見つめた。
「私は準備がありますので、これで」
ドレスをつまんで優雅にお辞儀をし、ルディアは去って行く。
「はー、今日もお美しかったわ」
シェリアータはうっとりとため息をついたが、レノフォードは何か腑に落ちない様子でルディアの後ろ姿を見送った。
***
エントリーナンバー4番のパフォーマンスが終わった。
シェリアータたちのエントリーナンバーは、5番。いよいよ出番だ。
「エントリーNo.5!」
銅鑼の音と共にエントリーナンバーが告げられ、三人は立ち上がった。
「シェリ、行ってくるよ」
「はい、お兄様。頑張って」
ステージ中央に出て行った三人が配置につくと、会場がざわめいた。
「何? あれ、男?」
「あんな細い体、見せられても困るんですけど」
「やだ、気持ち悪い」
この程度の反応は想定内だ。
パフォーマンスを見れば評価は変わるはずだと、シェリアータは確信していた。
***
赤髪の令嬢、モエスキー伯爵令嬢は登場した三人を見て首を傾げた。
「何だか、見たことがあるような」
その隣で、青髪の令嬢、ドルオタ伯爵令嬢が呟いた。
「妖精の絵……」
「それだ」
思い出した。あのお菓子を買った店で見た絵の扮装だ。
好みではないが、中性の存在を現しているのなら、理解はできる。
どんなパフォーマンスをしようというのだろう、と興味が湧いたが、ふいに周囲がざわめき出した。
「ルディア様」
ドルオタ伯爵令嬢の視線を辿ると、ルディアが青い札を掲げているのが見えた。
「あの札は……」
退屈札。
審査員となる参加者の半数以上が掲げると、パフォーマンス終了になる札だ。
「そうよね。こんな気持ち悪い男たちのパフォーマンスなんて、見たくないし」
「ルディア様が上げてるなら、私も」
ルディアに追従するように、退屈札が次々と上がって行く。
「絵ならともかく、生身の男がやるのは……」
ドルオタ伯爵令嬢が呟き、モエスキー伯爵令嬢はそれもそうだ、と思った。
先ほどまでの興味は失せ、膝に置いていた退屈札を取り、掲げた。
***
「退屈札が半数以上になったため、No.5のパフォーマンスは終了となります」
会場アナウンスに、シェリアータは茫然とした。
「待って、まだ何も」
「エントリーNo.6!」
やがて、三人がシェリアータの元へ戻って来た。
「覚悟はしていたつもりだが、ここまでとは」
ロシュオルはため息をついた。
リュカリオは諦めに似たような、白けた表情だ。
「まあ……色々見てきたから、 今更驚かないよ」
「何もできなかったね」
レノフォードは残念そうだった。
「ごめんなさい……」
「シェリのせいじゃないよ」
レノフォードは慰めてくれたが、気が晴れるはずもない。
「ともかく、みんなお疲れ様。 着替えてからまた考えよう」
ミレーヌが吹っ切るように明るく
「……」
シェリアータは、目の前が真っ暗になるような思いだった。
パフォーマンスさえ、させてもらえないなんて。
罵倒にも嘲笑にも負けないつもりだった。
けれど、与えられたのは無視だった。
シェリアータは、緑のウェーブヘアを探した。
「ルディア様……」
あの時、真っ先に退屈札を上げていた。
今思えば、挨拶した時も反応が薄かった。
シェリアータの位置から、今のルディアの表情は見えない。
会場がざわついた。
6番のアートデュエラーが急な呼び出しに慌てた影響で、何かトラブルが起きたようだ。
会場に短時間の休憩がアナウンスされ、ルディアが会場を出ていくのが見えた。
シェリアータは居ても立ってもいられず、ルディアの後を追った。
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