第11話 話がしたいよ

 ふと目が覚め、考える。

 京子は一体何を考えているのか。

 こんなに長く一緒にいるのに、京子の考えはよくわからない。

 あれだけ言ったのに、まだ私に呪いを刻んでくる。

 どうせいなくなるのに、でも今は傍にいる。

 このまま京子と卒業まで過ごすべきなのか、それとも新しい道を探すべきなのか。

 ますますわからなくなってきた。

 今、一番楽なのはこのまま京子と過ごすことだ。こうして一緒にいると私も嬉しい。

 でも、この関係が終わったら、私は生きていけるのか。

 何度も自問自答するが、答えは明白だ。生きていけるはずがない。

 だから、京子以外に心の拠り所を見つけさえすればいいと思うが、そんな存在が都合よくできるはずもない。

 いろいろ考えたが、今は諦めて再び寝ることにした。



 再び目が覚めて時間を確認すると昼前で、京子はすでに出かけていた。

 携帯を見ると、メッセージが2件届いていて、京子と一ノ瀬からだった。

 京子からは「ゆうべはおたのしみでしたね」などと送られてきていた。

 何がおたのしみだったのか。よくわからないので、困惑したスタンプを送っておいた。

 一ノ瀬からは「そのうちどこかに遊びに行きませんか?」と誘いのメッセージがあった。

 えっ……?何……?

 一ノ瀬と公園以外で会って、遊ぶ?

 夜中に公園で一緒にタバコを吸うだけの関係なのに、私と遊びに行きたいのか。

 京子もそうだが、一ノ瀬も何を考えているのか全く読めない。

 一ノ瀬のことは……好きでも嫌いでもないけど……あの公園で短い時間を過ごすのは悪くないと思っている。

 でも、せいぜい1時間ほどしか一緒にいたことがない。

 この関係を友人と言っていいのだろうか?

 思い返してみると、京子以外でそんなに時間を過ごしたのは、親を除けば一ノ瀬くらいかもしれない。

 京子以外に友人……そもそも、京子は友人なのか?

 閑話休題。友人らしい友人がいなかった私には、その基準がわからない。

 京子から「普通」を教わっていなかったからだ。

「普通」の人は、どうやって友人を作り、友人とは何をして遊ぶのか?

 京子以外との関わりを避けてきた私にはわかるはずもなかった。

 一ノ瀬の誘いへの返事に困り、今日会う時までに考えればいいかと思い、既読無視をした。

 こうして日常に一ノ瀬が加わり、一ノ瀬のことを考えるようになったことに、もう違和感はなくなっていた。



 結局、講義中もバイト中も、あれこれ考えたものの答えは出なかった。

 遊ぶと言ってもどこで、何をするのか。何時までなのか。予算は。服装は。目的は。そもそもこれは遊ぶ遊ばないの先の話ではないか。

 ただ知人と遊ぶだけなのに、難しく考えてしまい、どうすべきかがわからなかった。

 我ながら、社会性というものが備わっていない。

 これは教わらずに、生きる中で自分で身に着けるべきものだろう。

 一ノ瀬と関わることで、少しは身につけられるかもしれない。そのために利用しようとは思わないけど。

 そんなことを考えているうちに、いつもの公園にたどり着くと、すでに一ノ瀬がいて、煙を吐き出していた。

 一ノ瀬の体に一度取り込まれた煙が空気に溶け込むのを見て、私もあの煙のようになっている気がした。

「こんばんは、センパイ」

 笑顔で手を振ってくる。

「……っす」

「なんて?」

「こ、こんばんは……」

「なんでそんな他人行儀なんですか?」

「他人でしょ……」

「えっ、私たちってまだ友達未満、恋人未満だったんですか?」

「……」

 一ノ瀬は私を友人だと思っているのか?

 それにしても、友達未満恋人未満って何だ……それはもはや赤の他人だろう。

 友人になるには、過ごした時間の長さは関係ないのだろうか?

「友達ってどういうものなのか、よくわからないから」

「細川先輩は友達じゃないんですか?」

「京子は……よくわからない」

「付き合ってもいないんですよね?じゃあ、友達って関係だと思いますけど」

「そういう……ものかな」

 京子とは付き合ってもいないし、姉妹でもない。ましてや、親でもない。だから、京子を形容する言葉として「友人」や「友達」が最も適しているのかもしれない。

 でも、私は京子をその一括りにしたくなかった。

「センパイと細川先輩の関係は置いといて、私たちは友達でいいと思うんですけど」

「……私、そういうのがよくわからないから」

「細川先輩以外に友達いなかったんですか?」

「まあ……うん」

「私も今まで友達いませんでしたよ。なので、先輩が私の初めての友達ってことになりますよね、これが」

 なにが「これが」なんだ。一ノ瀬はもう完全に私と友人になったつもりでいる。

 それにしても、一ノ瀬には本当に友人がいなかったのか。

「嬉しいでしょう?私の初めてを奪えて」

「全然」

「そんなあ……」

「全然悲しそうじゃないけど」

「てへ」

「なんだこいつ……」

 本当に、なんなんだこいつは。

「で、遊びに行くんですか?行かないんですか?既読無視されて悲しいんですけど」

「連絡してくるなって言ったし……」

「遊んでくれないんですか~?」

「……」

 別に断る理由はない。ないけど、なんか癪だ。

「いつになるかわからないけど。一ノ瀬はいつならいいの?」

「私はご覧の通りニートですから、いつでも、何時なんじでもいいですよ」

「……都合ついたら連絡するから」

「ここに来る都合がつかない時だけ連絡するんじゃなかったんですか?」

「もういい」

「冗談ですってば」

「……いつになるかわからないからね」

「二度も言わなくていいですよ?」

「ん……そういえばこれ、タバコ」

 未成年にタバコを渡すのって、バレたら捕まるのでは?と罪の意識がよぎった。吸っているのを見過ごしているし、今更か。

「あ、覚えててくれたんですね。ありがとうございます」

 そう言いながら一ノ瀬は千円札を渡してきた。

「お釣りないけど」

「釣りはいらねえ……なんて」

「何言ってんの?」

「ボケに真顔で返さないでくださいよ。手間賃ということで取っておいてください」

「別に……そんなのいいから。次はちょうどで払ってよ」

「明日も会ってくれるんですね。嬉しいです」

「じゃあ来ないから」

「またそういうこと言う。そう言いつつ来てくれるって知ってますよ、私」

「帰るから」

「というか、今日ここに来て吸ってないですよね。目的が私になっちゃいましたか?嬉しいです」

「あっ……本当だ」

 言われて初めて気づいた。この瞬間に、私はどんな顔をしていただろう。

 本当はタバコなんてどうでもよくて、私は一ノ瀬と話がしたかっただけなのだろうか。否定も肯定も、今はできなかった。

 でも、確実に私の中で何かが崩れ始めている感覚があった。

「センパイのそんな顔、初めて見ました」

「ど、どんな顔してた……?」

「ヒミツです。私だけの。ふふ」

「……帰る」

「はい、また明日。おやすみなさい、センパイ」

 私がここに来た時と同じように、一ノ瀬が笑顔で手を振って別れを告げてくる。

 私もそれに手を振り、結局一本もタバコを吸わないで公園を後にした。

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