第2章 イケメンが並んでいる!
第5話 前世の芸が身を助ける?
『私のアートデュエラーにならない?』
シェリアータの誘い文句は、青年には理解不能だったようだ。
「アート、デュエラー?」
無理もないだろう。貴族でも芸術家でもなければ、アートデュエルに触れる機会はない。
「公爵家のサロンで行われる芸術バトルに参加するの」
「芸術バトルって……そこで俺が何をするんですか」
シェリアータも、顔はいいが剣技が特別優れているわけでもない男に何をさせたらいいかは、まだわからなかった。
しかし、またとない人材なのは確かなのだ!
「それはこれから考える!」
「お断りします」
「どうして!?」
青年は呆れたように眉を開いた。
「なぜ俺がOKすると思えるんですか」
「だって……」
個人的に激アツ展開だったので、いける流れだと思った。
……なんて言えない。
「うら若き乙女が困っていたら、 騎士様は助けてくれるかなって」
「騎士はボランティア団体ではないし、 俺は騎士ではなく見習いです」
ぐうの音も出ない。
「一刻も早く騎士になりたいのに、 他のことにうつつをぬかす余裕など」
ふと、違和感を感じた。
この人は一刻も早く強くなりたいのか。それなのに……
「いつもこういう訓練をしているの?」
「こういう、とは」
「がむしゃらに剣を合わせて、力比べをするような」
「それは、まあ」
おかしい。それでいいはずがない。
「それって、貴方の体に合ってないわよね」
「女にも言われてるぞ」
短髪とオールバックが笑い声を上げ、青年の顔は赤くなった。
「体が騎士向きでないのはわかっているが、部外者の女にそこまで言われる筋合いは」
「違う、騎士になれないってことじゃなくて」
頭の中で、違和感の輪郭がハッキリしてくる。
先程繰り広げられていたのは、パワータイプの剣技だ。足腰の踏ん張りの強さと体重をかけた力押し。体ができていれば、確かに強い。
だが、強さにも種類がある。
「貴方は、もっと効率的に強くなれるはず」
「効率……? それは、どういう」
「あの、この見習い野郎は訓練中なんで」
オールバックの男がしびれを切らしたように割って入った。
「込み入った話は後にしてもらえますかね」
「話なら、俺が聞いておきますよ」
短髪の男がニヤつきながらシェリアータの肩に手を回した。
「ここは危険なので、もっと落ち着いた場所で……」
反射的に、体が動いた。
シェリアータは肩に置かれた手首を掴み、軽く体を沈ませる。
「ウワァ!?」
短髪の男の体が半回転し、ドッと膝をついた。
「どうした!? 穴でもあったか」
オールバックの男が駆け寄ったが、短髪の男は地面を見つめたまま呆然としている。
「いや……何故か、景色が回って」
「目眩か? 待ってろ、水を持ってくる」
シェリアータは顔を男たちに向けたまま、青年に半歩近づいて囁いた。
「相手の力を使って、体軸をずらすの」
青年は、驚いてシェリアータを見た。
シェリアータは青年に視線を流し、にっと笑う。
「体の使い方を知れば、 体格差なんて関係ないのよ」
「……!」
青年の目の色が変わった。
シェリアータは青年に向き直り、ドレスの裾を取って膝を屈めた。
「私はフレイロゼ伯爵家の娘、シェリアータです」
顔を上げ、青年を正面にとらえる。
「私についてくれば、もっと効率的に強くなれる方法を教えてあげる」
青年はしばし絶句した後、姿勢を正してシェリアータに向き合った。
「俺はロシュオル・カヌヴィオレといいます」
まだ戸惑いは抜けていないが、興味は持ってもらえたらしい。
「話を聞きましょう」
「では、訓練が終わるまで待っています」
シェリアータは内心ガッツポーズを取りつつ、
超びびっていた。
(びっくりした……あーーーびっくりしたぁー!)
まだ心臓がバクバクしている。
肩に手をかけられたあの瞬間、記憶より先に体が動いていた。
後から記憶を探って思い出したが、男を転ばせた技は古流武術のものだ。
別世界の記憶は、おそらく前世というものだろう。
シェリアータの前世の名前は
一人娘の世李も、幼い頃から武術を仕込まれていた。
芸は身を助けるというか、なんというか。
おかげでロシュオルの興味を引き繋ぎ止めることができたし、彼にとっての利用価値もできた。
(ありがとう、前世の父)
シェリアータは前世の父の記憶に思いを馳せた──
***
ガシャーン!!
「あーっ! 推しのアクスタがー!!」
よみがえったのは、前世の自宅の風景。伝統的な日本家屋の一室で、
散らばったアクスタは『退魔王子』の2.5次元舞台の演者たち。要するに、原作キャラクターのコスプレをしたイケメンたちだ。
「何すんのよ、横暴親父!」
「こんなチャラチャラした男どもの何がいいんだ!」
腕を組み、青筋を立てた頑固親父。
そうだ、父はこういう人だった。
「私の推したちをバカにすんなー!! 演技もダンスもすごいんだから!」
シェリアータの記憶の中で、世李が地団駄を踏んだ。
「体幹のコントロール、洗練された動き。人を壊すためでなく、ただひたすらクリエイトのために存在する最強技術だよ?」
世李の父は鼻を鳴らした。
「フン、男が化粧してる時点で気持ち悪い!」
イラストのキャラクターに寄せるため、演者はメイクをするのが一般的だ。
それがどんなに表現を映えさせるか、何も知らずに気持ち悪いとは、偏見も甚だしい。
「男が表現する美の栄養を舐めないで! いわば宗教画なんだよ、これで助かる命があるんだよ!」
反撃する世李に、首がもげるほどうなずきたい。
「いいから昇段試験を受けて道場を継げ!」
頭を掴む父、その腕を掴み、回転して逃れながら蹴りを入れる世李。
「嫌! 私はダンスがやりたいの! いつか推しの後ろで踊るんだからー!!」
***
……
軽く、頭痛がする。
(父、あんまりありがとうでもなかったな……)
記憶の父は、あまりにもこの世界そのものだった。
この戦いは前世から続いているのか。
それなら余計に、勝たなければならない。
私は私の愛するものを守るのだ。
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