第4話 「イケメン」の記憶

 今回のアートデュエルは大方の予想通り、ルディア・リチェラー率いるマソパリスターが勝利を収めた。


 見学してみて改めてわかったが、今のトレンドは私の好みと正反対だ。

 勝ちたいけれど、心に背いてトレンドを追えばお兄様を否定することになる。


 私は、アートデュエルに何を出せばいいのだろう……


 物思いにふけりつつリチェラー公爵の屋敷を出て庭を抜けようとしていると、掛け声と金属音が聞こえてきた。


 見ると、庭からなだらかに下った場所にすり鉢状のコロシアムがある。そこで鎧を身に纏った男たちが剣を交わしていた。


 そういえば、リチェラー公爵家の敷地の一部を騎士隊に提供していると、どこかで聞いたことがある。


 立ち止まったシェリアータの傍らで、メリアナが目をこらす。


「あら、あんな細い騎士さんもいらっしゃるのね」


 両側から激しく打ち込まれ何度も倒れながら、歯を食いしばって跳ね起き、剣を構える背の高い青年。


 青みがかった黒髪が盛んに揺れ、汗が飛んでいる。その顔を見て、シェリアータは固まった。


 すっきりとした切れ長の目と、整った目鼻立ち。レノフォードとはタイプが違うが、


「……イケメンだ」


 頭の中で、何かが弾けた。




 色とりどりの光が舞い、目まぐるしく人が動くステージ。光るスティックの海の向こうで、顔のいい男たちが音楽に合わせ手を振る。


「キャー!! ショウト、こっち見てー!」


 こちらを指差しウインクする、サラサラ黒髪で切れ長目のイケメン。


 あれは、私の……推しだ!




「あ……あああああ!」


「どうしたの、シェリアータ??」


 記憶の断片が組み合わさってゆく。

 私は確かに、ここと違う世界で生きていた。


 イケメンと呼ばれる顔の良い男たちが見せる夢、感動、ときめき。


 あんなものを知ってたら、この世界が退屈なのは当たり前だ。


 この世界には、イケメンが足りない。

 イケメンの笑顔が、圧倒的に足りない!


「どこへ行くの、シェリアータ!」


 メリアナの声で我に返ったとき、シェリアータはもう走り出していた。


 シェリアータのイケメンセンサーがアラームのように告げている。


 あの男は、キープしておかねば!



***



「弱ぇなぁ、もっと食って貫禄つけろよ」


 がっしりした短髪の男が、何度目か地に這いつくばった青年を見下ろして笑う。

 青年が立ち上がろうとすると、その肩を踏みつけた。


「ヒョロヒョロして腰が据わってねぇんだよ」


 そのまま、肩を蹴飛ばす。


 反対側から、オールバックの男が青年のアゴに剣の鞘を当て、持ち上げた。


「これでわかったか、ナヨ男? お前の体格じゃ騎士見習い止まりだ。身の程を知れよ」


「……」


 青年は荒い息を吐きながら、冷たい目で睨み上げた。


「なんだその目は……」


「ふわぁお☆」


 男たちがハッと振り向いた。


 しまった。イケメンの冷たい目にゾクゾクして変な声を出してしまった。


「女?」


「失礼いたします。そちらの方に用があるのです」


 短髪とオールバックが脇に退き、青年は立ち上がる。シェリアータは青年の正面に立ち、顔を見上げた。


 思った通りだ。

 汗と泥と細かい傷にまみれているが、目が死んでいない。虐げられても諦めていない。


「貴方」


 シェリアータは微笑んだ。


「私のアートデュエラーにならない?」



***



 同じ頃、リチェラー公爵家の一室。


 ルディア・リチェラーは険しい表情で窓辺に立ち、物思いに沈んでいた。


「あの娘……」


 シェリアータ・フランロゼ。


『高貴な美女の見下す視線とか、ご褒美ですからぁっ!』


 あれでは、まるで


「あの世界の、オタクみたい」


 ルディアはぎゅっと眉を寄せた。


 記憶が脳内を駆け巡る。

 ビルの立ち並ぶ町並み。色とりどりの看板。かしましい群衆。


 美しいものを持て囃し、私の大事な人を見下げる世界。


「やっと、自由になれたのに……」


 あの娘の美しいものを尊ぶ目が、嫌な記憶を呼び覚ます。


 優しいあの人の悲しい顔。

 私の想いを押し流す、イケメンの圧力。


 ルディアは震えながら虚空を睨んだ。


「イケメンなんて……大嫌い」

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