第30話 開戦の予兆
生命の気配を感じさせない荒れたレンルー平原に、暴力的な風が吹き晒す。その付近には、今にも吹き荒れそうな巨大な火山が構えている。
かつて、神氷狼が人類の征伐軍に討たれた平原に、帝国の懐刀が忍び寄る。
「こちら陽炎、イリス神聖国の兵と思わしき人物を発見。」
『良くやった。追跡しろ。』
「御意。」
白仮面に白フードの女性が、右目を灰色に光らせ数百人規模の兵隊の群を発見する。それを上層部に伝えた女性がスキルを発動すると、女性の姿は完全に見えなくなり気配も遮断される。
バスター帝国、帝王直属部隊【陽炎】。その一端が、イリス神聖国の尻尾を掴んだ。
「なぁなぁ、今回の戦相手はバスター帝国なんだろ?」
「そうだな。」
「あれだけデカい国の相手だ。俺たち並の兵士だけじゃ相手にならない。【
「当たり前だろう。なんなら、聖女様も動くと聞いている。」
「うひぇ〜!!マジで!?」
陽炎構成員の女性が、兵隊に気配姿遮断をしたまま近づくとそんな会話が聞こえてきた。会話をするのは、平原の東端で巨大な戦拠点を作る兵士たちだ。
「聖女様が自由に動くには、このレンルー平原は最適だ。広いし障害物が何も無い。」
「だから、偵察と拠点制作のために俺たち先遣隊が遣わされたってわけか。」
レンルー平原での拠点制作、そして偵察。こうなれば戦の場所はこの帝国領土西側に存在する巨大平原、レンルー平原で間違いないだろう。陽炎構成員は、即座に上層部へ報告する。
「にしても………」
他愛もない会話をしながら拠点を作っていく兵士たちを通り過ぎ、陽炎構成員はとあるアイテムを拠点に設置する。超小型で隠蔽機能のついた【自爆機能付き盗聴器】である。
(任務達成)
陽炎構成員、もといアルフレッドたちに伝言を伝えた彼女は仕事を終え帝国へと即座に帰還するのだった。
∇∇∇
「むふふ〜!!アル〜!あーんしてあげる!」
「うん、美味しい。」
あの夜から実に一週間が経過した。お互いの本音をぶつけ合い、分かりあったあの日からこうしてケーキをあーんされるくらいには仲良く関係を築いている。
「あ、あはは…アルって、もしかして結構甘えん坊…?」
「おいそこアレン、明らかな態度で引くんじゃない。」
「いやいやアル。いくら『婚約』したからといって公衆の面前でいちゃつきすぎよ?」
会話に乱入してきたルージュが指差すところには、羨ましそうな表情の兵士たちがいた。あ…すんません…
それはそうと、俺とアイリスはついに婚約した。貴族が付き合うということは、それすなわち婚約するということであり、三剣の一角であるシシリス侯爵家と大将軍令嬢の婚約は、貴族社会に大きな波紋を呼んだ。
「兄様と姉様を落ち着かせるのがいちばん大変だった…」
兄様と姉様に婚約したことを伝えると、二人共阿鼻叫喚だ。『うちの可愛いアルがメス猫に取られたー!!』『アイリスの稽古厳しくしてやる…』などなど、ブラコンの2人は大暴走してくれた。
あと、アイリスは婚約してから稽古に加えて自主練を毎晩するようになった。私服がいつもよりお洒落になったし、夜俺の部屋に来て作ったスイーツをご馳走してくれる。正直、前世で交際経験どころかまともに異性と喋ってこなかったせいで知らなかったが、パートナーがいると幸せだ。
そんな事を考えてニヤニヤしていると、アレンが苦笑いした後に話しかけてきた。
「それにアル。なんだか、少しカッコよくなった気がするよ。」
「お世辞は寄せやい。見た目には変化ないっての。」
「いや見た目っていうか、雰囲気?」
そんな曖昧な返答をしてくるアレンは放っておきながら、おやつ休憩にアイリスが持ってきたケーキを完食して立ち上がる。すると、訓練場の扉が開いた。
「お前等ァ!!イリスが攻めてくる時間と場所が分かったぞォォ!!!」
勢いよく扉から入ってくるのは、相変わらず糸目の豪快なライゼル。その報告はこの場にいる全員を揺るがせた。
(戦争の日時と場所!十中八九原作とは違うはず!)
「だ、大将軍!それはいったい!?」
「時間は二日後の昼、場所はレンルー平原になったァ!!」
「「「「「「ッッ!!!!!!」」」」」」
告げられる時刻と場所。時間はまだいいとして場所は問題だ。原作とは違う場所が戦争の場所として採用されている?どういう心境の変化があった?
(いや違う。原作では森林を選んでいたが、それは聖女が森林ではなく帝都に攻め込んできたからだ。今回のレンルー平原は平らで拾い、聖女の力を活かすに一番相応しい地形。)
ということは、相手は真正面からの総力戦をお望みのようだ。聖女があの異能を使うには、広い場所のほうが都合がいいからな。
「二日後が戦になるッッ!!!各自訓練の最後の詰めと準備を終わらせろッ!!以上!!!」
すっかり興奮して声が大きくなったライゼルが訓練場から退出する。すると、兵士たちは一斉に騒ぎ出し、お祭り騒ぎみたいになった。
俺個人としても、転生してから間違いなく最も過酷な戦いになるだろう。なにせ中央大陸、最強のイリス神聖国、そのトップの足止めとかいう一番の大見せ場を任されているのだから。
それに俺は、強敵との戦いはむしろ好きだ。訓練ならば勝てなくても経験に繋がるし、実戦だとしたら自分の成長に直結する。今回は負ければ即死の条件だから、負けはありえないけど。
(二日後か…)
「アレン、久々に本気の模擬戦をしよう。」
「全然良いよ。今のところ負け越してるし、絶対勝つ!!」
俺とアレンは空いているスペースに移動し、互いの得物を構える。
「アイリス、私たちもやりましょ?」
「もちろん!斬り伏せてあげるよ!!」
ルージュとアイリスも火をつけられたようで、お互いに模擬戦をしようとしている。
他の兵士たちも、より一層訓練に力が入る。二日後に来る帝国史上最大級の戦争を前に、帝国軍はやる気を漲らせている。
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