第20話 限界オタクは揺らがない

 ロングトーンの余韻を残し、ウフはファリヌが差し伸べた腕を取ってターンした。

 二人が交差した中央で地から生えるようにシュクレが立ち上がる。


 踏み鳴らす足音と共に、フィニッシュのポーズが決まった。



「…………」


 シェリアータは三人に視線を固定したまま、口を半開きにしてほうけていた。


 ウフの姿をしたリュカリオは苦笑する。


「よだれたれてない?」


 シュクレの姿をしたレノフォードが、気遣わしげに声をかけた。


「シェリ?」


 シェリアータは我に返り、ハンカチを当てて涙を拭うふりをしながらよだれを拭いた。


「みんな頑張ったわね! この短期間によくここまで仕上がったわ」


 今日はフランロゼ家の中庭で通し稽古が行われていた。

 まだ荒削りだが、一通りこなせるようにはなっている。後はクオリティを上げるだけだ。


「踊りながら歌うってすごい体力使うね。マソパジムで鍛えてて良かったよ」


 リュカリオは水を飲んで息を整えながら笑った。


「リュカは動いても歌が全然ブレないのね。並みの肺活量じゃないわ」


「まあ一応、それで食ってたし」


 話していたリュカリオの目がハッと表情を変えた。

 シェリアータがその視線を追って振り向くと、中庭に入って来たフランロゼ伯爵の姿があった。


「この歌い方、表情……」


 伯爵はリュカリオを見つめ、呟きながらフラフラと寄ってくる。


 リュカリオも、伯爵に見覚えがあるようだ。


 つまり父は、庶民オペラで推しに認知されるほどはしゃいでいたのか。


「君は、リュシー姫か?」


「ああ、そうだよ」


 おずおずと尋ねたフランロゼ伯爵に、リュカリオはきっぱり答えた。


「お察しだろうが、オレは男だ」


「そ、そうか、男……」


「がっかりさせて悪かったな」


 かつてのファンを裏切るのはどんな気持ちなのだろうか。


 リュカリオは覚悟を決めた顔で、真っ直ぐ伯爵に向き直った。


「オレの声質で歌うには、騙すしかなかった」


「いや……ありがとう」


 フランロゼ伯爵の目が潤んだ。


「生きててくれてありがとう~!!」


「えっ?」


 なじられることを予想していたリュカリオは、きょを突かれて固まった。


「元気で生きて……歌って……うぅ」


 フランロゼ伯爵は感極まっている。


「軽蔑、しないのか?」


「そうだな、わしはまんまと騙されたな。それに男が女の格好なんて狂気の沙汰だ」


 それは、自分の理性に言い聞かせているようだった。


「わかっている、わかっているが」


 フランロゼ伯爵は、歯を食い縛る。

 しばらくの沈黙の後、意を決したように顔を上げた。


「やっぱり超絶可愛いじゃないか!!」


「は??」


 シェリアータは吹き出し、リュカリオは頓狂とんきょうな声を上げた。


「そうだ、わしはリュシー姫に感銘を受けただけで、下心があるわけじゃないんだ」


 フランロゼ伯爵の目は急に生き生きと輝き出した。


「だったらついてるかどうかに何の意味がある?」


 限界オタクムーブを始める父に、さすがのシェリアータもツッコミきれず優しい顔になってしまう。


「男でもこんなに可愛いなんて、 むしろ奇跡じゃないか!」


 伯爵は何かが吹っ切れたように晴れやかだった。


「あー……ありがとう、ございます」


 リュカリオも思考放棄して優しい笑顔を返すしかない。


「リュシー姫……ではないな。何と呼べばいいのかな」


 シェリアータが助け舟を出した。


「この姿の時は、卵の妖精ウフです」


「妖精……シェランダ王国の伝承、エルフサーガか?」


「お父様、ご存知なんですね」


「外交上のたしなみだよ」


 確かに、他国と接する機会があるなら、文化を理解しておかないとまずいことは多々あるだろう。

 では、政治に関わる貴族男性には元ネタの通じる可能性が高いのか。


「なるほど。 妖精は中性的な存在とされているからな」


 伯爵は扮装の意味に納得が行ったようだ。


「だが、理解を得るのは難しいだろうな」


 メインの相手は自国の文化にどっぷりハマった貴族女性だ。


「覚悟しています」


 しかし、悲観はしていない。


「お父様も見たでしょう、彼らのパフォーマンス。通用しないと思います?」


「目新しさに戸惑いはするが、確実にアートだな。何よりウフ様の歌が素晴らしい!」


 伯爵は半端な音域を気にしてはいないようだった。それより推しの新規供給がある事実の方が大事らしい。


「応援しているよ」


「ありがとうございます!」


 思わぬ味方を得て、シェリアータの心は沸き立った。

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