第33話 憤怒の英雄VS最優の騎士


∇∇∇     アレンside     ∇∇∇


「流石アル、作戦成功だね…!!」


転移直後、僕は神剣を引き抜き構える。僕に軍隊の指揮能力はないため実質的な指揮官は奇祓の魔術師ことゼルが取っている。


対する相手はアレン隊5万の約2倍もの兵力を持つセルクス隊10万兵。すでに雑兵同士の戦いは始まっているが、セルクス隊の戦い方はひたすらに堅実、攻撃防御回避魔法のバランスが良い為、アレン隊はトリッキーな戦い方をする兵士だけを集めている。


「さて、僕は僕の役目をしないとね。」


目を瞑り、魔力探知を広げる。アルみたいに広範囲の探知はできないけど、強い奴の気配を辿るくらいはできる。


そうして探した先の強い気配は、僕の真後ろだった。


『ハァッ!!』


「ぐっ!!…」


悪寒を感じ振り向き、即座に神剣を構えガード。そこにいたのは、神剣のガードを破らんとする紫色の髪のカッコいい騎士だった。その剣は、独特な威圧感を放つもので、一目でライゼル大将軍の言っていた神器というものだとわかる。


「【正義のイレブンハート】、【英雄の一撃ブレイバー】。」


僕の持つ強化系のスキルを憤怒以外全て発動する。レベル上げと鍛錬により、素の身体能力で15万を超えたけど、このスキルたちを使った今は身体能力50万、魔力1500万まで昇る。そんな力で強引に振り抜いた神剣は、騎士の体を吹き飛ばす。


(今のでダメージを与えられなかった。ってことは、レベルでは負けてるかも。)


『奇襲して悪かったな。俺はセルクス、聖女様から【正偽】の二つ名を賜っている神聖虹騎士だ。』


「へぇ、悪党なのに、ちゃんと自己紹介するんだ。」


『俺は悪党ではない。ただ、己の正義に従い行動しているだけだ。』


それは、絶対に嘘だ。なんてったって、敵が僕にとっての悪であればあるほど僕は正義の心で強くなる。今の僕は、ルシファーを相手した時よりも強化されている。


「言葉を交わす気はないよ、セルクス。」


『俺もだッッ!!!!』


最初に動いたのはセルクス。地面を蹴り俺の前まで一瞬で移動、その剣を瞬く間に6回僕へと叩き込む。


「【滅勝勇猛撃グレイモア】」


僕に向けて放たれる斬撃の全てを、眩い白のオーラを爆発させた一閃の元に散らされる。攻撃の威力や速度はそこまでだ。


「【英雄剣ブレイブ】」


『【絶対防御インフィニティガード】』


攻撃を散らし、そのまま白いオーラを爆発させ英雄の剣を振り下ろす。だがそれは、セルクスの周囲を覆った氷の結界によって阻まれる。これを突破するのは不可能だと、僕の直感が告げている。


「【烈火聖撃アルガリア】」


数秒もすると結界は解除され、再びセルクスは斬撃を展開する。その合間に合間に、剣撃よりも威力の高い氷の槍が挟まれる。だが、斬撃も氷槍も、暴力的なまでの炎撃によって破壊し、セルクスの肌は軽症ではない火傷を負う。


そこから展開されるのは同じ構図。僕がスキルを使用して攻撃すると、絶対防御というスキルの氷結界に防がれ、セルクスの攻撃を僕が散らす。


10分ほどそのやり取りを繰り返しても、セルクスは一切息切れもしなければ動きに狂いもない。むしろ、僕の攻撃のパターンや動きを学習して攻撃が鋭くなってきている。


(威力も速度も、そこまで高いわけじゃないけど防御は硬い。それにありえないくらいの持久力と学習能力、まさに堅実を表すような騎士って感じだね。)


「疾ィ…」


深く息を吐き、魔力を神剣へと収束させる。明らかに生まれた僕の隙にセルクスは飛び掛かってくる、それはこれだけの隙を晒すなら反撃を受けてもイーブンのダメージを与えられると踏んでの行動だろう。


だが、それはあまりにも甘すぎる。


「【英雄の一撃ブレイバー】ッッッ!!!」


僕の兵士たち三万人、全員の期待や希望、祈りの全てを神剣に収束。そうして放たれる中段からの一閃は、セルクスの振り落とした剣を抵抗なく切り払い、奴が咄嗟に防御に出した左腕は切断され腹部も内臓が飛び出る程度まで切り裂かれる。


(左腕を盾にして真っ二つにされるのを防がれた。損得の判断が早いね。)


「でも僕、魔法もできるんだよねッッ!!!」


『上等だッッ!!!!』


左腕を飛ばされて内臓が飛び出ても少し痛がるだけで、セルクスは再度その剣を構えて、


僕の放った氷と風の複合魔法、周囲を凍てつかせながら進みセルクスをも凍らせようとした氷嵐スパークルを切り払った。


「余所見厳禁だよッッ!!!」


氷嵐を切り払った瞬間、地面スレスレまで姿勢を屈めセルクスの足元へと忍び寄る。正義の心によって常に【悪】に対して強力な斬撃を放つ神剣に爆炎を付与し、セルクスの首目掛けて振り抜いた。


その斬撃は、確実にセルクスの首を刎ねる一閃だった。だが、神剣はカキン!という金属音と共に奴の全身を急に覆った真っ白の全身鎧に弾かれた。


『【剛剣撃】』


「ぐっ!?…」


次の瞬間。先程よりスピードや威力が桁違いになったセルクスが剣を振り抜く。僕は間一髪神剣を滑り込ませガードしたが、神剣の上から強引に振り抜かれ、胸から腹へ強烈な斬撃を食らってしまう。


(なにが起きた…いや、わかる。これがライゼル大将軍の言っていたアレか…)


『神器解放――――【最優の騎士アーサー】』


「神器解放…」


神器解放。神聖虹騎士が持つイリス神聖国最強の武器の、最強の奥義。普段は力を抑えている神器の力を解放し、天変地異を起こすほどの強力な兵器へと変貌する。


セルクスの神器解放は、剣型だった神器が全身鎧と、強化された白剣になるものだ。さっきの斬撃で分かった。効果は単純な身体強化と防御性能の超上昇、それも馬鹿げた倍率の。


『認識を改めよう。貴様はただの子供ではなく一人の戦士、そして俺の敵だ。故に、全力で排除する。』


「僕も簡単にやられるわけには、いかないんだよね。」


明らかに格上へと変貌を遂げたセルクスは、その言葉を最後にその場から消える。次の瞬間、僕の目の前にいて。その剣は既に振り下ろされていた。


「ぐふっ!?…」


その斬撃は、見えなかった。あまりにも速い。気づいたら僕の左腕は切り飛ばされていた。即座に治癒魔法で治したが、何回も手足を切られれば戻せなくなる。


(このままだと不味い、アレをつかわなければ…)


そこから始まったのは蹂躙、完全に動きを見切れていない僕の体がどんどん削ぎ落とされていき、広範囲魔法を使ってもあの鎧に完全に防がれてしまう。


「この力は、あんまり使いたくはなかったんだけどなぁ…」


どれだけ足掻いていても、埒が明かない。僕は神剣を右手に握り、亜空間から一本の漆黒の片手剣を取り出す。


『貴様っ!?まさか!?』


「【憤怒解放】」


その時、僕の全身から威圧的で周囲の地面を抉るような黒いオーラが爆発し、体に纏う。それと同時に頭の中に、莫大な殺意と悪意、憎悪が溢れかえる。


(っはは、これくらいで、丁度いい。)


『【大罪クラウンギルティ】だと…』


「さぁ、殺ろうか。」


この状態だと口調は荒くなり、戦い方も殺すことに特化する。神剣は白黒の混ざったオーラを常に溜め込み、身体能力は正義の心と合わせて75万にも登る。


『【氷華円輪アイスグランデ】!!』


「【猛火閃撃フィル・アタック】ッ!!」


憤怒の発動に動揺を示すセルクスだが、すぐに落ち着きを取り戻した。そして第二ラウンド最初の一撃として放たれたのは、アルが見せてくれた絶氷の零度よりもさらに範囲が広く、威力の高い氷結攻撃。


対抗するべく、爆炎を剣と身に纏い加速。馬鹿げた大きさと範囲の氷結攻撃を正面からぶち抜き爆炎で破壊。勢いそのままに空を蹴り奴の首目掛けて剣を振るったが、少しずらされ腹部を横一文字に切り裂くに終わる。


(なんだ今の速さは…反射で避けなければ首を持っていかれていた…それに最優の騎士の鎧を切りやがった…)


『ッ化け物めッ!!!!』


「【炎雷一刀カラドボルグ】ッッ!!!」


セルクスが空へ跳び上がり、切っ先をこちらへ向けると大量の氷槍が放たれる。これも先程より威力が上がっているが、憤怒の黒いオーラを変換して放った炎雷の爆撃によって全て破壊。煙に乗じて僕も空へ飛び、セルクスの背後から剣を振るう。


『予測できているッッ!!!!』


「どこが予測だってぇ!!!!」


振り抜いた炎雷の剣閃は、セルクスの背後は全身鎧に加えて純白の円盾のようなものが出現し防がれる。アレの硬さは、先程の絶対防御ほどではないが、相当だ。


「【爆発アライブ】ッッ!!!!」


剣閃が防がれた瞬間、溜め込んだ炎雷を思い切り爆発させる。円盾の破壊は叶わなかったが、爆風によって奴の魔力ガードをゴリゴリ削り、地面へと吹き飛ばした。


(防御特化すぎて、中々攻めきれない。この状態の僕の剣は、アルでも受けたら死んじゃうくらいなんだけどなぁ。)


英雄剣技や魔法剣技は決め手にはなり得ない。となると、やはりユニークスキルたちを活用するしかなさそうだ。


『凍れッッッッ!!!!!』


過去最大の魔力反応。地面に叩き伏せられた状態のセルクスの鎧からなにやら触手のようなものが飛び出し、それが地面に着地した僕の足元に円を作り、円になぞるように魔法陣が展開された。


(やるしかないなッッ!!!!)


「【憤怒の炎】」


その瞬間、僕の足元から息すら凍らせるほどの冷気が放たれる。だが、同時に僕の全身に漂う黒いオーラは全て黒炎へと代わり、本来なら一瞬で凍り付かされ敗北していた所、黒炎が冷気の全てを燃やし尽くし、魔法陣を熱量で破壊してみせた。


(まだ憤怒の詳しいスキルの内容はわからない。だが、今は炎しか扱えない。きっとこれから炎以外も使えるようになるのだろう。)


それでも、今は充分だ。


「【瞬雷】」


『ッッ!!!!』


僕が地を蹴った瞬間、バチッと音が鳴りその場から消え去る。瞬き一瞬の間にセルクスの間合いに侵入しており、大上段に構え振り落とされた神剣からは、先程の憤怒の炎がこれでもかというくらいに凝縮されている。


『ッ!!【絶対防御インフィニティガード】ッッ!!!!!』


「【憤怒炎剣サタンブレイド】ッッ!!!」


セルクスは焦りを露わにしながら、絶対防御の氷結界を発動。同時に振り落とされる憤怒の炎剣撃。二つが衝突すると、凄まじい衝撃波と熱波で周囲はまさに地獄絵図へと変わる。


『ッハハ!!!!俺の勝ちだッ!!!』


「なに?」


『お前は俺のことを、防御特化だと思っているだろう!!!』


もはや空間が歪むほどの鍔迫り合いの中、セルクスは急に笑いだしその顔を笑顔に染めた。勝利を確信したような素振りだ。


『今まで受け、防御した攻撃全て、お返しするッッッ!!!!!』


「まさかっ!?!?」


(このスキルが、相手の防御特化が、そういう仕組みなら、ヤバい!?)


その瞬間、結界が魔力を爆発的に放ち自壊する。それによって振り落とした剣の速度は一瞬緩み、奴に発動の隙を与えてしまった。


『【滅氷攻撃変換フルアタック】ッッ!!』


刹那。


パキッという小さな音が鳴った瞬間、レンルー平原西部の大地は氷に閉ざされる。超冷気による無差別広範囲氷結攻撃。憤怒の炎も、正義の心も、帝国の兵士たちも、自国の兵士すらも全てを凍り付かせ、そこに残っていたのは全てを出し切り息を切らすセルクスだけだった。


『防御形態で攻撃を全て受け、そのダメージ全てを一撃に変換する。どうだ?自分の力で捻じ伏せられた気分は?』


悠長に喋りながら、氷に閉じ込められた僕の元へゆっくりと歩いてくるセルクス。その表情は、まさに勝利を確信しているような瞳だ。


そんな絶体絶命で、僕の脳内に溢れ出していたのは、アルの兄様であるラインハルトさんとの訓練の光景だ。周りの兵士たちはもう全員帰る暗い時間になり、演習場には僕とラインハルトさんだけ。そんな時、ラインハルトさんは僕にこう言った。



『一つ質問をする、なんちゃって英雄。敵が最も油断する時は、いつだと思う?』


『最も油断するときと、ですか?』


『良いから答えろ、いつだと思う?』


『…分かりません。』


『なら教えてやる。戦いにおいて、最も油断する瞬間とは、勝ちを確信したときだ。だから一つ覚えておけ。』


『勝ちを確信したとき…?』


その後、彼はこういった。


『絶体絶命の状況、相手が勝ちを確信した時、そこが、逆転の糸口となる。最後の最後、死ぬその瞬間まで、諦めるんじゃないぞ。』


僕の体はピクリとも動かない。セルクスは今もニタニタした笑みを浮かべて、足で僕を凍りつかせる氷を小突いて挑発している。


(あぁ…ラインハルトさん、そうですよね、最後の最後まで、諦めちゃ、駄目だ。)

 

憤怒の炎は圧倒的な冷気と魔力によって無効化されてしまった。体はピクリとも動かないし、動かせるのはこの頭だけ。


『それじゃ、死んでもらおうか。』


セルクスは剣を振り上げ、その笑みからは正義が消える。残っていたのは、敵を殺す悦びだけだ。


(一か八か、やってやるしか、ないなッ!!)


思い付いた作戦は、到底実現不可能なもの。ハッキリ言って、失敗して死ぬのが99%といったところだろう。


でも、残り1%で勝てる。


『【氷絶剣アイシクルブレイド】ッッ!!』


奴の剣に眩いほどの氷が付与され、振り落とされる氷剣。それは僕を閉じ込めている氷を破壊したあと、僕の肩から胸を一刀両断する一撃だった。


セルクスの表情は、勝ちを確信し敵を殺した悦びに囚われている表情だ。


(敵が勝ちを確信した時、そこが逆転の糸口となる!!!)


「うがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」


『なっ!?!?』


氷が破壊され、上半身が動くようになる。だが奴の氷剣はすでに肩に突き刺さっていて、セルクスが力を込めたらそのまま切り裂かれる。


(応えてくれ!!!!僕の力!!!!)


『俺の氷を、なぜッッ!!??』


「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


僕の肩口からは、まるで燃えているような氷が大量に噴射され突き刺さっている剣ごとセルクスの右腕を凍りつかせる。セルクスは咄嗟に引こうとしたが、僕の翳した左手から噴射される氷が奴の両足を凍り付かせ動けなくさせる。


◆◆◆


《憤怒のアビリティアンロック成功》

《【憤怒の氷】を習得しました》


◆◆◆


脳内に響く機械音声は、憤怒スキルの進化を告げる。


『なっ、ありえない、俺の氷を喰らって、学習したとでも言うのか!?!?』


動揺しながらも、最後の抵抗として剣を投擲してくるセルクス。だが、それは地面から出現する憤怒の氷壁によって弾かれる。僕は下半身を凍りつかせている氷を、憤怒の炎を凝縮して爆発させ破壊する。


「僕の勝ちだ、最優の騎士アーサー。」


『そんな、うそだ、俺が負けるなど、ありえなっ!?』

 

僕の翳した左手から、燃えるような氷、略して氷炎と呼ばせてもらうが、氷炎の砲撃が放たれセルクスの上半身を爆散、氷結させる。その余波は周囲にクレーターを作るほどだ。


(炎と氷、二つを組み合わせれば最後の一撃のような強力な技も放てる。)


「っはは、最後の最後まで諦めない。ありがとうございます、ラインハルトさん…」


感謝の言葉を述べると、僕の体は新たな術式の行使によって魔力切れを引き起こす。意識が薄れていく中、祈ったのは友と愛する人の無事だった。












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