第10話 混乱の渦


「アレンです、よろしくお願いします。」


そうして下げられる頭、礼儀作法など何も無い平民の挨拶だが、それに声を上げる貴族を誰もいなかった。皇女殿下の圧もあったが、なによりアレンの発するオーラに気付けないほどこの場にいる全員、馬鹿ではないのだ。


(ここまでは原作通り、俺がストーリーに介入していないから当然だな。)


「それでは、挨拶はこれで終わりとなります。引き続き、パーティーをお楽しみください。」


そうして、ルージュがアレンの頬に口づけをすると周囲から歓声が上がる。すると部屋内の明かりがつき、パーティーは再開された。


「ねぇねぇアル、皇女サマって結構大胆な人なんだね?」


「それが彼女の魅力さ、恋愛においても政治においても、攻めるべきは時に攻め、守るべき時に守れる嗅覚がある。」


それに、原作でも彼女の攻略は簡単ではなかった。平民にも優しく差別などしない彼女だが、見た目に反してかなりのツンデレであり、恋愛経験はゼロ。アレンも恋愛経験ゼロのため、こうして婚約するまでに中々の旅路を辿る。まぁだからこその絆と愛の深さなのだろう。


(まだ主人公には触れたくないな。俺が介入して二人のストーリーが変わるのは原作ファンとしてなんか嫌だ。)


俺がそんな事を考えて、ルージュとアレンから距離を取ろうとする。だがその時、俺の三キロから五キロにまで広げた魔力感知に、とてつもなく莫大な反応があった。


「兄様!!!!」


「分かっているッ!!」


その時、兄様はすぐさま双剣を引き抜き臨戦態勢。次の瞬間、パーティー会場の西側の壁が、思い切り粉砕され爆音を鳴らす。


「きゃぁぁぁ!!??」


「何ごとだ!?」


「警備兵はなにをしている!?」


会場はすぐさま混乱の渦に陥り、戦闘経験のない貴族たちが慌てふためいている。俺はアレンへと視線を向けるが、アレンはすぐさまルージュの前に立ち、騎士のような姿勢を見せている。


(そうだ、それでいい。)


俺は粉砕された壁の方に視線を戻す。冷や汗が顎下を滴るが、そんなの気にしている場合じゃない。


「こんなイベント、知らないんだがな…」


原作じゃ、こんな襲撃イベントは起きない。十中八九俺が転生して、いろいろな方向に波が立ちそれが収束してしまった結果だろう。


『お、結構集まってるじゃん。』


『女がたくさんだなァ!!犯しがいのありそうな女がよぉ!!』


破壊された壁から侵入してきたのは、小柄な緑髪の女性と巨体の男。両者の頬には特徴的な黒い紋様があり、被っている黒フードの背中に、女の方は【蜂】、男には【蜈蚣】の文字が書かれていた。


(おいおいマジかよふざけんなよ?)


黒い紋様に、文字が書かれたフード。そして蜂と蜈蚣。この特徴が当てはまるのは、黄昏のアルカナにおいても最悪の犯罪集団【蟲】の構成員だ。


そして蜂の討伐推奨レベルは『80』、蜈蚣の討伐推奨レベルは『85』である。


『そんじゃ、虐殺開始だァ!!!』


「させねぇよ」


大男のほうが背中から戦斧を引き抜き、近くの貴族に襲いかかろうとした時、兄様の全身から雷が走り加速。貴族と蜈蚣の間に入り双剣にて戦斧を防ぐ。


『じゃ、私はこっち。』


そう言った蜂は亜空間から5本の赤いクナイのようなものを取り出し、会場の至る所に投げる。するとそれは瞬きする間に大爆発を引き起こした。


『へぇ、やるじゃんか。』


「そりゃどうもですわ…!」


だが、この場にいる全員を覆う結界を姉様が展開しなんとか被害を抑える。だが、最大戦力の兄様があちらに掛かり切りだ。他の実力者たちも自分の主を守るのに手一杯で蜂を倒す余裕などない。


『まぁ、さっさと目的を果たすか。』


そう呟いた蜂の姿がぶれた瞬間、俺は嫌な予感がして体が動いていた。


0.1秒、身体強化魔法と魔傑の荒剣を発動しアレンとルージュのすぐ前へ駆ける。


0.2秒、地水火風4属性を組み合わせた魔法により堅固な虹色の壁を前方に形成。そして白大剣を大上段に構える。


『ひょいっと。』


「【天誅撃】ッッ!!!!」


蜂が水色のクナイをアレンたちに向けて投げる。それは俺の形成した虹色の壁を容易く貫通し、帝国剣技の技として振り落とした白大剣と凄まじい鍔迫り合いを繰り広げ、なんとか撃ち落とす。


(今のレベルは56…どうあがいてもレベル差がありすぎる、身体能力も最大限強化しても20000前後。アイツのクナイはそんなんじゃ止められない。)


「お、お前…」


「アルフレッドだ、隠れていろ。」


アレンが悔しがるような、悲しむような、そんな顔をして俺を見上げたが、俺はそれを一瞥だけして再度蜂へと振り返る。そこには、相変わらず無表情で両手に先程の水色クナイを握る蜂の姿があった。


『へぇ、君。面白いね?その年齢、そのレベルで私のクナイを落としたんだ。』


「そりゃどうも、出来るなら引いてくれると助かるんだけど?」


『それは出来ないな〜、だって、私の目的は皇女様だもん。』


「ッッ!!??」


後ろのアレンは酷く驚いていたが、俺はやっぱりなと思っていた。この蟲という組織は、神からの寵愛を受ける皇族の命を欲している。原作でも、ルージュが15歳の時だが襲いかかってくるのだ。


だが今回は、あまりにも早すぎる。それに蟲のNo.4とNo.5を差し向けてくるとか、殺意が高すぎるだろ。


(さて、どう時間を稼ぐかな…)


「【六属性混合槍撃アビリティオクタコア】」


俺の周囲に300の魔法陣が展開され、そこから一斉に地水火風雷氷が混ざった六属性槍が放たれる。速度は時速にして300キロ以上で、一発でも当たれば木っ端微塵になる威力。


だが、蜂は表情一つ変えることなく両手のクナイで全て弾き落とす。これが蜂の特殊能力ではなく、素の実力なのだからタチが悪い。


「精々足掻かせてもらうよッ!!」


俺は上級空間魔法、空間把握によって蜂の動き一つ一つを脳裏に刻み込む。そして魔眼も最大起動させ奴を視る。この二重学習によって蜂の動きを完全に読み切る。さらに、両手で白大剣を握り込み、未だ槍の連続投擲は止めない。


『攻撃されてばっかもつまんないね。』


呟いた蜂は、目にも止まらぬスピードで両手のクナイを投擲してくる。だがそれは、さっき見た。俺は完璧に対応し、白大剣で撃ち落とす。


「行くぞッッ!!!!」


炎風により加速、重力魔法で重力を軽くし風魔法で空気抵抗を減らし突撃。途中で蜂のクナイが何度も飛んできたが、全て回避。後ろの被害は姉様が守ってくれる。


「ハハハハ!!!!どうした蜂!!こんなガキに自慢のクナイが見破られてんぞォ!!」


『まだまだ序盤だよ?楽しまなくちゃね。』


全てのクナイを回避し、蜂に向けて白大剣を叩きつける。だが、蜂特有のとてつもないスピードによる回避は容易に当てさせてはくれない。


そして、蜂と戦う上での最低条件は奴のクナイに肉体を貫かれてはならないという点だ。なぜなら、奴のクナイには猛毒があり、掠っただけで数分で死に至る。


「だがッッ!!それも読んでるんだよッ!!」


『お?』


白大剣を後方に回避した蜂は、地面から発生する雷の網に捕まり全身を少し感電させる。さらに重力魔法により地面に縫い付け、ほんの一瞬だが拘束する。


「喰らえやァッ!!!!」


俺は跳躍し大上段に白大剣を構える。白大剣には空間を斬る空間断撃破ディメンションオーバーを付与し、地面に縫い付けられる蜂に叩きつけた。





 ∇∇∇    アレンside   ∇∇∇





始めは、不思議な少女だと思っていた。


豪華な服に身を包んでいながらも、顔を隠し城下町にぽつんと浮いていた彼女は、誰が見てもお貴族様だと分かる様子だった。


僕だってただの平民、手を出したらろくなことにならないのはわかっていたし、見て見ぬふりをしようと思った。だが、彼女は僕の手を掴んでこう言った。


「美味しいスイーツの店を教えて」


僕は思わず笑ってしまった。平民である僕に、スイーツを食べるお金などない。だから知っているわけがないのに、と。すると彼女はなんで笑うんですか!と怒った雰囲気で、僕の肩を叩いた。


その日は結局、一緒に商店街を探し回り、スイーツのお店を見つけることができた。僕はそれじゃあと言って帰ろうとしたが、彼女はせっかくなら食べてくださいと言い、僕の何ヶ月分もの給料を支払って、僕の分までスイーツを頼んでくれた。


出会ってから解散するまで、全てが不思議な少女だった。平民である自分を気にかけ、スイーツを奢り、最後には赤い宝石のネックレスまでくれた。僕はそれを、家族に言う気にはならなかった。


「アレン、あなたは英雄の素質があります。」


そんな事を言われたのは、その翌日だった。再び城下町へと降りてきた彼女は、自分は第一皇女ルージュ=バスターだと名乗り、僕に英雄になるよう言ってきた。


最初はなにかの冗談だと思って、僕は言われるがままに従った。そして連れられてきた帝城にて魔法の適性検査と魔力量の検査をした時に、僕は知ってしまった。 


「全魔法適性に、魔力量52000!?」


検査をしてくれた魔法使いの人はその場で倒れてしまった。僕の結果は、前代未聞のとてつもない結果らしく、過去にこれほどの結果を出したのはとある貴族の次男だけだと言う。


そして次に行った剣術では、帝国で一番強い剣士だという大将軍さんと打ち合い稽古をして、一発だけ入れた。その時点で僕は、剣士の最高峰としての力を持っていた。


それから僕は、ルージュと過ごした。彼女は底抜けに明るくて、責任感が強くて、皇女としても一人の女の子としても、とても良い子だった。いつしか僕は、彼女のために剣を振るいたいと思うようになった。


「ルージュ、僕は君のために剣を振るいたい。僕と、婚約してくれないかい?」


出会ってから半年もすれば、そんな言葉が僕の口からは出た。返事はオッケーであり、僕とルージュは身分差がありながらも婚約した。周りは反対していたけど、ルージュに手を出す人がいれば僕は容赦しない。


そんな覚悟で、僕はルージュの誕生日パーティーで婚約を発表した。周りに反対する人は誰もおらず、皆が祝福してくれた。僕はそれがたまらなく幸せで、これからの未来を考えるとニヤケが止まらなかった。


『女がいるぞォ!!!』


だが、そんな幸せは一瞬で壊された。突如として侵入してきた犯罪者2名、僕は強くなった。強くなったからこそ、あの二人の強さが理解できて、絶望してしまった。ここで、死んでしまうのだと。


だが、立ち上がった者がいた。妖艶な容姿で貴族たちを守る結界を張った女貴族に、誰よりも早く大男に襲い掛かった男貴族。


そして、ルージュに向けて放たれたクナイを防いだ自分と同じくらいの歳の子供。僕は、ルージュを守るために動けなかったのに、彼は動いてみせた。僕はそれに、とても腹が立った。


(そこにいるべきは、僕だろッ…!!)


僕は、僕を許せなかった。自分と同い年くらいの子供が今もこうして命の危機を晒し、僕達を守るために動いているのに、僕はこうして立ち尽くしているだけ。こんなのが英雄など、鼻で笑ってしまう。


「喰らえやァッ!!!!!」


彼は僕達を守りながら、あの女のクナイを全て回避し自身の得物を叩きつけた。彼の剣技は僕から見ても洗練されていて、そしてあの異常なまでの数と質の魔法は理解できないほどの強さだ。


ルージュは、僕の足元で震えていた。その瞳は絶望に塗れながらも、彼の背中を追いかけていた。


ルージュだけじゃない、後ろで恐怖している貴族たちも彼を見ている。彼を一縷の希望として見て、望みを託している。


『あいたたた、久しぶりに、傷ができちゃったな…』


だが、直撃を喰らった女は全身から出血し、体をフラフラさせながらも立ち上がった。その瞳は先程までのものではなく、明確な殺意を持った瞳になっていた。


そして彼は、未だ戦意に燃えていた。この場で女を倒し、それこそ本物の英雄になろうとしていた。僕はそれを見て、考える間もなく剣を握っていた。


あの場にいるべきは、誰だ?


――――――僕だ。


みんなを守るべきは、誰だ?


――――――僕だ。


ルージュを守るべきなのは、誰だ?














――――――僕だッ!!!!


なら立て、立ち上がれ、剣を握れ!!そうすることでしか、僕は存在価値を証明などできないのだから!!


「あ、アレン…?」


「ごめんルージュ、行ってくる。」


僕の足に縋るルージュを優しく解き、今も首に掛けている赤い宝石のネックレスを握る。そして僕が結界を張っている女貴族に一瞥すると、結界に穴が空いた、僕はそこから結界の外に出る。


『それじゃ、バイバイ。』


女は紫色のクナイを取り出し、先程までとは違う声音で告げる。それが彼に向けて放たれるが、彼はそれに反応できていない。僕は、アレを食らったら不味いというのを本能で理解していた。


「ハァァァァッッ!!!!」


「ッ!?!?お前は!?」


過去最高の踏みこみで彼の前へと立ち、紫クナイを斬り落とす。僕の剣は、ルージュから譲り受けた神剣だ。クナイ程度、容易く斬り伏せられる。


「ごめん、遅れたけど、僕も参戦するよ。」


ここからは、英雄の舞台だ。

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