第42話 王帝魔族


「それで、どういうことなのか説明してくれるのかな?」


「は、はい…」


今もフードを深く被り、先程ちらりとだけ覗かせた黒い角を隠し怯える女性。俺はこの女性に連れられグラトリアスのスラム街の一角、とある廃屋の中へ来ていた。


「あなたのその角、マジックホーン。それは、魔族の中でも魔王の血統、[王帝魔王]の血筋だけが持つ物だ。いったい、なんの目的でここに来ているのか、教えてもらっても?」


王帝魔族。黄昏のアルカナにおいてのラスボスである王帝魔王の血を受け継ぐ強力な魔族の総称、ちなみにだが、魔族とはモンスターが意思を持ち言葉を解するようになった姿である。


そして王帝魔族とは、基本的に国を一つ壊滅できるくらいの力を持っている。これに例外はなく、今こうして怯えている彼女も、本気で力を出せば俺を殺すことができる。


だが彼女から俺を殺す気は感じない。故に俺も殺気と警戒態勢を解き、彼女と共に腰を下ろし壁によりかかる。そして、少しの笑顔を見せると怯えるのを辞めてくれたようだ。


「わ、私は【ルル=リベリオス】と言います。知っての通りだと思いますが、私は魔族です。それも、【王帝魔王ラプラス=リベリオス】の直属の血、王帝魔族です。」


「そこまではまぁ、さっきの角を見ればわかるよ。ルル、君は俺を殺す気、もしくはこの街を壊す気はあるかい?」


「そ、そんな!そんなの絶対しません!こんな私を受け入れてくれたこの街を壊したり、角を見ても殺そうとしなかったあなたを殺すなんてしません!」


俺が問いかけると、凄い勢いで返答してきた。どうやら、というか予想通りというべきか訳ありなようだ。


「私は、300名ほどの魔族の部下と一緒に、魔大陸で暮らしていました。私は王帝魔族なのに生まれつき強力な力が使えない。皆、そんなドジで役立たずの私のために尽くしてくれる優秀で、忠実で大事な部下でした。」


懐かしむような、思い返すような、そんな声音と表情で語るルル。だがその顔は、一気に苦しげな表情へと変わった。


「とある日、私は襲撃を受けました。王帝魔族の血を取り込めば、魔族は強くなれる。新たな王帝魔王の座を狙う実力派魔族[紅魔]が私の屋敷に襲ってきたんです。」


「それで、どうなったんだ…?」


「目の前で、部下が一人残らず全員殺されました。私は、その時生まれて初めて怒りを覚えて、感情のままに力を使いました。」


話してるだけでわかる。彼女は魔族とは思えないほど優しくて、心が暖かい。こんな魔族が、人を殺すための力を使えるわけがない。だから生まれつき力が使えなかったのだろう。


「怒りと憎悪に任せて力を振るい、襲撃者をズタズタにして殺しました。でも、その屋敷に残っていたのは私一人。私の足元には救えなかった部下の亡骸が転がっていて、私は絶望しましたよ。でも同時に、力に目覚めた影響か湧いてきたのは悲しみではなく、怒りでした。」


実力派魔族、紅魔。階級認定はSランクで確認されているレベルは100到達。300年ほど前から生きている魔族でかなりの強さを持つ、そんな魔族をズタズタに殺した。それは、王帝魔族という言葉の信憑性をグンと引き上げた。


「ですが襲撃者はどうやら、魔大陸の連盟と繋がっていたようで、私は同族殺しとして協定違反を喰らい魔大陸を追放されました。何十年が路頭に迷って、食べ物がなくて死にかけ、そんな中辿り着いたのがこの街です。


この街のぼうけんしゃ?という人達は、飢えで死にそうな私に料理を振る舞い、酒を飲ませ、嫌なことを全て吐き出させてくれました。確か、その人は名前を[レイリア]と名乗っていたはずです。」


「っ!?」


彼女の告げた名前は、聞き馴染みしかない名前だった。


レイリア=ベルディヴェンデ。迷宮都市グラトリアスを拠点を置く人類で最初にS級に到達した男であり、原作で天獄を攻略一歩手前まで追い詰めた英雄だ。


「彼はとても強く、そして優しかった。だから私はこの街にいるんです。こんな間抜けな私でも、最近この街の雰囲気がおかしいことくらい分かります。」


「いざとなったら、力を使うと?」


「かもしれません。」


キッパリと答えたルルに、俺は少し後ずさりしてしまう。どれだけ心優しくとも、目の前の女性が魔族なのだと俺は実感する。だが同時に、俺の口角は釣り上がっていた。


「なら、俺に力を貸してくれないか?」


「え?」


「俺の名は【アルフレッド=シシリス】。一応、天獄の完全攻略を目指してるんだ。その攻略にルル、君の力を貸してくれないか?」


人類の味方になっている王帝魔族、そんなのは原作でも見たことがない。だが、彼女はありえないほどに使える。


そしてなにより、俺はルルの心意気が好きだ。きっと何十年と共に過ごした三百人を失ってもなお、自殺せず中央大陸を彷徨い、この街にたどり着いた生き汚さ。そして、王帝魔族でありながら人を守るために力を使うという姿勢。そそれだけは、彼女が同族殺しの大罪人だとしても美しい功績だ。


「わ、私は街を守るために力を使うと…」


「天獄で迷宮暴走が起きるのなら、止める手段は二つ。迷宮暴走で外に出てくるダンジョンボス以上に強力なパニッシュボスを倒すか、ダンジョンボスを倒し天獄を完全攻略すること。どちらかをやらなければ、迷宮暴走は止まらない。」


「っ!」


「俺は必ず、天獄の完全攻略をする。そしてこの街を守り、迷宮暴走も止める。そのために、ルルの力を貸してくれないか?」


あまりにも強引な勧誘だ。断られても仕方がないという部分はある。だが、上から目線で考えるのではなく、俺は純粋に彼女の力を借りたい。そうお願いすると、ルルは悩んだ。


「わかり、ました。それが街を守る事につながるのなら、行きます。」


「本当か!!じゃあこれからよろしくな!ルル!!」


「うわっ!そんな手を振り回さないでくださいよ!?」


おっといけない、テンションが上がって握手した後手をぶんぶん振り回してしまった。だが、ルルも楽しそうで何よりだ。


「あ、それと敬語禁止ね?」


俺がそう言うと、彼女は少しだけ嫌そうな顔をしてはいと頷いた。


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