第3話 アートデュエルのトップスター
リチェラー公爵家。
現在、プリスキラ王国で一番の影響力を持つ名家だ。
家柄の由緒正しさも勿論だが、その勢いにはアートデュエルの資するところが大きい。
「……ここが、アートデュエルサロン」
メリアナに付き添って足を踏み入れたシェリアータは、リチェラー公爵家の大広間を見渡した。
大きなシャンデリアの下がった豪奢な空間に、色とりどりのドレスを身にまとった貴族女性、そして様々な分野の芸術家がひしめき合っている。
「みんな、お抱え芸術家を連れて集まるのね」
「ええ。『アートデュエラー』と呼ばれる彼らの作品がわたくしたちの武器よ」
参加登録したメリアナは、評価シートとペン、小さな看板のような青い札を受け取り、用意された椅子に腰かけた。シェリアータもその隣に腰を下ろす。
高らかに
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
リチェラー公爵夫人よ、と母が囁く。60~70代くらいだろうか。派手で豪奢な出で立ちながら、滲み出る品の良さがある。
「本日も皆様の
再び
「歌もアリなのね」
「ええ。舞踏や演劇、芸術なら何でもアリよ。時間制限はないけれど、」
メリアナは受付で渡された青い札をそっと見せる。
「この『退屈札』が半数以上上がったら終わり」
観客の興味を持続できる長さにするということか。制限時間より合理的だ。
歌の次は、絵画だった。
ライオンと屈強な男が戦っている。
赤茶が基調で筋肉がテカテカに光るその絵をシェリアータは暑苦しいと感じたが、メリアナは気に入ったらしい。
「素敵な絵ね……! 点数を弾むわ」
「手元の紙で採点するのね」
「Tは技術、Fは好感、Sは震撼。それぞれ10点満点で、合計が点数になるの」
次のエントリーが告げられる。
「あっ!うちの番よ」
フランロゼ家のアートデュエラーと共に、あのフトメン彫刻がステージに現れた。
「リアルな造形が素晴らしいわね」
「すごいフトメン!」
「でも、誇張しすぎではないかしら」
「テーマがよくわからないわ」
反応はそこそこというところだろうか。
メリアナは少し落ち込んでいるようだ。
続いて、火を吐く民族舞踊、金のゴリラの彫刻、迫力の剣技と、様々なアートが披露されて行く。
見ていると、世間が傾倒しているものが何かを実感する。全てがレノフォードとは正反対だ。
「来たわ! リチェラー公爵家よ!」
メリアナが興奮気味に囁いた。
「リチェラー公爵家って、主催の?」
「ええ、主催の孫娘がパトロンとなっているチーム『マソパリスター』。すごい人気で連勝続きなのよ」
つまり、常勝の優勝候補ということか。
「来る……」
「来るわよ……!」
周囲もメリアナと同様に、期待で浮き立っているようだ。そんなにすごいパフォーマンスなのだろうか。
ドドーン!
突如、地響きのような太鼓音が会場にこだました。
ステージにはまだ何も出ていない。
驚いて視線を巡らすと、両端から大きな太鼓を担いだ男が登場した。
かたや、筋肉ムキムキの大男。
「唸れ、筋肉!」
かたや、毛深く腹の膨らんだ大男。
「輝け、太鼓腹!」
突然、ステージサイズが小さくなったように感じる。とにかく二人の面積が大きく、圧が強い!
「フッキン様~!!」
「ケブカイ様~!!」
会場からかけられる声は、彼らの名前だろうか。筋肉がフッキンで、太鼓腹がケブカイのような気がする。
フッキン(仮)とケブカイ(仮)はそれぞれの太鼓を頭上で回し始めた。
どう考えてもそんなに軽く扱えるサイズではないのだが、さらに驚くことにその太鼓を投げ上げた。
空中で交差する太鼓。二人は入れ替わった太鼓を受け止め、ドンと床に据える。
大迫力の音量で叩き鳴らされる太鼓、バチを振り回すパフォーマンス。力強いポージング、きらめく白い歯、ほとばしる汗。
とにかく全てにおいて、強い。
ステージから
最後に、腰に下げていた飾り玉のようなものを投げ上げバチで打つと、中から紙吹雪が飛び散った。
会場は黄色い歓声に包まれる。
「終わった……」
見るだけでカロリー消費がすごい。
シェリアータは白目を剥いてしばらく放心していた。
彼らが最終組だったらしい。
歓声が落ち着くと、メリアナを含め、周囲の貴族女性たちが評価シートを提出するため席を立った。
ふと涼やかな気配を感じて顔を上げると、一人の令嬢がシェリアータを見下ろしていた。
くるりと目を縁取る長い睫毛、
黒いレースに青い蝶をあしらった髪飾りはシックな優雅さをまといつつも、大きなリボンのように愛らしく、令嬢の大人可愛い雰囲気にとてもよく似合っていた。
「あら、見ない顔」
令嬢は軽く小首をかしげながらシェリアータに微笑みかけた。
「どちらのご令嬢かしら」
シェリアータは大きく息を飲み、椅子から立ち上がりながら口元を押さえる。
「可愛い……っ!」
緑の髪の令嬢は怪訝そうに眉を寄せた。
「え?」
「華やかで、上品で、凛々しくて……ああっ、むさ苦しさで胸焼けした身に沁みわたる……!」
シェリアータは知らぬ間に手を合わせ、令嬢を拝んでいた。
「『むさ苦しい』? 『胸焼け』?」
令嬢の表情から、温度が消えた。
「……もしやあなた、私のアートデュエラーにご不満が?」
「え?」
令嬢は優雅にドレスの裾を持ち上げ一礼した。
「私はチーム・マソパリスターを率いる、リチェラー公爵家のルディアと申します」
この人が、
マソパリスターのパトロンで、
リチェラー公爵家の孫!?
シェリアータは慌てて礼を返した。
「お目にかかれて光栄です。フレイロゼ伯爵家のシェリアータと申します」
どうにかフォローしようと言葉を探す。
「大変剛健で圧倒されるパフォーマンスでしたわ。そのパトロンがこんなに美しく可憐なお方だなんて、ギャップに驚いてしまって」
「チームと私の外見は関係ありません」
ぴしゃりと
「美しさに惑わされる軟弱な価値観を、私は軽蔑しておりますの」
「ふひっ!」
失敗したくしゃみのような声を上げたシェリアータは、両手で顔を覆った。
「申し訳ありません、私が軽率でした……でもそれ、やめてください」
「やめろとは、何を」
「高貴な美女の見下す視線とか、ご褒美ですからぁっ!」
「……は?」
ルディアの不可解なものを見る目が、徐々に
「わかってます私ヘンですよね! だからあまり刺激しないでくださいっ!」
「ルディア様!」
戻ってきたメリアナが、悶えているシェリアータと立ち尽くすルディアの間に割って入った。
「娘がとんだご無礼を! どうぞお許しくださいませ」
「フレイロゼ伯爵家はご苦労が多そうね」
ルディアはひとつ息をついて微笑みを浮かべ直し、優雅に去って行った。
「お前、サロンのトップスターになんてことを!」
「ご、ごめんなさい」
メリアナの小言にシェリアータは首をすくめた。
自分でもおかしいと思う。でも、魂に染み着いた何かが暴れてしまうのだ。まるで、ここは私の本来の世界ではないかのように。
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