第50話 絶望に抗う者
『汝に捧ぐは命奪の散華。踏み躙る尊厳に、為すすべもなく。』
ユニークスキルを覚醒させたレイリアに向け、アスタロトと名乗った男は詠唱を紡ぐ。その瞬間、レイリアは飛び出した。
「ぶっ飛べや」
『―――――【絶望の剣】』
大気を揺らすほどの速度で駆け、深紅の戦斧を振り抜くレイリア。しかし、詠唱は完了しておりアスタロトの刀に漆黒よりさらに深い闇が灯る。
防御するように振り落とされる刀撃。しかし、戦斧と刀が衝突した瞬間。刀は凄まじい勢いで弾かれ、戦斧の刃がアスタロトの胸を横一閃に切り裂いた。
(威力が先程までと桁違いだな…いや、それだけじゃ絶望の剣を容易に弾くことなど不可能。闇属性…いや、魔族に対して特効があるのか。)
「逃がさねえよ」
距離を取ろうと後退するアスタロトを、逃がさまいと追いかけるレイリア。自身の不利を悟ったアスタロトは全力で逃げに徹し、レイリアの攻撃をひたすら避け分析をする。
空中に跳躍したアスタロト。それを追いかけるとアスタロトは予想していたが、レイリアは地上で待機しその戦斧に強烈な深紅の魔力を収束させた。
(不味い…!)
「【断魔の飛斧】」
全身を絶望の闇で覆ったアスタロトに飛ぶ、深紅の斬撃。過去最高クラスの威力と速度を持って放たれた飛刃は、フルガードに入ったアスタロトの闇を一瞬で破壊し、肩から腰の袈裟を切り裂く。
ユニークスキル、守護者。その効果は魔族に対しての自身の莫大な強化と、守るものがあるとき自身の護るという意志の強さに応じてさらに強化。
そして、あらゆるデバフの無効化と即死以外の全ての傷を再生する力。徹底的に、護る者を襲いに来る敵を殺すことに特化した能力。
そんな力を、基礎の鬼であるレイリアが習得したのだ。それはもう、手を付けられない暴君の誕生と言って良い。
『だが、我も十席の端くれ。簡単に死ぬわけにはいかぬ。』
「ッハハ!!なら、やってみろォッ!!!!」
ユニークモンスター特有の、化け物みたいな回復力で全ての傷を一瞬で癒したアスタロト。そんな奴を畳み掛けるかのように、レイリアは戦斧に深紅魔力を収束して斬撃を放つ。
アスタロトは防御が意味をなさないと覚え、その斬撃を危機一髪で回避する。だが、回避した先にはすでに、レイリアの斬撃が振り下ろされている。
『真正面からの切り合いと行こうではないか』
「おもしれェッ!!!!」
振り落とされる斧撃を、闇刀で防御ではなく滑らせ受け流す。そして受け流しとほぼ同時に繰り出すカウンターの横薙ぎは、レイリアの腹部をわずかにだけ切り裂く。
(攻撃力だけでなく、防御力も異常だな。まさに守護者というべきか。)
腹部の傷など一切気にせず、左手の拳を放つレイリア。そのパンチをアスタロトは屈んで回避し、起き上がると同時に切り上げの剣閃を放つ。
左腕を肩から切り飛ばされたレイリア。だが右手だけで戦斧を振り抜き、アスタロトの脇腹に凄まじい衝撃と胴体の中腹まで切り込む致命傷に近いダメージを与え吹き飛ばす。
『我は絶望の使徒、還らぬ命を我が身に。』
詠唱を紡ぎながら傷を一瞬で再生するアスタロトの背後に駆け寄るレイリア、両手で振り落とした戦斧はアスタロトの頭部へと落ちる。
『―――――【失意の衣】』
刹那、姿がブレる。
振り落とした戦斧は空を切り裂く。次の瞬間、レイリアの背中に十文字の深すぎる切り傷が刻まれた。
『周囲の絶望を喰らい、力へ変える。貴様が守護の想いを糧に力を得るのなら、我は絶望を糧に力を得よう。』
「ッハ、負け惜しみかよッ!!!!」
全身に漆黒のコートのようなものを纏ったアスタロトを睨みつけるレイリア。そして、瞬き一瞬の間に2人は動き出しその刃をぶつけた。
「ハァァァァッッ!!!!!!!」
『ッッッ!!!!』
互いに上段から得物を振り落とし、激しい火花を散らしながら刃をぶつけ合う。天変地異級の威力のぶつかり合いにより、周囲は凄まじい竜巻を引き起こし莫大な被害を出す。
戦斧を引き戻し、中段から振り抜く。それを抑え込むかのように上段から刀を振り落とす。両者の力量はややレイリア有利だが、技術でアスタロトが勝っているからかいい勝負になっている。
「まだ行けるよなァ!!!アスタロトォ!!」
『ぐっ…!?』
そんな打ち合いを軽く500回、時間にして30秒もない削り合いが行われた時には均衡がレイリアへと傾いた。守護者の効果により強化された身体能力で、レイリアが鍛え上げたスタミナも強化されている。その地力の差が、この極限状況での有利不利を分けた。
(この男は化け物か…!?これだけ激しい戦闘、我ですら息を切らすほどだ。人間ならば酸欠を起こしても不思議ではないぞ…!?)
その時、レイリアの体から一段と激しい深紅の魔力が爆発する。アスタロトの消耗を悟り、次の一撃で勝負を決めるつもりだ。
アスタロトもそれを感じ取り、自身の残る力全てを使い全力の闇を顕現。そしてその全てを、刀に付与し振り上げた。
「これでェッ…終わりだァッッ!!!!!」
『云ねッ!!』
正真正銘、最後の攻防。互いの瞳がギラつき、戦場はその場所だけ別次元の空間へと昇華するかのように光り輝く。
戦斧に集約されていく深紅の魔力、闇刀に収束していく絶望の闇。互いの信念と能力、その全てをかけた一撃が放たれる。
「―――――【
『―――――【
戦斧が振り落とされると、赤と光を持つ虎が顕現。闇刀が振り落とされる刀、黒と絶望を持つ龍が顕現。お互いに光速を超えた必殺技がぶつかる。
巻き起こる旋風、引き起こされる大魔力。土煙を大量に巻き上げ災害と巨大な火花を散らす衝突は、5秒程度の均衡を保った。
「良い加減………!!!!」
その時、レイリアの頭の中に想起するのはグラトリアスで過ごした100年。数多の冒険者と剣を振るい、モンスターを殺し、酒を飲み、飯を食った大事な思い出。もう二度と、この幸せを奪われはしない。
「沈めやァァァァァァッッッ!!!!!!」
赤光虎の出力が急激に上昇し、大地が凄まじく揺れる。衝突し均衡を守っていた闇の竜は、勢いを増した虎に噛み砕かれアスタロトを護る障害は何一つ無くなった。
『ぐぁぁぁぁ!!???………』
アスタロトの胴体に突撃する赤光虎。それは腰から胸にかけての胴体を爆散させ、凄まじい爆発音を鳴らす。アスタロトの首から上は爆風によって空中に吹き飛び、その生首はレイリアの目の前へと転がり落ちた。
「強かったぜ、アンタ。」
『みご、と…』
レイリアとアスタロト。最後に目が合った二人の会話はそれだった。そんな短い言葉のやりとりが終わると、アスタロトの瞳から命の気配は消える。
周囲は異様なほどに静かで、生命の気配一つもない。
原初の英雄、レイリア=ベルディヴェンデの完全勝利だ。
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