第7章 間違えても貴方がいる!

第21話 お菓子コラボ

 シェリアータは、女性に知名度の低いエルフサーガを広めるため、宣伝活動をする計画を立てた。


 市の立つ日にシュクレサーガで屋台出店し、物語をイメージしたお菓子を販売するのだ。


 開発した商品は、口どけの良いパウンドケーキ。岩塩とレーズンとオレンジピールを練り込み、砂糖をまぶしている。

 モチーフの砂糖、小麦、卵を使用し、キャラクターイメージを彷彿とさせる食品をちりばめた形だ。



***



 当日は良い天気で、目立つ位置にミレーヌの絵とエルフサーガの文献を飾った。


「エルフサーガをイメージしたお菓子の新作です」


「試食をお配りしています」


 ミレーヌとイルエラが声をかけると、令嬢たちが足を止めた。


「エルフサーガって?」


 華やかなピンクに近い赤毛のロングヘアの令嬢が、店頭のポップに反応した。


「物には妖精が宿るという、シェランダ王国の伝承です。お菓子の材料にも妖精がいるんですよ」


 イルエラが説明すると、青髪をツインに巻いた連れの令嬢ものぞきこみ、飾られた絵を眺める。


「不思議な絵ね」


 赤髪の令嬢が眉をひそめた。


「これは……男?」


「さすがにこの顔で男ということはないでしょう」


 青髪の令嬢の否定の言葉に、ミレーヌはうなずいた。


「実は、どちらでもありません。一応の男女別のようなものはありますが、中性が基本です」


「中性……」


「男性と女性の中間ですね。プリスキラ王国では馴染みがないかもしれません」


 ふぅん、と二人は考える仕草を見せた。


「シェランダでは一般的なのね」


「それはもう、生活の一部です。とても神聖な存在で、大事にすれば祝福がありますよ」


 説明するミレーヌの横から、イルエラが試食を差し出す。


「まずは祝福の味を試してみませんか?」


「いただくわ」


 赤髪の令嬢が小さく切り分けられたパウンドケーキをつまんだ。


「……確かに、お菓子はおいしいわね。塩のアクセントが効いてるわ」


 青髪の令嬢も試食のケーキを口に運ぶ。


「本当、それにこんな口どけ初めて」


「一箱いただくわ」


「私も、一箱」


 二人はそれぞれに箱を手に取り、代金を支払った。


「ありがとうございます」


「こちらの紙袋にお入れしてよろしいですか?」


 イルエラは絵が印刷された袋を取り出した。


 抵抗を感じる人のために無地のものも用意していたが、お菓子の間に妖精が点在する構図で人物が目立つデザインではないこともあり、断られる率は低かった。



***



「調子はどう?」


 シェリアータが訪れた時には、商品は半分程度 けていた。中々順調なようだ。


「エルフサーガの認知度も徐々に上がっていると思います」


「良かったわ」


 通りを見渡すと、ゆるやかにウェーブした緑の髪が目に止まった。ルディアだ。


 今日はマソパリスターは同行しておらず、一人歩きを楽しんでいるようだった。


「ルディア様!」


 呼びかけると、ルディアの歩みが止まった。


「お菓子の試食はいかがですか?」


 ルディアはシェリアータの顔と店を見比べている。


「なぜ、あなたが売り子のようなことを?」


「私のアートデュエルと繋がりがあるんです。エルフサーガはご存知ですか?」


「知識はあるわ」


 ルディアは芸術サロン主催のリチェラー家の人間で、外交に関わるトップスターでもある。

 外国の文化には、触れる機会が多い。


「あれは、その伝承を描いたもの?」


「はい! さすが博識でいらっしゃる」


 美しい妖精たちの絵を眺めたルディアは、眉を寄せて目を閉じた。


「ルディア様?」


「……申し訳ないけれど、私は急いでいるので失礼します」


 去ろうとするルディアを、シェリアータは慌てて呼び止めた。


「このお菓子、ぜひお持ちください。 おいしいですよ」


 商品の箱を紙袋に入れ、ルディアに差し出す。


 ルディアは紙袋とシェリアータの顔を見比べた。


「試食という量ではなさそうですが」


「遠慮はご無用です、ルディア様には是非食べていただきたいので」


 代金は後でシェリアータが立て替えるつもりだった。


 ルディアは探るようにシェリアータの表情を眺めていたが、ふっと目を逸らした。


「ごめんなさい、ご遠慮いたします」


「そうですか……」


 離れて行くルディアの背中を眺め、シェリアータは呟いた。


「ルディア様にも食べて欲しかったな」


 演目の理解にも、役立ったに違いないのに。

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