第15話 深い闇に飲まれないように

 センパイから突然『当分会えない』と送られてきて、もう二ヶ月が経った。

 木は葉を落とし、空気は乾燥して冷えている。

 駅前は七色の電飾で飾られていて、大半の日本人には関係ないはずの聖人の誕生日を祝う準備が進んでいるようだ。

 私は相変わらずやることもなく、あてもなく街を彷徨っている。

 公園でもセンパイの家でも、センパイに会えないなら、街中を彷徨っていればどこかで出くわすんじゃないかと思っての行動だ。これは私にしかできないだろう。ニートだし。

 自分から会えないか聞けばいいと思うかもしれないけど、そんなことはとっくにやってる。

 センパイから『会えない』と送られてきてから、一ヶ月は毎日欠かさず『会えませんか?』とか『最近どうですか?』とか聞いていた。でも、一つも既読がつかなかった。

 それならと、電話をかけてももちろん繋がらない。無慈悲な「電波の届かないところにいるか、電源が入っていないため〜」というアナウンスを何十回聞いたことか。

 そして次にやることは、家に突撃。しかし、インターホンを鳴らしてもセンパイどころか、細川先輩も出てこない。何十回も鳴らしたらオートロックのマンションでは絶対通報されるから、2〜3回で諦めて帰る。

 ついでにマンションのポストも見てるけど、いつも何も入ってなかった。センパイか細川先輩のどちらかが回収してるんだろうし、やっぱりどちらかはいるはずだった。

 センパイが大学に行く時間をなんとなく聞いていたから、その時間帯に張り込んでも現れなかった。というか、これ私ストーカーじゃない? 通報されたら終わりでは……? 閑話休題。

 完全に繋がりを断ち切られたようで、私もそれなりにダメージを負い、その後の一ヶ月は引きこもっていた。まあ、高校を辞めた直後からセンパイに会うまでの生活に戻っただけだから、ある意味平常運転だけど。

 そろそろダメージも癒えた頃だということで、当てもなくセンパイを探しているというわけだ。

 もう年末で、普通に寒くて外を出歩くのがキツい。

 駅前なんか、くっついて歩いてるカップルだらけ。視界に入らないでほしい。

 今日もセンパイを見つけられなかった。このまま見つけられないで死ぬのでは。

 これじゃわたし、おばあちゃんになっちゃいますよ? なんて。

 いつもの公園でタバコを吸って帰ろう。



 相変わらず、いつ来ても誰もいない公園だ。

 センパイが来なくなったから、公園の利用者は私一人に戻った。寂しい。

 タバコの箱を開けると、もう数本しか残っていない。

 センパイに会ってからはタバコの補給に困らなかったのに、来てくれなくなったから、このままだと前のように自分で補給しなきゃならない。

 いっそやめてしまおうか。やめられるだろうか?

 実際、引きこもってた一ヶ月はタバコをやめてたわけだし、別に吸わなくても生きていける気がしてきた。単に精神的ダメージが大きかっただけかもしれないけど。

 この箱の分がなくなったら、試しにやめてみよう。

 そう思いつつ、残り少ない本数を味わう。

 やっぱり、私とセンパイの関係も、この煙のように吹けば消えてしまうものだったのだろうか。

 まだ、生搾りオレンジジュースも飲んでないし、遊園地にも水族館にも動物園にも行ってないし、あの日のやり直しもちゃんとしてないのに。

「はあ……」

 ため息と煙を同時に吐いた。

 センパイと再会してからは、本当に楽しかった。

 この公園で短い時間雑談してるだけだったけど、これから、それ以上のこともしていきたかったのに。どうして?

 切れかかってチカチカしている公園の電灯のように、私の心も切れて、漆黒に包まれて消えてしまいそうだ。

 帰ろう。早くしないと、あの男が帰る時間と重なって面倒なことになる。

 足早に、誰もいない公園を後にした。



 成果が得られないと分かりきっていることを毎日繰り返すのが、これほど苦痛だとは。

 もう半月ほどセンパイを探しているけど、何の成果も得られていない。砂漠で落とした指輪を探しているような気分だ。センパイレーダーでもあればいいのに。

 センパイの行きそうな場所なんて、あの公園とあのコンビニ以外どこも分からない。

 どこの大学に通ってるのか、どこでバイトしてるのかなんて教えてくれなかったし。聞いてないのもあるけど。

 行く場所が分かっていれば、そこに行くのに使う公共交通機関を調べたり……って、やっぱりこれストーカーでは? いやいや、私はセンパイに一目会って文句を言いたいだけだ。やましい気持ちはない。

 何の手がかりもないから、こうしてまた当てもなく近場をウロウロしている。

 今月だけで何歩歩いてるんだろう。万歩計でも買ってみようかな。お金ないけど。

 毎日こうも歩いていると、ただでさえスマートな私がさらに細くなってしまう。骨と皮だけになりそう。

 もう、諦めてしまおうか。体もそうだけど、日々精神が擦り減っている。探す負担よりも、センパイに会えない日々が私を摩耗させる。

 いっそ、忘れてしまったほうが楽になれるかもしれない……できるか!

 絶対に文句の百個でも言ってやらないと気がすまない。絶対に見つけてやる。まあ、手がかりがないんですけど。

 ムカついたので、反応はないけどセンパイに呪詛をぶつけておこう。『甲斐性なし』『へたれ』『アホ』と。甲斐性なしなのは私もだけど。

 もうタバコもなくなったけど、公園に向かった。もしかしたらセンパイがいるかもしれないと思って来てるけど、言うまでもなくあれからセンパイがいたことはない。

 ずっと切れかかっていた電灯がついに切れて、夜になるとベンチ周りが真っ暗だった。こういうのは役所とかに連絡したほうがいいのだろうか。まあ、いいか。

 真っ暗でもベンチの場所はなんとなく分かるから、雰囲気で腰を下ろしてみると、硬い木の感触が伝わった。

 センパイがいないと、ベンチがやけに広く感じる。それに、寒い。

 タバコはもうないけど、ライターは持っているから暖と灯りにならないかと思って、火をつけてみる。

 ……焼け石に水だ。もう、帰ろう。

 ベンチに手を置いて立ち上がろうとしたとき、何かが手に当たるのを感じた。

 なんだろう、箱? 大きさ的にタバコの箱だ。中身も入っていて、フィルムが張られたままの未開封品だ。

 消したライターをもう一度つけて、銘柄を確認すると、私がいつも吸っている銘柄だった。

 ……なんなんだ、あの人は。この公園にはいつも誰もいないし、普通落ちているタバコなんて恐くて吸えないだろうけど、私が見つけるまでに誰かに取られたりしないかとは思わないのだろうか。

 せっかくタバコをやめられたと思ったのに、こんなことされたらまた吸ってしまう。ニコチン中毒とセンパイ中毒は、まだまだ治らないらしい。いい病院を教えてほしい。

 フィルムを剥がして、タバコを一本取り出し、火をつける。たかだか数日ぶりなのに、クラっと来た。

「センパイのバーカ」

 煙と一緒に吐き出した音が、暗闇に溶けて消えていった。

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