第4章 お兄ちゃんがいる!

第12話 イケメン布教の鍵

 ひとしきり騒いだシェリアータと白髪の女性は、周囲になだめられて椅子に座った。


 白髪の女性はロシュオルの祖母で、ミレーヌ・カヌヴィオレというそうだ。


「この絵は妖精だと言われていましたが、どのような由来があるのですか?」


 シェリアータが尋ねると、ミレーヌは待っていたように居ずまいを正した。


「私の出身国シェランダには、妖精伝説『エルフサーガ』があります。あらゆる物に妖精が宿るとされ、人々は妖精に敬意を払い、物を大切にするんです」


 シェランダ王国は、山を隔てた隣国だ。

 国境くにざかいの山は険しく、通常なら大きく迂回する必要があるため、位置関係の割に交流は密ではない。


 シェランダは海にも面しており、物流の豊かな国だ。食文化や布製品の技術で他国をリードしている。


「私が娘の時分、妖精の姿を現代風に想像して絵にすることが流行りました」


 ミレーヌはカウンターの隅から、一冊の本を持って来た。


「その画集が出版されることになり、私が担当したのが砂糖の妖精、シュクレです」


「砂糖の妖精……」


 開かれた該当のページには、壁の絵と同じものが印刷されていた。


「妖精は中性的な存在だと言われているので、このようなデザインを考えました」


 ページをめくると、他にも中性的な妖精の絵がたくさん描かれており、シェリアータのテンションは上がる。


 だが多くの絵が女性寄りで、イケメンに見える絵は少なかった。

 やはりミレーヌの絵が、シェリアータには一番しっくり来る。


「それがきっかけで、菓子職人として修行に来ていた夫と知り合ったんです」


「おお……」


 砂糖の妖精が繋ぐ恋。なかなかロマンチックな話ではないか。


「だから、お店に絵を飾ってあるんですね」


「はい。思い出の絵です」


 ミレーヌの顔に昔の恋を懐かしむような表情がよぎったが、


「でもシンプルに、シュクレが好みなんですよ!」


 両のまなこにカッと火が灯った。


「美しくて高飛車で人間なんか見下してるのに甘いものを喜ぶ姿に愉悦を感じひねくれた執着さえ抱きながら恵みをもたらす神!!」


 早口でまくし立てる思いの丈。

 わかる、推しを語る気持ち、よくわかる!


「こんなバサバサのまつ毛、男にはありえない?うるさい、これがいいんだよ!!」


「同意!!」


 シェリアータは力強く拳を握りしめてうなずいた。


「そこへ現れたこのお方……」


「お兄様ですね」


「細く長い手足、透明感のある肌、銀に輝く髪、華やかなアメジストの瞳。あまりにも思い描いていたシュクレで……」


 ミレーヌは口元に両手を添え、感極まっている。


「私も震えました。ミレーヌさんの絵」


 この国でイケメンを絵にされることがあっても、頼りなさや気持ち悪さを強調したものだ。


「お兄様に近しい見た目の存在を、これほど気高く描いてくださる方がいるなんて」


「……実はこの絵は何度か、お客様にクレームをいただいたのです。気持ちが悪いと」


 シェリアータは青ざめた。

 なんというバチあたりな!!


「でも取り下げるわけにはいきませんでした。思い出だから、好きだからというだけではなく」


 ミレーヌはロシュオルに視線を移した。


「細身で整っている男が気持ち悪い、という主張を認めれば、ロシュのことも否定するような気がして」


「ばあちゃん……」


 ロシュオルは祖母にも愛されている。

 そのことはシェリアータの心を温めたが、しかし。


「ここに飾った絵を褒めてくださったのは、身内以外ではあなたが初めてです」


 褒められたのが、初めて?

 それどころか、クレームを?


「……やっぱりおかしい」


「え?」


 シェリアータは絵の横に立つと、額縁にそっと手を沿わせた。


「この絵が評価されないなんて、間違ってます」


 その場にいる一同を見渡す。


「きっと流されているだけで、イケメンの良さに気づいていない人たちがいる」


「イケメン?」


 ミレーヌが聞きなれない言葉を復唱し、イルエラも首をかしげる。


「見た目が美しい男のことです」


 今、世間では『ナヨ男』と言われている。

 その言葉を『イケメン』に変えたい。


「そして、イケメンたちも、自分の良さに気づいていない」


 思い知らせるのだ。あなたは素敵だと。


「この世界の価値観を変えましょう!」


 シェリアータの宣言に賛同するように、ミレーヌが立ち上がった。


「私にできることがあれば、なんなりと」


「ミレーヌさん、ありがとうございます!」


 プロジェクトに絵師が加わった。

 まだ何をやるかは決まっていないが、道が見えてきた気がする。


「ご協力はぜひいただきたいのですが、考えがまとまるまで少し時間をください」


 ミレーヌは深くうなずいた。



***



 帰り際、お代はいらないと言うのを固辞して菓子を購入することになり、レノフォードにこころゆくまで選んでもらうことにした。


「……シェリアータ」


 レノフォードを待つシェリアータに、ロシュオルが声をかけた。


「俺は改めて、君に協力したいと思った。俺にできることはなんでもする」


「ありがとう、嬉しい」


「でも、レノは繊細だから……」


 考えを見透かされたようで、ドキっとした。


「ええ、そうね」


 レノフォードにイメージがぴったりの、妖精の絵。

 これを活用するとしたら、レノフォードの協力が不可欠だ。


「俺が言う必要はないだろうが、大事にしてやってくれ」


「もちろんよ」


 シェリアータはロシュオルを見上げて微笑んだ。


「一緒にお兄様を大事にしてくれて、ありがとう」


 ロシュオルは一瞬ためらった後、嬉しそうな顔をした。

 母のことを語るときのような、少し子どもっぽい顔だった。



***



 フランロゼ家に戻ったシェリアータは、応接間のソファに腰かけて物思いにふけっていた。


 ……あんな素材、きっともう見つからない。


 私はアートデュエルで勝たないといけない。


 でも、お兄様はロシュオルと違い、メンタルが強いわけではない。

 今は、病んだ状態からようやく回復してきたところなのだ。


 私の大事な、お兄様。

 お兄様を一番幸せにする道は、一体どこにあるんだろう。



 ……お兄ちゃん。



 シェリアータの脳裏に、ひとつの影が浮かんだ。


 前世でも、兄と呼んでいた人がいた。



***



藤見太一ふじみ たいちです」


 ゲーム会社のテスターのバイト初日、担当の社員と顔を合わせた世李は、その名前を聞いて違和感を覚えた。


 『藤見』……?


「あの」


 全然関係ないかもしれないけれど、聞かずにはいられなかった。


「藤見李江とお知り合いですか?」


「えっ」


 藤見太一は驚いて世李を見た。視線が首から下げたIDカードに移動する。


「池杉……って、もしかして」


「娘です」


 太一は少し気まずそうに答えた。


「藤見李江は、義理の母です」


 出て行った母の、再婚相手の息子。

 それが藤見太一。お兄ちゃんだった。

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