第31話 聖戦の幕開け


八月某日、13:00分。レンルー平原に約30万もの帝国軍が集う。その陣形は典型的な鳥型展開で、右翼側はライゼル大将軍が、左翼側にはラインハルト副将軍が、そして全体の指揮は帝王ジル=バスターが直々に執る。


夏特有の暑さすら吹き飛ばすほどの威圧感と重厚感を持った軍隊が、一糸乱れぬ動きで平原を歩き、事前に作られていた要塞の前へ整列する。


(ついに、来た…)


陽炎が情報を掴んでから二日後。俺たち帝国軍とイリス軍の戦いの日がやってきた。俺はライゼルが指揮する右翼側におり、アイリス、アレン、ルージュは左翼側に集まっている。


正直、心配していないと言えば嘘になる。だがここで俺が心配してしまえば、あいつらはきっと『自分の心配をしなさい!』と言って怒るだろう。それは勘弁願いたい。


要塞に到着すると全体の動きが止まる。その時、帝王ジルが威厳のある髭を蓄えた御仁からケモミミのオレンジ幼女へと姿を変え、空に飛んだ。兵たちは全員空を見上げ、可愛らしくなった我らが主君を見つめる。


「48万人、48万人だ。これまでイリスから受けた侵攻によって、48万もの帝国の民が死んだ。それは無残に、残虐に、許しを請うことすら許されずに。」


異常なほどよく通る、そして聞くだけで気分が高揚するような不思議な声音で、帝王は語りを続ける。


「それが、許せるか?ただ必死に生きていただけの民が、帝国を守るために戦った兵士が、神を騙る悪魔共に奪われて希望を毟り取られる。これが、許せるか?そんなの、許せるわけがないッ!!!」


兵士たちの中には、手を強く握り血を流す者もいれば、静かに涙を流す者もいた。きっと、家族や大切な人を殺された人々なのだろう。


(原作では、細かいモブキャラの心理描写を描くことはない。だけど、この光景を見ればイリスのこれまでの所業が伺える。)


「我が名、バスター帝国帝王ジル=バスターの名において、ここに宣言するッッッ!!!


今宵の戦、我等が神にとってかわり、彼の悪魔の国との聖戦を終わらせる鎮魂歌を奏でようではないかッッ!!!」


帝王は腰に差していた剣を引き抜き、天に掲げる。三秒の沈黙が流れた後に、その怒号の嵐はやってきた。


「「「「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」


三十万人の兵士たちが一斉に剣を引き抜き、天に掲げ、そして叫ぶ。自分たちの勝利を願い、奪われた命に誓うように。


流石は大国の帝王。この一幕の演説だけで、兵士たちのやる気はMAXまで引き上げられた。これだけの指揮とやる気を持った帝国軍は、原作ですら見たことがない。


(絶対、勝つ!!!)


俺も心の中で叫びながら、戦いに備えるため、そして最初の【作戦】を実行するために準備を始めるのだった。




∇∇∇




「アルフレッド、ちょっとこっち来い。」


「どうしました?ライゼルさん?」


「作戦の確認だ。」


要塞の中で白大剣の手入れや、この日のために開発した特殊な魔法の準備をしていると、ライゼルが話しかけてきた。どうやら、今日の作戦の確認のようだ。


「イリス軍との最初の邂逅、そこに関しちゃお前に掛かってる。アレが上手くいっちまえば、後はなるようになるだけだ。」


「分かってますよ、既に術式の準備と配置も終わってます。」


陽炎による情報だと、イリス軍の戦力はこちらよりも多い50万。特級戦力は8人で、真正面からぶつかれば数の不利でボロ負けする。必然と、帝国が勝つには分断が必要となるわけだ。


(功績をあげれば神器が手に入る。なら、やってやろうじゃねえか。)


現時刻は13時50分。陽炎の情報も確実じゃないが、そろそろ戦が始まる。兵士たちはピリピリしているかと思いきや、思いの外楽しく談笑していた。


「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ…」


「死亡フラグ確定演出やめろ馬鹿、てかお前既婚者だし娘いんだろアホか。」


「のんのん分かってねえな、あえてフラグを立てることで逆に生き残る戦法だよ。」


兵士たちも嫌嫌この戦争に参加してるわけじゃない。全員が己の意志で、帝国のため死地へと飛び込んでいる。その楽しそうな表情がいつまでも続けばいいのに。


と、そう思ってしまった。そんな願いを、神様が聞いてくれるわけがないのに。


『ライゼル大将軍閣下、敵の姿が見えました。』


「本当か!?どこにいる!?」


陽炎の姿がいきなり現れ、その言葉を告げる。楽しく話していた兵士も、魔力を練っていた魔法使いも、全員がその姿に釘付けられる。


『要塞から東、到着予定時刻は14時00分です。』


「ようやく来たなァ…俺たちの餌ァ!!!」


ライゼルはすっかり興奮して叫ぶ。だが他の兵士たちも似たようなものだ。その報告に全員が立ち上がり、帝王の指示を待った。


「帝国軍!!全員、配置に付けッッ!!!!」


「「「「「「「ハッッッ!!!!!!」」」」」」」


帝王の圧倒的カリスマ声による指示で、兵士全員が数分もしないうちに要塞を出て元々決めていた陣形を組む。俺は右翼側の最前列、ライゼルの隣である。


(覚悟は出来た。あとは、やるだけだ。)


もう言葉はいらないだろう。だって、俺の数里先を見通す瞳は、すでに数え切れないほどの白い鎧を着た兵士を連れた軍隊を捉えているのだから。


「イリス軍が来たぞぉぉぉ!!!!!」


「やってやらぁぁぁ!!!!」


「ぜってえぶっ殺すッッ!!!!」


兵士たちの気合も充分。俺は白大剣を亜空間から取り出し、一歩足を踏み出した。


「やってやれ!!!!」


「っ…!!はい!!!」


背中を叩き豪快に笑うライゼルに、笑顔で答えて俺は誰よりも前に出る。その姿を敵兵が視認したのか、一番前にいる虹色の鎧を着た兵士が剣を引き抜き、空へと飛んだ。


かの兵士には見覚えがある。イリス神聖国の最大戦力集団【神聖虹騎士ホーリーセブンス】のリーダー、ラプラス。相手の特級戦力のなかでも聖女に次ぐ実力者だ。そんな奴が、剣を構えた。


(強大な魔力反応、来るな。初手が。)


だが、作戦実行には後数歩足りない。敵兵の最後尾があと数歩進まなければ、作戦実行ができない。


「姉様ッッッッ!!!!!!」


「任せてッッ!!!」


ラプラスは空へと飛び上がり、その剣に平原を埋め尽くすような膨大な光を収束させる。それが振り下ろされると同時に、姉様の巨大結界が軍全体を覆う。


そして振り下ろされる光の剣。それは巨大な斬撃となって俺たちの距離の地面全てを焼き尽くし切り裂き、姉様の結界と衝突する。


(ハハ、うちの姉様、舐めてんじゃねえぞ?)


「片腹痛いですわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


意味不明な叫び声と共に、結界から凄まじい魔力が放たれ光の熱斬撃は霧散する。それを見たラプラスは目を見開いて驚く。そして、俺の不敵な笑みを見て、叫んだ。


(敵軍全兵、効果範囲内ッッ!!!!)


『下がれェェェェェェェェ!!!!!!!!』


「もう遅えよ!!【選択長距離転移】!!!」


ラプラスの叫びと同時に、敵兵50万人の足元と、我々帝国軍の足元に超巨大な魔法陣が出現する。それは空間魔法特有の紫色の光を放っていて、相手の特級戦力たちはすぐさま回避しようとする。


(もう遅いって言ってんだろッッッ!!!!)


刹那。魔法陣からまばゆい光が発せられる。


敵兵の一糸乱れぬ動きの軍隊は、この広すぎるレンルー平原にバラバラに転移させられる。選択長距離転移は、相手を自由に選び自由な場所に転移させる魔法。50万人一人一人を選別するのに脳が焼き切れそうになったが、治癒魔法で完全カバー。


分断された相手の特級戦力。対してこちらは対策を練りに練り、なおかつ相性がいい兵士たちを相手の分断した軍隊たちと相対させる。


そうして、数でも相性でもこちらが有利に立つ。俺の魔眼によるスーパー補助の空間魔法による分断作戦、見事に成功。


レンルー平原北部はライゼル隊で戦力は10万、相対するのはラプラス含む10万の兵。


レンルー平原南部はラインハルト隊で戦力は3万、相対するのは神聖虹騎士構成員『レグル』『ミラ』『ラドルリア』含む5万の兵。


レンルー平原西部はアレン隊で戦力は5万、相対するのは神聖虹騎士構成員『セルクス』含む10万の兵。


レンルー平原東部はアイリス隊で戦力は12万、相対するのは神聖虹騎士構成員『シアン』『ルーク』含む15万の兵。


相性の良い相手をぶつけまくった結果がこれだ。各自、覚悟をしている。


そして、俺のいる場所はレンルー平原中央部。真ん中に巨大な火山がある荒野にて、俺はたった一人の目の前に立っていた。


「そんじゃ存分に殺り合おうか、聖女サマ。」


『あなたなら、楽しませてくれそうですね?』


火山がそびえ立つ荒野の中心に立つのは、俺ともう一人。聖女と名がついていながら黒いシスター服を着て、あまりにも禍々しすぎる漆黒のオーラをその身から放ち、右目を黒一色に染める女性。


『まんまと嵌められてしまった、ということですか。』


通称【悪魔の聖女】、リリス=フランデー。レベル120の、一瞬にして数万の兵を血祭りにあげ大将軍の両目を潰した化け物が、不敵に笑った。







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