第44話 束の間の平穏


「ねぇアルフレッド、この食べ物はなに?」


「ん?それはトカチフライって言うんだ。サクサクしてて美味いぞ。」


ルルが仲間になった翌日、ダンジョンアタックするまでの暇時間にルルがこの街を十分に楽しみたいと言ったので着いてきた。コイツ、数年とグラトリアスにいたのに金がなかったから殆ど満喫できていないらしい。


「はふはふ、あふいこれ。」


「出来立てだからな。ふーふーしてから食えよ。」


グラトリアスの商店街を歩き回っていると、ルルは美味しそうなものをひたすらに買い食いしていた。もちろん俺の金で。


トカチオークと呼ばれるデカくて美味いオークの肉を揚げたトンカツを、串にさしたトカチフライ。コイツは絶品で、二本買って俺とルルで食べたが美味すぎてもう一本買ってしまった。


他にも、冷たい氷菓子や高級品のチョコレートなど珍しく美味しいものを食べた。そのどれもが高かったが、生まれて初めて笑ったかのような彼女の笑みを見れたから安いものだろう。


「あの剣はなに?凄く邪悪なオーラが出てるけど?」


「多分魔剣だな。ここは冒険者の街で、近くに高難度ダンジョンはたくさんある。掘り出し物も多いんだろ。」


「へぇ、でもアルフレッドが使ってた二本のカタナの方が強そう。」


「あったりまえだろ。俺の黒煉紫獄は進化した魔剣だからな、そんじょそこらの武器とは格が違えのよ。」


「アレなら、私の拒絶も突破される気がしたもん。」


「それはちょっときついかもだが、フルパワーの魔法とルナルークを組み合わせればもしかしたら…って感じだな。」


朝から夕方まで、ずっと食べ歩き時たま面白そうな魔道具を買い過ごした。そんな長い時間二人きりだったのに会話は途切れず、話してみれば魔族なんて思いもしないくらいルルは人間臭くて良い奴だった。


「アルフレッド、なんで貴方は天獄に挑もうと思ったの?彼処は魔族の私が言うのもなんだけど、かなり危険な場所よ?」


「あ?そんなの決まってるだろ。ただの暇潰しだよ。」


「暇潰し?そんな理由で、命を溝に捨てるような真似をしてるの?」


「あぁそうだとも、俺含めここに来た奴等は全員楽しそうだからこの街に来た。もう一つ理由を挙げるなら、俺は強くならなきゃだからな。」


「強くならなきゃ?それはなんで?」


質問が多い。だが、表情が真剣そのものだったから適当に答えることは俺には出来なかった。


「大切なものを守れるように、そして楽しく生きるためさ。強くなる理由なんて、そんだけ。」


「それは…そうかもね。私も、この力の使い道なんて、それくらいしか思い浮かばないもの。」


「それに、命を賭けて戦わなきゃ強くなんてなれないからな。その意味では、天獄は最適だったってわけだ。」


世界初攻略の名声も手に入るしな、と笑って付け加えるとルルは少しはにかんだ笑顔を見せた。


「やっぱり、私はアルフレッドに着いてく。」


「そりゃ嬉しいけど、なんで?街を守るために協力するのは分かるけど、その後はお前の自由にしていいぞ?」


「いや、私はあなたについていく。」


「どうして?」


俺の素朴な疑問に、ルルは背中を向ける。数秒下を俯いたあと、その涙を堪えるような瞳と満面の笑みを浮かべてこう言った。


「ふふっ、内緒!」



∇∇∇


そんな楽しい時間は長く続かないとでも言うのだろうか。あっという間に時間は経ち、日は沈み始めていた。グラトリアスは広く、一日歩き回ったのに全てを見ることは叶わなかった。


「ここはどこなんだ?ルル?」


「ここは、私が初めて人に優しさを教えてもらった場所。私が、生きなきゃと思った場所。」


夕日が射す、どこまでもロマンチックな塔。その大きさは今まで見たどんな建物よりも大きくて、俺はルルに連れられて頂上の絶景が見れる場所へと訪れていた。


「【黄昏の塔】。私の恩人とも言える人、レイリアと会った場所なの。」


「大事な、人なのか?」


「そうね、でもこれは恋なんて軽いものじゃないの。ただ、彼を尊敬しているだけ。」


どこまでも晴れ渡ったルルの顔は、本当に一つの尊敬という感情が支配していた。俺はそれを聞くと、そのレイリアと呼ばれる男に会ってみたくなった。


「私は貴方も尊敬してるわ、アルフレッド。人類は魔族を忌み嫌うのに、貴方は私を嫌悪も排斥もせず協力を求めた。最初は驚いたけれど、貴方のおかげでこうして、もう一度この景色を見ることができた。」


「俺は、自分のためにお前を利用しようとしているんだぞ?」


「それでも、よ。あなたのお陰で美味しい料理も、面白い道具も、強い人も、全部見れた。そして私に、世界を見せてくれた。だから…」


その瞬間、夕日が少しだけ下がる。塔に当たっていた光は消え、少しの暗闇が俺たちを覆う。しかしルルはそんなことを気にせずに、ただ一つの笑みを零した。


「―――――ありがとう。」


その一言に、どれだけの想いが込められていたのかなんて、俺にはわからない。壮絶な生き様を送り、それでもなおしがみつき生きてきた彼女の感謝は、俺の胸にストンと落ちた。

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