第11話 妖精の絵
「どうぞ」
ロシュオルに案内され、扉をくぐる。
こじんまりとした店内は、甘い香りに満たされていた。
クリーム色の壁にパイン材の床が、カスタードのように明るく優しい。
シェリアータは感嘆の声を上げた。
「わー、可愛いお店!」
「お菓子がいっぱい……」
レノフォードは目を輝かせてショーケースに見入っている。
ドライフルーツたっぷりのケーキ、卵のタルト、焼いたメレンゲ、ナッツのキャンディー、ジャムを飾ったクッキー、砂糖をまぶしたマフィン。
見るからに甘くておいしそうだ。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた雰囲気の女性が出迎えた。
青みがかった黒髪に、深いブルーの瞳。目鼻立ちもロシュオルと似ている。
「ロシュオルのお母様ですね」
「はい。息子から話は聞いています」
ロシュオルの母はショーケースの向こうから出てきて、イルエラ・カヌヴィオレと名乗った。
「強くなるために、ダンスを教えていただいているとか」
「ええ。今のところ、レッスンの目的は戦闘力の強化です」
騎士として強くなるための手助けには違いない。しかし、本題をごまかすつもりはない。
「でも私は、いずれ息子さんにアートデュエラーとして協力して欲しいと思っています」
ロシュオルを見ると、驚いた様子はない。
最初に告げていたから、それは彼の中でも織り込み済みなのだろう。
「アートデュエルの概要は伝え聞いておりますが……息子が、アートデュエラー?」
イルエラの言葉には戸惑いよりも、不安が強く隠れているように思えた。
当然だと思う。美しい男が人前で目立てば、嘲笑の的になる可能性が高い。
でも、それがおかしいのだ。
シェリアータはイルエラに一歩近づいた。
「私は今の、美しい男がバカにされ迫害される世の中を変えたいのです」
目的の正当性は信じている。
……ただ、
「その途上で、無理解な人から余計にバカにされるかもしれません」
イルエラの眉が微かに寄せられた。
かもしれない、と濁したものの、確実にバカにされるだろう。
その痛みをロシュオルにも、家族にも、負わせることなる。反対されても仕方がない。
「でも誰がなんと言おうと、私のお兄様は素敵だし、ロシュオルの素質も素晴らしい!」
これだけは伝えたいと思っていた。
シェリアータは重ねて続ける。
「私は、私が価値を感じているものを信じています。ロシュオルには価値がある!」
イルエラは息を飲み、眩しそうに目を細めた。
その目の端に、涙が滲む。
「息子をそんな風に言ってもらえるなんて……それだけで私は幸せです」
声が揺れ、口元を覆ったイルエラは下を向いた。
ぽつり、と足元に涙が落ちる。
「育てる苦労より、自分の大事なものが認めてもらえないことが、一番つらかった」
「わかります!」
長年の苦悩が言語化された思いがした。
「私もお兄様が認めてもらえないことが、つらくて」
愛する者が、世間では
シェリアータはイルエラの手を取る。
交わす視線に、戦友のような共感があった。
イルエラはシェリアータの手を握り返した。
「私は、息子の判断に任せます。どうぞよろしくお願いします」
手の甲を包んだ指先から、息子への愛情と信頼が伝わってきた。
「母さん」
ロシュオルが母の肩を抱くようにしてハンカチを差し出し、イルエラは涙を拭う。
シェリアータは親子を邪魔するまいと身を引き、店内へ目を移した。
お菓子をモチーフにした手芸品など、飾られているものもセンスが良い。
壁には絵が飾られ……
「へぁっ!?!?」
衝撃のあまり、ひどく裏返った声が出た。
「な、なんですか?」
イルエラはシェリアータの声に驚いて顔を上げた。
シェリアータは壁の絵を指差す。
「あ、あの絵……あの絵は……?」
「ああ、あの壁に飾ってある絵ですか? それは、」
「賑やかだね。店の方に出なくていいかい?」
カウンター奥のカーテンが動き、白髪の女性が顔を出した。
「お母さん」
イルエラにそう呼ばれるということは、ロシュオルの祖母だろう。
シェリアータたちに目を向けたロシュオルの祖母であろう女性は動きを止め、
「へぁっ!?!?」
シェリアータに劣らず裏返った声を上げた。
「ちょ、ちょっと」
あたふたとカウンターの外へ出てくる。
「そこのあんた、ちょっとこっちへ!」
そう言って、レノフォードを手招きした。
「僕?」
レノフォードはぱちぱちと目を瞬かせ、覗き込んでいたショーケースから離れた。
白髪の女性はレノフォードの腕を引いて、先ほどシェリアータが指差した絵の横に立たせる。
少し離れて向き直り、正面からレノフォードを見上げて呆然と呟いた。
「シュクレ……」
みるみるうちに、その頬が紅潮する。
「シュクレがおるううう!!」
シェリアータはハッとした。
「それは、この絵の人物の名前ですか?」
そこには、カラーではないが緻密に描き込まれた長髪のイケメンの絵があった。
睫毛がふさふさと長くまるで女性のようだが、女性というには直線的な体つきで……やはり、男に見える。
「こんな美しい男の絵、この世界では初めてです!!」
「これはね、私が描いた妖精の絵だよ」
二人の血走った目が交錯した。
「えっ……そんな……この絵、貴女が?」
白髪の女性はうなずき、レノフォードに向き直って崇めるように両手を掲げた。
「まさか……現実に、こんな妄想の具現化が」
シェリアータは女性に向けて両手を掲げる。
「この世界にも、神絵師が……!」
「え、え?」
レノフォードは戸惑いながら、二人を交互に見ている。
二人の叫ぶ声が重なった。
「「うわああああ!!」」
ロシュオルがシェリアータの肩を、イルエラが白髪の女性の肩を押さえる。
「二人とも、一体」
「お、落ち着いて」
再び、二人の叫ぶ声が重なった。
「「これが落ち着いていられるかあああ!!」」
レノフォードはものすごい形相の二人を見比べ、おずおずと話しかけた。
「……怒ってるの?」
「「喜んでまぁーーーす!!!!!」」
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