第17話 平気なふりは人生で割と重要なスキル

 センパイに説教じみたことを言ってしまい、しかも勢いで働くとか言ってしまった。

 あの家を出ていく為には収入と住まいを得ないといけないのだから、必然なのだけど。

 しかし、中卒、職歴なし、能力なしの私を雇ってくれる所などどこにあるというのか。選ばなければどこでもあるとは思うけど。それこそ本当に身体を売ったり……とか?選べる立場にないけどそれだけは無理すぎる。

 センパイの家に住むとは言っても、細川先輩のお金で維持されてるものだし、恐らくセンパイの卒業までというタイムリミットもあるのだから、経済的自立は目下の課題だ。

 とにもかくにも、日銭を稼がないとセンパイに迷惑をかけてしまう。とりあえず、バイトを探そう。

 あと、働き始める前にやっておきたいことがある。何をやりたいかは後のお楽しみ。

 センパイは大学が冬休みに入ったのに、バイトが忙しくなり、体調を理由にシフトを短くしていたのが、総労働時間は前に戻って朝から入るようになっていた。その分、帰るのは夕方になった。

 ということで夕方、いつもの場所で待っている。

 30分くらい待っていると、センパイがやってきた。

「お疲れ様です、センパイ」

「ん、お疲れ。ん? アンタ疲れてんの?」

 なんかまた「アンタ」呼びをされてるけど、初対面の時のような距離は感じない言い方だった。距離は縮まったんだなあとしみじみ。

「私だって、生きるので精一杯なんですけど?」

 タバコに火をつけながら生きててえらいアピールをする。

「はいはい」

「もー、働かない引き籠もりの子供に「働かないで食べる飯は美味いか?」みたいな嫌味やめてくたさいよ。来年から本気出しますから。本気と書いてマジですよ」

「マジ出すってなにさ」

 私がよくわからないことを言うと、センパイは笑ってくれた。

「というか、家賃も光熱費も払う先がないのになんでシフト増やしてるんですか? 別に断れたのでは?」

「耳揃えて京子に突きつけてやらないとって思ってさ。貰いっぱなしは主義じゃないから」

 うーん、馬鹿正直なんですからこの人は。そう言う所も好きなんですけど。

「センパイって真面目ですね」

「それに、穀潰しを養わないといけないからね」

「あはは」

「アンタよ、アンタ」

「あはは……」

「何笑ってんのよ」

 センパイに言い負かされてしまった。くやしい。

「そ、そんなことはおいといて、クリスマスパーティーでもしませんか? 一日遅れてますけど」

「いいね。チキンとかケーキとか投げ売りされてそうだし」

「とりあえず、スーパーに行きましょうか」

「オッケー」

 そう言って二人揃って吸殻を片付け、公園を後にする。

 今時、コンビニでもチキンやケーキが売っているのだから、公園からすぐのコンビニに入ればいいのに、少し歩いた距離にあるスーパーを提案したのは、少しでも長く隣を歩きたかったからかもしれない。割引されているかはわからないけど。

「一ノ瀬、寒くないの?」

「寒いですよ。そりゃ」

 昨日の勢いのままセンパイの家に居候しているので、ろくに防寒具を持ってきていない。着ているのは部屋着のスウェットのみだ。その内他所行きの服と一緒に持ってこよう。

「手袋か、マフラー、どっちか使う?」

「いいんですか? じゃあマフラー一緒に巻きましょう」

「もういい」

「フられちゃいました」

「はい、一人で巻いて」

「あ、ありがとうございます」

 色々スルーされたものの、マフラーを押し付けられた。巻いてくれればいいのに、と思いつつ自分で巻いてみると、センパイの匂いがした。

「……なんか変な事考えてる?」

「変なこととは?」

 極めて平静を保ったフリをしつつ、質問に質問で返す。

「……」

 センパイが自爆した。かわいい。

 そのままセンパイが黙ってしまったので、無言でスーパーへと向かった。



 予想通りクリスマスまでに売れ残ったものが投げ売りされていたので、無宗教にも関わらず聖人に感謝をしつつ、オードブルやケーキなどなどを購入して帰宅した。

 センパイは「なんか気分だから」ってお酒も買っていた。

 私は別に飲みたくなかったので、買わなかった。未成年だから当たり前だというツッコミは今更だ。

 センパイは、私が未成年だということを忘れてるかもしれない。タバコを買ってきてくれるし。私はセンパイのヒモなのでは……?それはそれで幸せだけど。

 センパイは買ってきた料理をいそいそと並べている。私は飲み物の準備。センパイの缶ビールや缶チューハイを並べ、自分はお茶を注いで仕事が終わったので、センパイを眺めている。

「見てないで手伝いなよ」

「もう大体終わったじゃないですか」

「まあ、それはそう」

「じゃあ、カンパイ?」

「はい、カンパイ」

 お茶を一口飲み、テーブルに並べてあるものを適当に摘んでいく。誰かとクリスマスを過ごすなんて、いつぶりだろうか。一日遅れてるけど。

「細川先輩とどのくらい顔合わせてないんですか?」

「あのね、そんなこといきなり聞かないでよ。もう三ヶ月くらいかな」

「あはは。大学で会わないんですか?」

「いや、京子は大学違うから」

「そうだったんですか?」

 初耳だった。てっきり同じ大学だと思っていた。毎日大学と家でイチャイチャしてるんだと思ってた。

「うん。京子は国立だし、私の頭じゃ行けなかったよ」

「へー、やっぱり頭いいんですね、あの人」

「そりゃね」

 何故かセンパイがドヤ顔をしている。

「学費どうしてるんですか?」

「学費免除されてるから、問題なし」

「センパイも意外に優秀なんですね」

「バカにしてる?」

「あはは。で、卒業できそうですか?」

「多分……後期の単位がヤバいかもだけど」

「がんばれがんばれ、センパイ」

「うるさいよ。一ノ瀬はこれからどうすんの?」

「ひとまず、バイトでも探そうかと。その前に、究極完全態無職のうちに一つやりたいことがあるので、少し辛抱してくださいね」

「ふーん。いつぐらいから探すの?」

「うーん……やりたいことがすぐ終わればですけど」

「その、やりたいことって何なの?」

「秘密ですけど、期間はわかりません。ただ、終わるときはあっさりだと思いますので」

「はいはい……私の堪忍袋の尾が切れるまでに見つけることだね」

 センパイが少し怖い顔をした。

「頑張ります。いろいろと」

「まあ、その、頑張れ」

「頑張りますってばー」

「ならいいけど。まだ食べる?」

「もうお腹いっぱいです」

「そ、じゃあまた明日食べようか」

 少しだけ料理が残ってしまった。もう一人いればちょうど良かったのかもしれないと、ほんの少し思ったけど、あえて口に出さなかった。

「でも、ケーキは別腹なんですよねえ」

「そういうことだ」

 お腹いっぱいと言ったその口で即こういうことを言いながら、売れ残りのケーキを食べる。我ながら現金な体だ。

「センパイってお酒強いですよね。全然変わってませんし」

「あんまり自覚なかったけど、そうかも」

 そこそこ飲んでいるはずなのに、顔色も変わらず、話し方も普段通りだ。

「ちょっと飲んでみてもいいですか?」

「ダメでしょ」

「ぶー。喫煙してるんですし、それくらい許してくださいよ」

「もっと寿命縮めてどうするの」

「いやー、別にそんな長生きしたくもないですし?」

「でも急性アルコール中毒とかあるでしょ。今、目の前でそんなのなられたら……迷惑だし」

「んー、それもそうですね。センパイに迷惑かけたくないですし、やめときます」

「ご理解どうも。さて、今日はもうお開きね」

「ですねー。片付けておきますよ」

「じゃ、先にお風呂行くね」

「どうぞー」

 お風呂へ行くセンパイを見送り、宴の後片付けをする。

 ただ好きな人と飲み食いしただけなのに、とても楽しかった。

 想い人というのは、人の生きる糧になるということがよく分かる。それがまた、生きているのも辛いことになるかもしれないけど。

 センパイと細川先輩は、幼少期からの付き合いらしいし、最早切っても切れない関係なのだろう。

 センパイの世界から細川先輩が消えようとしているのは、世界滅亡レベルの危機と言える。逆もまた然りだとは思うけど、細川先輩は今、どういう気分なのだろうか。

 一方、私の世界からセンパイが消えても、また元の何もなかった時に戻るだけだと思う。

 それに、センパイの世界から私が消えても、そこまで影響はないはずだ。だって、二ヶ月以上も会ってくれなかったし。長い年月をかけて熟成された関係に敵うわけがない。

 それでも、私はセンパイのために何かをしたいと思う。センパイのために何かをして、有象無象より少しはマシだと思われるようになるなら、それでいい。いい、はず……だ。

「お風呂上がったよ。片付けありがと」

「いえいえ、じゃあ私もお風呂いただきますね」

「私はもう寝るから。お風呂は掃除しておいてね。おやすみ、一ノ瀬」

「りょーかいです。おやすみなさい、センパイ」

 相変わらず、お風呂上がりのセンパイは色っぽいなと思いつつ、お風呂に入って、そのまま寝床についた。



 あれから二週間ほど経った。

 大晦日もセンパイと過ごして、初詣にも行った。

 センパイだから、初詣は初めてだろうと思ったけど、細川先輩と行ったことがあるとか言ってた。くそう。

 でも、年越し蕎麦は食べたことがなかったらしく、その初めては奪えた。勝負はギリギリ引き分けと言ったところか。

 寒さがどんどん増してきて、今外にいるのはかなりしんどい。だが、目的のために喫煙所で突っ立ってタバコを吸っている。

 このままだと一箱吸い尽くしてしまいそうだ。早く見つかってくれないと、毎日一箱吸うことになって出費がかさむし、肺癌一直線な気がする。

 吸わないで待っていればいいと思うかもしれないけど、何もすることがないと吸うしかない。仕方ない。

 などと自問自答していると、目標を発見できた。意外と早かったなと安堵しつつ、その目標に声をかける。



「お久しぶりです。細川先輩」




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