第29話 蔓延る悪意と死の可能性


∇∇∇     ???side     ∇∇∇


 

『バスター帝国との第一次衝突は敗北…ですか…。』


「申し訳ありません、リリス様。」


神の名のもとに政治を行う宗教国家、イリス神聖国の最重要機関【リリス大聖堂】の神室にて一人の美しすぎる女性と騎士らしき男が相対する。


『彼の国には剣神と雷神のタッグがありますからね。神器を持ち出しても、あの二人が揃っていれば突破は難しいでしょう。』


「ならば、分断するまで、ですね。」


『その通りです、ルーク。ですが、現状バスター帝国の中に【金鐘】はいます。アレを刺激しては、私達の敗北は確定します。』


そんな言葉と共に、女性は振り返る。身に纏う装束は黒と白のハイブリッド。様相はまさにシスターと言えるのに、放つオーラは悪魔のソレだ。


『慎重に事を進めましょう。必要となってしまえば、【悪魔の聖女】である私も出ます。』


「ハッ!!」


その会話を最後に、男は神室を後にする。その後も女性は窓から外を見つめ、来たる聖戦の日を待ち望んでいた。



∇∇∇



「ふぅ…ふぅ…」


帝国軍との訓練が始まってから一週間。俺たち学生部隊は帝国軍の中でも選抜された特級戦力たちとの模擬戦をしていた。


帝国軍の特級戦力はライゼルと兄様が筆頭となり、その下に軍団長のカスミ。指揮は苦手だが実力は高いエースのラカルとミラ。この人物たちが帝国軍の特級戦力、相手側の七人に対抗できる人たちだ。


俺は一週間で一通り全員と戦ったが、ライゼルと兄様には敗北。他には勝つことができた。まぁカスミもラカルもミラも、驚くくらい強くてギリギリだったけど。


「アルフレッド君。少々お時間よろしいですか?」


「どうしました?カスミさん?」


「アルフレッド君は空間転移の発動速度とそこからの攻撃の組み立て、それが凄く速いです。アレはどうしているのですか?」


「えっと、それはですね…」


訓練の休憩時間、演習場の端で座っていた俺に話しかけてくるのは水色の長髪に可愛らしい雰囲気をずっと放つカスミさん。身長が145ほどで、23歳にしてはかなり小さい。だけど、年下である俺に敬語を使って教えまで乞うてくるのですっごくいい人だ。


「アル〜、飲み物持ってきたよ〜。」


「サンキューアレン。そっちはどうだ?」


「ぼちぼちだよ、さっきアルのお兄さんにボッコボコにされたところ。」


水を持ってきたアレンも座り、二人で進捗状況を話し合う。どうやら、アレンも特級戦力たちにボコられてるようだ。お仲間だね☆


「にしても、こんなに強い人達がいて負けるかもしれないって、イリス神聖国ってどんな国なの?」


「簡単に言ってしまえば、あそこの国には他の国とは違ってとんでもない兵器を持ってる。」


「兵器?」


「神器だ。イリスのトップに立っている【悪魔の聖女】が作ったイリス教という宗教は、国民の信仰心を大量に集め、数十年に一度神器という災害級の武器を作れる。それを、実力者たちが使って暴れまわる。」


「だから、戦力が足りないってこと?」


「そうだよ。神器持ちをライゼルや兄様が抑えてても、他の兵士たちや例の聖女に押し切られる。」


神器の強さは原作でもしっかりと表現されていた。ちなみに誰でも使えるわけじゃなく、その神器に適合する人間しか扱えない。その適合する人間は国に一人いるかどうかという割合のため、人口が多いイリスにとっては相性がいい。そんな神器を、アルフレッドは適合とか関係なく全て使える。やっぱチートキャラだわ。


「まぁ、一番恐ろしいのは【悪魔の聖女】だけどな。」


「ライゼル大将軍。」


会話に乱入してきたのは、昼ご飯を食べ終わったライゼル。その表情は、ライゼルが自分の知識をドヤ顔で披露する時の顔だ。


「イリスの統率者、悪魔の聖女。アイツを止めなきゃ俺たちの勝ちは来ねえ。だが、俺とアイツは相性が悪い。」


「ライゼル大将軍でも勝てないんですか?」


「あぁ勝てねえだろうな。アイツを相手にするのは恐らく、お前だ。アルフレッド。」


「え?俺?」


そうしてアレンと喋っていたライゼルは、俺に指を指す。


「聖女には勝たなくて良い。いずれ起こるであろう総力戦のときに、俺たちが聖女以外の戦力を倒す時間を稼ぐんだ。聖女がガッツリ帝国軍に攻擊してきたら、確実に負ける。」


珍しく真剣な顔で喋るライゼルに、アレンは息を呑む。俺はそんな事、最初から知っているのだ。


(ライゼルや兄様がイリスの戦力を滅ぼす間、死ぬ気で時間を稼げってことか。)


「ま、そんな気負うなよ。」


ライゼルはそれだけ言い残して、他の兵士たちのところへと向かった。まぁ、まだ衝突は起こらないだろうしじっくり対策を練ろう。


「アル。落ち着いてるね。」


「あぁ、それならその対策をするだけだからな。」


俺がそう答えると、アレンは少しだけ悲しそうな顔をした。




∇∇∇




「ぐぁぁぁ…つっかれた…」


「珍しいじゃん、アルがそんな疲れてるなんて。」


「逆に一日中格上たちと戦って元気なアイリスのほうが信じられないんだけど?」


「あっはっはー!疲れてるけど、こんな夜にアルとデートだからね!元気いっぱいだよ!」


その日の夜、もう日が沈み暗闇が帝都を包む時間にアイリスと共に街中を歩いている。最近はずっと訓練詰めだったから、少し夜風にあたろうとアイリスが言ってきたからだ。


「アルはさ、凄いよね。」


「いきなりどうした、アイリス?」


少し、寂しそうな顔をして止まるアイリス。その瞳は下を向いていて、いつも元気な彼女からは想像がつかない様相だった。


「私聞いちゃったんだよ、アルが相手側の一番強い奴と戦うって。その時パパが言ってた、もしかしたら、アルは死んじゃうかもしれないって。」


「………」


その可能性は、充分にある。悪魔の聖女は原作だとライゼルに斬られて死亡するが、その強さは作中最強ランキングにおいて4位。アルフレッドがボスキャラとして登場する15歳時点のアルフレッドですら、簡単には倒せない相手だ。今の俺は、時間稼ぎどころか殺される可能性のほうが高い。


「それは、なんとなく分かってた。」


「なのにアル、いつもと変わんない。自分が死んじゃうかもなのに、いつもと同じの、頼りになるカッコいいアルのまま。」


アイリスの語気は少し強くなり、すすり声が聞こえてくる。聞き覚えがある。必死に、涙を我慢するような声音だ。


「私だったら、そんなの嫌。死んじゃったら皆ともう喋れないし、アルに会えない。そんなの絶対に嫌…なんで、アルは、そんな強いの?」


「俺は別に、強くなんて…」


アイリスの瞳が下からこちらを向く。表情が俺の魔眼に焼き付けられる。その顔に映るのは、アイリスが初めて見せた不安と涙だった。


「私…一回だけ、悪魔の聖女に、会ったことがあるの…」


「ッ!?初耳なんだけど…」


「パパの仕事に無断で着いていった時、戦場に急に現れたの。一瞬で、何万人も殺されて、パパも逃げるので精一杯だった…私が殺されそうになった時に、パパは私を庇って両目を失ったの…」


糸目のように見えているライゼルの瞳。アレは悪魔の聖女に奪われた両目を隠すためのフェイク。視界が見えないとバレれば、そこを狙われる。


「もう、嫌なんだよ…大事な人が傷つくのは、見たくない…!!」


涙が溢れ出るアイリスの瞳を、俺は見つめることができなかった。俺は、その言葉に応えられることはできないからだ。


「俺はさ、戦わなきゃ、強くならなきゃ、自分を守れないんだよ。アイリスやアレン、ルージュも、俺が強くならなきゃ、守れないんだ。」


やがて来る弱体化イベント。その時の逆境は、このイリスとの戦争なんて比じゃないくらい難易度が高い。原作と乖離してしまったこの世界でアイリスたちを守るには、俺はもっと強くならなきゃいけない。


「だから、たとえ死ぬ可能性があっても、俺は戦うよ。そうじゃなきゃ、俺のやりたいことはできないし守りたいものは守れない。」


「やだよ…アル…!!私は、アルがいなくなったら嫌だ!!」


アイリスは不安に加えて、失う恐怖を言葉にして俺の腕の中に飛び込む。俺は、それを抱き寄せることはできなかった。


「アイリス…ごめん。」


ごめん。そうとしか、俺は言えない。いつも気丈に振る舞って、皆を心配させないようにしているアイリスの本音に、それ以外の言葉で返答するのは、無礼だと思ったからだ。


「アル…私…」


密着した状態で、アイリスの徐々に早まる心臓の鼓動が聞こえる。彼女は、涙を流しながら、その瞳を俺の魔眼へとぶつけた。


そして、運命の言葉は奏でられる。


「私、アルが好き。死ぬなんて駄目だよ、ずっと、傍にいてよ…」


ぷつぷつ切れるような、か細い声。しかしそこに乗っている意志は、覚悟は、俺の心へ叩きつけられた。


(わかってた。わかってたことなんだよ。でも、それに向き合うのが怖かっただけだ。)


「アイリス、俺は行くよ。」


「ッッ……!?」


俺がそう答えると、アイリスは再び俺の胸へ顔を沈める。そして、すすり泣くような声が聞こえてくる。


そんな時、俺は両腕でアイリスを抱きしめた。


「ア、ル…?」


「約束する、俺は死なない。絶対に勝ってここに戻って来る。」


強く、強く抱きしめる。体温が感じられて、どこか安心する。アイリスは涙で濡れた、可愛い顔をゆっくりとあげ、俺を見た。


「生きて戻って、もう一度言うよ、アイリス。」


ずっと気付いていた。最初からわかっていた。アイリスが俺のことを好いてくれていることくらい。モダンに言われて、より強く考えていた。


みんなからの期待が苦しくて、自分を下げていた。胸の中の少女からの好意に向き合うのが怖くて、見て見ぬふりをしてた。


でも、もうやめだ。見て見ぬふりをするのも、自分のあの子への想いに蓋をするのも、原作と違うから、あの子は俺より凄いからなんて言い訳は、もうやめだ。



――――――――今度は、逃げない。


アイリスの蒼く綺麗な瞳と、俺の疎まれ続けた紫の瞳が交差する。夏の熱気と、少しの寂しさが、今この瞬間だけは、消え失せたような、二人だけの感覚に陥る。


抱きしめた体を解き、アイリスの柔らかな右手を握る。面と向き合って、視線を交差させて、その言の葉を紡いだ。














「君が好きだ。アイリス、俺と付き合ってくれないか?」


「ッッッ………!!!!」


その時、二人に吹く髪を揺らす強い風。それはアイリスの流す涙など、連れ去ってしまい、彼女が頰を赤く染めるのがよく見える。


アイリスは顔を赤く染め、一瞬下を向き、涙を拭いた後、もう一度魔を宿す瞳を見つめて、言葉を紡いだ。


「私のほうから、お願い、します…!!」


震える声音で告げられる言葉。だが、確かな勇気と歓喜を宿した言葉が俺の心を優しく包む。


「ありがとう」


俺は右手を握ったまま、左手をアイリスの肩に乗せ、顔を近づける。


アイリスはびっくりしたあと、ゆっくりと瞳を閉じた。


「愛してる」


ゆっくりと、優しくキスをした。




















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