第17話 残念な美少年

 シェリアータが追いついた時、ロシュオルは少年の首根っこを捕まえていた。


 騒ぎに気づいたフッキンが、いぶかしげに戻って来た。


「うちの生徒が何か?」


「追いかけろと言われたので……」


「オレはなんもしてねーよ!」


 何をやったんだという視線が集まり、少年は必死に潔白を主張した。


 そういえばロシュオルに追いかける理由を説明できていなかった。少年が不届きものである可能性を捨てきれないのだろう。


「す、すみません、あの……ロシュ、離してあげて」


 声をかけると、ロシュオルがほっとしたように力をゆるめた。


「説明できる人が来ました」


 解放された少年はロシュオルを睨みながら襟元を整え、シェリアータに向き合った。


「で? なんでオレを……」

 

「あなた、美少年ですね!!」


 感動のあまり叫んでしまった。


 少年の容貌は、一言で言うなら可憐。

 サラサラのハニーブロンドは顔周りを丸く包み、くりっとした琥珀色の瞳がこぼれそうだ。

 肌は白いが、兄に比べるとイエローベースが強い。ゴージャスに飾っても負けないような華がある。


 少年はフリーズし、フッキンはロシュオルに向けて首をかしげた。


「これが説明か?」


 ロシュオルは曖昧に微笑んだ。


 さりげなくシェリアータに近づいてつついてみたが、シェリアータは美少年に目が眩んでいる。


「ぜひ、お話をさせていただきたいのですが」


「え、もしかしてオレ、口説かれてる!?」


 少年の瞳が輝いた。


 フッキンが穏やかに割って入る。


「トレーニングを中断されると皆の筋肉が困るのだが……」


 さすがにフッキンの巨体に遮られると、シェリアータの眩んだ目も覚めた。


「すみません」


 我に返り、怒られるかと小さくなったが、


「話があるなら、後でリチェラー公爵家併設のマソパジムまで来てください」


 扱いは威圧的ではなく、優しかった。


 男らしさを威圧や粗雑と履き違えた者も多いが、トップで尊敬を集めるフトメンはやはり人格者なのだな、と嬉しくなる。

 全然好みではないが、ファンになりそうだ。


「オレにもモテ期が……モテ期が来たんか!?」


「話は後です」


 興奮していた少年は、フッキンに抱き抱えられ、隊列に戻される。


 様子をうかがっていたケブカイが号令をかけた。


「マッスル~、ファイト!!」


「「「キンニク!フッフー!」」」


「「「ムキムキ!フッフー!」」」


 再び砂煙と地響きが起こり、一行は走り去って行った。


 やっぱり、圧が強い……!


「ハァハァ、二人とも速いね」


 追いかけて来たらしいレノフォードが現れた。


 え、今??


 シェリアータとロシュオルは顔を見合わせて吹き出した。


 レノフォードのトレーニングメニューに、走り込みも追加した方が良さそうだ。



***



 シェリアータはレノフォードとロシュオルを伴い、マソパジムを訪れた。


「ここがマソパジム……」


 ジムは広く清潔で、トレーニングマシンなどが配置され、世界観がバグりそうなほど立派な設備だ。


 受付で用件を告げると、やがてフッキンが少年を伴って現れた。


「お待たせしました。 トレーニングが終わりました」


「先ほどは大変失礼しました」


 シェリアータは深々と頭を下げた。


 少年は、嬉しそうに目を輝かせている。


「お姉さん、オレを口説きに来たんですか?」


「ええ」


 シェリアータがうなずくと、少年は片手を頭に添えてのけ反った。


「参ったなあ、やっぱり男は筋肉なんだな!」


 しかし、口説く前にあのことを確認しなくてはならない。


 シェリアータは手招きし、少年の耳元へ口を寄せた。


「単刀直入にお聞きします。あなたはリュシー姫ですか?」


 少年の動きが止まった。


「………………………………………………………………ちがい、ます」


「すごい間が空きましたね」


 少年は一歩引いて大きな声を上げた。


「オレはリュカリオ・ミエルミュゲです。リュシー姫など知りません!」


「そうなんですか!」


 レノフォードは素直に驚いている。


「僕はリュシー姫を見たことがあるんですが、本当にそっくりなんですよ!」


 悪気ゼロの笑顔が眩しい。リュカリオの頬はひきつった。


「リュシー姫はオペラ特有のケバい化粧をしていたはずです。似ているはずが」


「あの」


 シェリアータはすかさずツッコミを入れる。


「私たちはリュシー姫がオペラの歌姫だとは一言も言っていないのですが」


「!」


 知らなければ、普通は王族だと思うはずだ。


「少なくとも、ご存知ですよね?」


「知らないって言ってるだろ!」


 追い詰められたリュカリオは苛立ちながら吐き捨てた。


「大体、女装に何のメリットがあるんだよ。うまく化ければちやほやされるし、女子更衣室にも入り放題見放題だけど、女にモテないじゃないか!」


 ……うわあ。


「女装以前にそういう考え方が女にモテませんよ」


「うるさい! フトメンになればモテる!」


 リュカリオはシェリアータの後ろに向けてあごをしゃくった。


「よく見たらナヨナヨしたのばかり連れて、何? ナヨ枠のお求めなら願い下げだよ」


 ぷちん。


 脳内で、何かが切れた。

 シェリアータの顔に極上の微笑みが浮かぶ。


「そのナヨナヨしたのに押さえられて動けなかったのはどこのどなたかしら?」


「ああ、わかってるよ」


 リュカリオは忌々しげにシェリアータを睨んだ。


「だからオレはこれから鍛えてデカくなって、 ゴツゴツのムキムキになるんだ。邪魔すんな!」


「それは失礼いたしました、どうぞお励みあそばして」


 一歩脇に退いて深々とお辞儀をしたシェリアータの前を、少年は横切ってゆく。


「ご丁寧な激励をどうも。じゃあね」


 ハニーブロンドの間から素っ気なく挨拶し、リュカリオはジムを出て行った。


「シェリ……」


「残念だけど、芸術的価値観が相容れないようね」


 シェリアータは心配そうな兄に微笑みかけ、吹っ切るように背筋を伸ばした。


「また探すわ。フッキン様、お騒がせしました」


「なんだかすまないね」


「いえ、ご配慮感謝いたします。行きましょう、お兄様、ロシュ」


 二人を促して足早に去りかけたシェリアータは、足を止めた。


「わっ」


 続こうとしていたレノフォードが、シェリアータの背中にぶつかる。


 聞き覚えのある、鈴のような声が降ってきた。


「どうして貴女がここにいるの?」


 視線の先に、ルディアが立っていた。

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