第23話 調停者であり守護神


「っ…あっ…」


意識を失い、どれだけが経っただろうか。カグラは生きているだろうか、ルターは泣いていないだろうか。そして、ケルリアスはどうなっているのだろうか。


「ッッ!!!!!????」


目を開けた瞬間。魔の瞳が捉えたのは眩いほどの金色を持つ獣、どこか不思議な気配で人間に悪意を向けなかった一等星。金鐘のベガがそこにはいた。


「アルフレッドくん!?」


体を起こすと、カグラが泣きながら抱き着いてくる。俺はキャラはどこに行ったといじろうとしたが、彼女の涙と、強い抱擁にそんなことは言えなかった。


「いき、てるっ…!生きてる…!良かった…良かったよぉ…!!」


「……あぁ、俺は、生きてる。ごめんな、心配かけて。」


俺の胸の中で思い切り泣くカグラを、抱き返して頭を優しく撫でる。ルターを見てみると、そこにはベガの動きを一切見逃さまいと目を見開くルターがいた。


「すっご…」


俺も改めてベガの方に視線を向けると、ベガの九本のうち一本の尻尾が光り輝いていて、それにより俺とカグラ、ルターを囲う結界のようなものを展開している。


そして、本体はケルリアスの触手や突進、暗黒ブレスに掴みかかり。そんな荒れ狂う攻撃の全てを悠々と躱し、防御し、反撃する。その流れは異様なほど鮮やかで、ベガの舐め腐った右前足によるスマッシュ一発で、ケルリアスの肉体はバラバラになる。


だが、再生する。ケルリアスは肉片だけになろうともそこから一瞬で再生する。それこそが魔法生物であり、悪魔術師によって作られた闇の生物である特徴だ。


(ベガの野郎、俺たちに、魅せている?)


ベガの動きは明らかに舐めていた。本気を出せば1秒で消し炭にできるはずなのに、まるで俺たちに自分の動きを学習させているかのように戦っていた。


その時、ケルリアスの全身から暗黒の突風が巻き起こり形態変化する。ケルリアスの背中からは異形の頭が大量に伸び、異形頭の口から無数の触手が飛び出る。さらに本体からも謎の棘のようなものが出現し、それも自由自在に伸び縮みしている。


「は、はは…やっぱ、バケモンじゃねえか…」


俺が言葉にしたバケモン。これはケルリアスに向けて言った言葉ではない。俺の言葉の方向は、この形態変化をして全ての攻撃をぶつけられてもなお、無傷で涼しい顔をするベガに向けた言葉だ。


『…………』


その時。ベガと一瞬、目があった。そして目があった瞬間に、奴の思念?のようなものが入り込んできた。


『もう充分か?』


「当たり前だろ金ピカ狐…!!やってやれ…!!!!」


俺がそう返すと、ベガはなにかため息のようなものをつきもう一本の尻尾を光らせる。するとケルリアスの体はなぜか、不可視のナニカに捕まったかのように一切動かなくなる。

 

その時、世界が抉られる。ケルリアスの存在する位置に、遥か上空から金柱が凄まじい勢いで舞い降り、ケルリアスの存在したはずの世界は、空間ごと消えてなくなってしまった。


(マジで、バケモンだな…)


金鐘のベガ。レベルという概念で図るのも烏滸がましいほどの化け物が、尻尾の光を解除すると結界も消えてなくなる。その時、ベガと目があった。


数秒の沈黙が流れる。今も俺に抱きついたままのカグラが生唾を飲み込んだ時、刻が動き出した。


『我は、世界の調停者。人の子の守護者。小僧、貴様には期待している。』


それだけの言葉を残してベガは光を放つ。視界を埋め尽くす光が止んだその時に、もうベガの姿はなかった。





∇∇∇     アレンside    ∇∇∇




「はぁ…はぁ…はぁ…」


『ふむ、こんなものか。英雄様とやらは。』


『しょうがないだろグリム!!この英雄様は平民上がりのお飾りなんだからさ!!』


夏合宿が始まってから四日目、その早朝に奴等は襲い掛かってきた。僕は襲撃の寸前に咄嗟に飛び起き、ルージュだけは出会い頭の大爆発から守れたが、他の班員は巻き込まれ、すぐ治療しなければ死んでしまう傷を負った者もいた。


そして、目の前には襲撃者である黒い仮面と黒フードを着込んだ気だるげな男と、豪快に笑い馬鹿にする赤毛の大男が会話をしていた。気だるげな男はグリムで、大男の方はラカルという名らしい。


そして、僕の後ろには総勢100人を超える1年生たちがいる。どうやら森中に強力な魔物が放たれているらしく、僕の所に集まってきたようだ。


「ルージュ。絶対に離れないで。」


「いえアレン、私はもう、守られるだけの姫ではないの。」


僕はそれを聞いてルージュから目を離し、目の前の襲撃者2名を睨みつける。出会い頭の爆発以降、ラカルとの近接戦でずっと突破できずにいる。


『ひゅ〜!!カッコいい姫様なこって!!』


『さっさと終わらせる。【悪魔召喚デーモンサモン】』


グリムが小振りな黒い杖をフードから取り出すと、3体の異形の怪物が魔法陣から出現する。一体は目玉が3つあるグリフォン、一体は六本腕の炎ゴーレム、一体は漆黒の大蛇。


(一体一体のレベルは70後半っていうところかな…ラカルとかいうやつは、レベル90はありそうな強さだ。グリムに関しては、取り巻きを呼び出すあたり本人の戦闘能力は大して高くないと見ていいでしょ。)


「ルージュ。三体の相手を頼めるかい?」


「任せて。」


ルージュは冷や汗を流して、恐怖しながらも頷いた。


「僕は、あの大男を直に叩く。」


現時点のレベルは76、身体能力は戦士系の強化スキルや身体強化魔法、神剣による補正にルージュのバフを含めて200000にも昇る。それに僕には、とっておきがある。


「みんなの想いは、僕の力になる。」


ユニークスキル【英雄の一撃】。僕に向けられた友情や愛情、期待や希望。その全てを僕の力へと変換するスキル。一撃と名はついているけど、ずっとキープすることでバフスキルとしても使える。


僕が負ければここのみんなは死ぬ。ルージュも守れず、本当に名ばかりの英雄になってしまう。


(なにより、そんなんじゃアルに笑われる。)


僕が何が何でも強くなるという、目的をくれた少年に失望されてしまう。それは、そんなのは絶対に嫌だ。


『殺ろうぜ英雄サマァァァッッ!!!!』


「ハアアアァァァッッ!!!!」


僕とラカル。互いに地を蹴り加速し得物を振り落とす。ラカルの持つ武器はアルとは対照的な真っ黒い大剣であり、それはこうして相対した瞬間には振り落とされている。


「【滅勝聖勇斬グレイモア】ッッッ!!!」


『ぐおっ!?!?』


僕の脳天目掛けて振り落とされる黒大剣は、凄まじい光を放つ。神剣の切り上げと衝突すると一瞬で押し返され、ラカルは大きな隙を晒す。それを見逃すほど僕はお人好しじゃない。


「【破王連攻斬レガーロト】ッッッ!!!」


隙を晒すラカルに叩き込む神剣の三連撃。悪に生きることを許さない斬撃はラカルの右腕を切断し腹部を切り裂き脳天を狙った一撃はかわされるが代わりに左耳を切り落とした。


(いきなり動きが変わっただと!?守るものが生まれた瞬間コイツ、強くなりやがった!?)


「【電雷の氷嵐スパークル】」


『魔法まで使えんのかよッ!?』


大剣を左手に持ち替え後退するラカルに左手を翳し、電気を纏う氷嵐を発動。周囲は凍てつきながらラカルに迫り、ラカルの左足首から先は凍りついた。


「僕は英雄。例え、お飾りだとしてもね。」


神剣を腰だめに構え、姿勢を低く低く下げる。全身からは恐ろしいほどのオーラが滲み出ていて、全身の力全てが足元へと集約されていく。


瞬間、爆発。地面が爆発するほどの踏み込みからなる加速は、ラカルとの距離をコンマ0.0001秒にも満たない時間でかき消し、その剣に手をかける。


「【英雄の一撃ブレイバー】ッッ!!!」


『ぐぁぁぁっっ!?!?…』


神剣に手を掛けた瞬間、全魔力とバネが全て神剣へと注がれる。この魔力の瞬間移動の速度と反射神経の異次元さ、これが僕の最大の武器だ。


そして抜き放つ神剣による横薙ぎ一閃。それはなんの迷いも無くラカルの首を切り落とした。


「ルージュ!!!!!」


ラカルを撃破した僕は、ルージュの方を振り返る。するとそこには、見たくない、否。見てはいけない光景が広がっていた。


「は…?」


ルージュの服は全て剥がれ、左足は食い千切られていて、今も炎ゴーレムの手によって体を弄られている。


僕の体は、ピクリとも動かなくなった。


『あ、ようやく気付いたの?君。でも、遅かったね。【大罪悪魔召喚グレイデーモンサモン】』


その時、人間のような身体に異常なほど白い肌、2枚の黒い翼と怪しいほど容姿を持つ悪魔が召喚された。その威容は、ラカルなんかとは比べ物にならないものだ。


だが、そんなのはもう目に入らなかった。僕の頭にそんなのを気にするスペースなど、残っていない。


『傲慢の悪魔ルシファー。あの女を好き勝手されて動かなくなった男を殺せ。』


『偉そうに命令すんなマスター、あの方の命令で一時的にお前に従ってるだけだ。』


グリムの視線が、あの全てを舐め腐っているような、僕を憐れむような視線を見てしまった時。


◆◆◆


ユニークスキル【憤怒】を獲得しました


◆◆◆
















「殺す」


僕の中で、ナニカが切れた。






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