1章 遊園地×魔法少女かくれんぼ♡

第1話 ニート☆ホイホイ招待状 

 ニートは社会のゴミだ。


 心の中では誰もが思い、それでも口に出さない言葉の例の一つだ。

 そして俺もそう思う。


 ニートなんて親の金を食い尽くす人生のゴミ屑だと。でも同時に疑問にも思う、高校卒業するまでは仕事をせず、ただ勉強をしたりしなかったりするニート同然だったのにもかかわらず何故大人になった瞬間、「それは悪」だと認定するのか。


 そもそも、仕事をせずにゲームやアニメを見て1日を過ごす。


 みんなの憧れじゃないか。その憧れにそって素直に生きるのがなにが悪いんだ…とも思う。


「…んな事考えても仕方ないか」


 自転車のチェーンロックを取り外し、前輪から引き抜いた俺は片手に持ったバックパックのポケットにしまいサドルにまたがった。


 ペダルに足を乗せ、ハンドルをしっかりと握る。ふわっとバランスを取ると、ゆっくりとペダルを漕ぎ出す。


 昨日雨だったらからかサドルは濡れているが、俺はそんな些細なことは気にしない。


 俺もよくあるニートの一人。高校卒業後、適当な大学に入るも、中退。


 その後いろいろな理由をつけてバイトをするも結局はすぐにやめてしまい、バイトをするのすら諦めて親の臑を嚙って泣かせるニートとなった現在21歳一条研。


 正直同窓会の時の周りの目も痛いし、昼に起きて朝に寝るこの社会不適合者な生活も気分が悪いが一番きついのは親の目だ。


「もう上り坂かよ」


 坂に差し掛かり、少し力を入れてペダルを漕ぐ。腿の筋肉がきゅっと収縮し、心拍数が上がるのを感じる。

 数年前までは知らなかったが上り坂だと思っていた学生時代は大人になると実は楽な下り坂で、高校を卒業した瞬間急に上り坂になると。


 それが本当に俺にとって……。


「きっちぃ」


「とう!」


「あいたっ」


 俺の思考を遮るように、後頭部に蹴られたような強い衝撃。バランスを崩した俺は地面に自転車を倒しそうになるが何とか堪えた。

 俺は慌てて自転車から降りると、後輪が向いている方向を見る。


「なにすんだよ、ひまり。危ねぇじゃねぇか」


 眩しいほどに輝く太陽の光をその小さな身体で遮るように両手を腰にあてた彼女はにこっと笑った。ボブに切りそろえられたばかりの髪、少し日焼けした健康的な肌。真新しい高校の制服はまだ着慣れていないのか少しキツそうだ。


「大した用事もないおっさんが毎朝自転車に乗ってどこ行ってんのよ。ひまりの学校まで乗せてけ」


「今から俺は行かないといけないところが、おい乗せるって言ってないだろっ」


「いいじゃない。どうせ暇なんでしょ?ニートなんだし」


そういうと彼女は有無を言わさず、自転車の荷台に跨った。


「はいはい行った。今日は日直だから早く学校行かなきゃいけないのよね。ちょうどよかった」


「お前ってほんと俺の話聞かないな」


 大丈夫だ。まだまだ、『ゲームオリンピック』まで時間はある。

 仕方なく俺はもう一度自転車に跨り少しため息を吐いた後、ペダルを漕ぎ出す。


 それにあわせて彼女は両手を俺の肩に乗せた。


 彼女の名は片桐ひまり、後輩でもない近所にも住んでいない、それなのに幼馴染みでいて数少ない俺の知り合いの一人だ。


 なぜこんな社会不適合の俺がひまりと付き合っているかは今は置いておこう、今話すような内容ではない。


「ねぇ一条。一条はなんで働かないの?」


「働かなくても生きていけるから」


「馬鹿、それは親の金ででしょ。あんたが大学また行って卒業して定職ついて親に恩返ししようとか思わないの?これだからニートは」


「大学に戻るつもりはないけど金を稼ぐつもりはあるよ」


「そんなんでどうやってお金を稼ぐつもりなのよ。お得意のゲームを極めるとか……?」


 春先の少し肌寒い風が通り抜けるとひまりの肩まで伸びるほんのりと黄色みがかった明るい白髪がゆれて、ほのかに香る甘いさくらの匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。 


 視線を下に向けたまま耳だけは俺の話を聞いているようだが、それでも瞳は道路に固定されたまま動かない。


 はぁ……なんでこんなことまで幼なじみに話さんといかんのか。


「そのお得意のゲームで…金を稼ぐあてができた」


「えっ!?どういうこと?万年ニートでゲームしか取り柄がない一条が金を稼げるの?」


 そこまで言わなくても。ひまりははっとしたように目を大きく見開くと少し申し訳なさそうな表情で俺を見る。


「ごめん」


 彼女は頭が悪くて無粋なだけで嫌な奴じゃない。ただ思ったことを吐いてしまう力しか取り柄のない脳筋なだけだ、まあそれはそれで傷つくけど。


「昨日ゲームオリンピックってやつに招待されたんだ。それで優勝できれば大金が手に入る」


「大金って?」


少し間をおいてからひまりは呟いた。


「聞いて驚け、3億だ」


「3億!?」


「ふっ、驚いたか」


「3億って……一、十、百、千、万のあの億っ」


「それ以外になにがあるんだよ」


 ひまりは口をパクパクとさせながら、自転車の後ろから俺の肩を前後に揺らす。


 まあ彼女の反応も当然だろう、俺だってこんな大金信じられない。


 ゲームオリンピック、それは3日間かけて行われるオンラインゲームでの大会。優勝賞金がなんと3億だ。しかも参加賞として10万円がもらえるというのだから驚きだ。


「それってなんかの詐欺じゃ……」


「俺がそんなのに引っかかるかよ。実はな、昨日も自転車に乗ったのはこれが理由だったからなんだ。そして俺はもうすでに予選を勝ち抜いている。もうすでに10万も振り込まれているんだぞ」


 ハンドルから片手を放して、ポケットにあるスマホを取り出し画面をひまりに見せつける。そこには俺の言葉の通り10万振り込まれた様子が表示されている。


 彼女はごくりと喉を鳴らすと驚きの声を漏らす。


「すっげ。一条にも特技あったんだ、驚き。ていうかどうやってこんな情報を知ったの?一条友達いないじゃんか」


「うるせぇ。いつもしてるFPSゲームのフレンドに招待状をもらったんだよ」


 事の発端は3日前の招待状だった。


 いつも通りFPSゲームで上位ランカーを牽制しつつ、自分の実力を確認していた時、メールフォルダに一通のメールが届いた。


 よくチームを組んでいる上位ランカーの一人『かば太郎』からで俺は警戒せずに開くと、そこにはゲームの大会優勝トロフィーやギフト券が乗っており、その内容に目を奪われる。


 メールにはこう書かれていた。


差出人:かば太郎

件名:ゲームオリンピックへのお誘い!

受信日時:2028/04/01 20:53

拝啓、突然のメールに驚いておられるかと存じますが、あなた様にぜひ参加していただきたいと思い送らせていただきました。

三日後 2028/04/04のお昼12時に開催されるゲームオリンピックの参加者として、参加してもらえないでしょうか。

私は今回参加者として出るつもりでしたが、急用が入ってしまったためあなた様に代わりに参加していただければ幸いです。また私が用意していただいたギフト券などもお渡ししますのでぜひ……。



 詳しく内容を読んでみると、中々権威のある大会らしくなんと1000人のプロFPSプレイヤーが参加し、ゲームオリンピックの参加賞に10万円以外にも最新VR機材や豪華なギフトセット、そして優勝すれば3億の賞金が手に入るって事だ。

そんなうまい情報に乗らないわけがない。


 俺はこの招待にすぐ飛びついた。かば太郎とは何度かゲームで組んだ事があり、彼は俺とは違い社会人でありながら根っからのゲーマーで、様々なゲームをしてきた戦友でもある。


 そんな信頼している彼からの誘いに断るわけもなく俺は深く考えずに、参加をメールに返信した。


 可能性としては低いが、もし優勝できれば一気にニートから億万長者への仲間入り。こんな俺を就職させようと躍起になっている親も文句を言わないどころか、泣いて俺に大喜びするだろう。


「ほんとかば太郎くん様様だわ」


「そんな話現実にあるもんなんだねぇ……ひまりもさ一条の応援に行っていい?」


 自転車の後ろからひょこっと顔を出したひまりは期待に満ちた眼差しで俺を見つめる。


「バカッ、お前学校だろ?日直って言ってたし…それに今日は部活だろ、ほらボクシングの」


「いいよ別に。どうせひまりはボクシング部なんてやめるもーん」


 ひまりはそう言うと少しむくれた。


 元々彼女は病弱な体を治すために中学からボクシングを始めた彼女の、その才能は目を見張るものがありメキメキと実力が上がった彼女は一気に県有数のボクシング部のある高校に入学した。


 高校に入ってからは1年生にして団体戦のレギュラー入りを果たしたのに、彼女の病弱な体は足かせとなった。


 何度も貧血を理由に休んでしまうような厄介な性質ながら天邪鬼な彼女に、人をまとめるようなチームワークが必要とされる競技には向いておらず、1ヶ月経つ頃には部活に顔を出すこともなくなっていた。


 ボクシングができるという理由で入学したのにも関わらず、やめてしまった彼女は学校での居場所をなくしていて俺とは違うながらも彼女も悩んでいた。

「ねぇいいじゃん!静かにしてるからさ、ほらしーっ」


「ダメて言ったらダメだ。だいたいお前に静かとか無理だろ」


 自転車が一度ガタンと大きく揺れて、ひまりの白い華奢な手がオレの肩に置かれた。

「ちぇっ……ケチ」


「うん?ごめん、よく聞こえなかった。もう一回言っ」


 ひまりはその白い手に力を入れて俺の肩を握りつぶさんとばかり掴み、肺に溜めていた酸素を全て吐き出すように大声で叫んだ。


「ケチケチケチケチ!バカバカバカバカっ、なんで一条みたいな冴えないおっさんがひまりの幼なじみなの?なんでひまりは病弱なの?こんな人生いやああああ、あーもういっそ死んでやり直」


「ひまり。それ以上は言うな」


 荷台から身を乗り出して叫ぶひまりを俺は聞き流していたが、その言葉だけは聞き入れる訳にはいかなった俺はひまりの口を塞いだ。


「死ぬとか冗談でもいっていっ……ぐふっ!」


「うっさい!ニートがしゃしゃんな」


「それでも背中にパンチはなくない?」


 背骨の辺りに拳がめり込んだ俺は唸りながら自転車のペダルに重心をかける。


「だいたい俺だって好きでお前の幼なじみになったわけじゃ」


「そういえば一条、前髪伸びた?」


「話聞けよ。ああ、伸びたよ3cmほど」


「今度切ってあげるよ」この態度、呆れてため息しか出ない。


「お前が生きていけるのは、昔」


「ねぇ一条、あれ見て流れ星」


「だから話聞けって!……え?こんな時間に流れ星ってどこだよ?」


「ほらあそこ」ひまりは空を指差し、腰を浮かして俺の上に覆い被さるように顔を出してきた。


「見て、流れ星!朝に流れ星なんて初めて見たよ」


 指差す先には、分厚い灰色の雲から真っ直ぐ落ちてきた水滴がガラス細工のような結晶となって行く。


「一条のニートが治りますようにぃぃぃいいいい!!」


 そう叫びながら、ひまりは両手の指先を合わせ拝むような姿勢をした。


「じゃあ、俺はニートのまま金を稼げますように」


 俺は両手が塞がっていてひまりみたいに合掌はできないが、軽く頭を下げた。

 その時、俺とひまりの間に一陣の風が吹き抜けた。そして、俺たちはお互いに目を合わすと笑いだした。


「あはは、馬鹿みたいっ」


「流れ星に何をお願いしているんだろうな、俺たち」


「ニートが治るもんなら、ひまりのこの病弱もとっくに治ってるよね」


 涙が出るくらい可笑しくて、そして馬鹿らしくて、二人で笑った。

 空を見上げると、その流れ星は消えてしまうどころかまた一閃の水滴となって落ちてきた。


「雨…か?」


「金色の雨とか見たことないけど」


 ひまりは、その水滴が何滴か地面に到達する前に片手で握りしめた。

 手のひらを開くと水滴は小さな金色の砂のようにサラサラと手からこぼれていく。 


 その砂はまるで夜空に輝く星々の欠片の様だった。他の水滴は地面にあたると弾けて、小さな円い模様を作ってはすぐに消えていく。


「なんだこれ…?こんなの、見たことも聞いたことも…」


 その言葉を吐き終えることは俺はできなかった。思考が一瞬で写真で切り取ったように停止したからだ。そのまま、時が止まったかのように見えた世界でオレは脳に直接ガラスのかけらが何枚も突き刺さっていくかのような衝撃をうける。


 痛みはない、ただ何か強い衝撃で思考にノイズが走り意識は強制的にシャットダウンさせられた、そうとしか説明できなかった。


「きみの能力弱々だねぇ。ぼくがとどめささなかったら気絶させれなかったよぅ」


「うっさいネ。麻呂の瞬間移動がなければ、あんたもその能力使えなかったダロ。これみんなあんたのせいネ」


「まあまあちみたち、これでぼきゅたちの任務は遂行されたよ。基地に帰ろうよ」


 少女たちのキャッキャっと甲高い声と共に、俺の意識はプツリと切れた。


 そして意識を失う直前、俺の視界にはひまりの華奢な手からこぼれる金色の砂とひまりの背後に見えた、フリルのドレスに色とりどりの装飾、そして浮かんでいるうさぎ。


 まるでさっき見ていたアニメに出てきた魔法少女だな、と気絶する間際に思った。


─────────────────────

☆&♡&フォローをしていただけると励みになります。


次回は第2話「仲間探しだよ☆全員集合!!」です。

お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る