第5話 これほど容易く日は昇る
目が覚めると午前4時頃で、まだ日が昇っていなかった。
起きてすぐ身支度を済ませ、ネカフェを後にした。
足早に家に帰ると、京子がすでに起きていた。
「おかえり、美鈴。はや…いや、遅い?」
「ただいま。」
京子の軽口を無視して挨拶だけを返す。
「朝ご飯、食べる?」
「食べる。」
「りょーかい。そういえば、今日はずっと家にいる?」
「いるけど…何?」
「私も家にいるから、今日は一日一緒にいられるね。」
「まあ、そうね…」
京子が一日中家にいるのは珍しい。
当の私も一日中家にいることはほとんどないけど。
ほとんど寝るだけのために家を借りている意味なんてあるのだろうか。
京子と住んでいるとは言え、顔を合わせる時間は少ない。
しかし、これ以上増やすこともできない。
ただ、京子と住んでいるという事実が、私の心を安定させる。
「嬉しいでしょ?」
「別に…」
本当は嬉しいけど、素直には言えない。
「またまた~。」
「はいはい…コーヒーいる?」
「ん、お願い。」
京子が朝食を作る間に、コーヒーを準備する。
私も京子も、コーヒーはブラックが好みだ。
自分の心の奥底のように黒いコーヒーをカップに注ぐ。
テーブルにトースト、ベーコン、目玉焼きが並ぶ。
たまに食べる朝食はいつも同じだが、安定感があっていいと思う。
朝はどこでもこんな感じだと思うけど。
私は作ってもらっているから、朝食が和でも洋でも文句は言わないし、どちらでもいい。
細川家は洋のイメージだ。なんとなく。
実際、京子が和食を作るのはあまり見たことがない。
たぶん、なんでも作れるんだろうけど。
「はい、コーヒー。」
「ありがと。何も聞かないままいつもの感じになったけど大丈夫?」
京子が不意にそう聞いてくる。
直前にそんなことを考えてた私の心を読んだのか?
「作ってから言うのは遅くない?別に私は食べられればいいんだけど…」
「まあ、そうだよね。美鈴って全然食にこだわり見せたことがないし。」
私が食にこだわりがないのは、実家でろくなものを食べた覚えがないからだ。
いつもテーブルに500円が置かれているだけだったから、適当に何かを買って食べていた。
それが小学生の後半から高校卒業まで続いた。
結局、自分で稼いでも同じような食生活だから、今更変わらない。
だから、たまに京子が作ってくれるご飯を食べると幸せを感じる。
口に出したことはないけど…言った方がいいかな?
「そんなことないし。京子のご飯は美味しいから…その、好きだよ。」
そんなことを考えていたら、そのまま口に出てしまった。
最近、ネガティブな気分になりすぎて、反動でポジティブになりたかったのかもしれない。
それを聞いた京子は、今まで数回しか見たことないような顔をした。
ネックレスをくれた時のように、世界で一番美しい、太陽のような笑顔を見せた。
そして、ちょうど窓から日の出が見えた。
これほど容易く日は昇るのか、京子が世界の中心なのかと錯覚した。
「ありがと。」
「ん…」
恥ずかしくて何も言えなくなった。
たぶん、今の私はお絵かきソフトの塗りつぶしツールで赤一色で染められたようになっているだろう。
食べる手と心臓の鼓動が、すごく早まった。
「ごちそうさま。」
「ん、お粗末さまでした。」
「食器、洗っとく。」
「ありがと。さて、これから何しよっか?」
「うーん…電車でどこかへ行くのはなあ…」
「んー…じゃあ適当に映画とかドラマでも見てゴロゴロしよっか。」
結局そうなるが、これでいいのかと自問する。
でも、外に出ても別に行きたいところがない。
年頃の女の子二人ならショッピングにでも繰り出すだろうが、生憎私はファッションにこだわりがない。
京子はいつもそつなくキメていて、完璧な女子大生という感じだ。
「そうする」
「オッケー。じゃあ、とりあえずお菓子とかジュースとか買いに行こっか。」
「りょーかい。」
玄関を出て、エレベーターに乗り、マンションの外に出る。
ふと景色を見ると、木々から緑が失われ、赤が増していた。
「なんか、すごく久しぶりじゃない?こうやって京子と外に出かけるの。」
「出かけるって言っても、近所のコンビニじゃん…」
自分でそうなるように選んだはずなのにこう言ってしまう。
「それはそうだけどさー。あ、手つなぐ?」
「なんで?」
「んー…私がつなぎたいから?」
「いや、意味わかんないし。」
「いーじゃーん。つなごうよー。」
有無を言わさず手を取られた。
そして手と手が合わさったと思ったら指が絡んで恋人つなぎになった。
「なんでこんなつなぎ方するの…」
身体が熱くなってきた。鼓動も早くなっている気がする。
手汗が噴き出しそうで焦る。
「だからつなぎたいからだってば。朝だからちょっと寒いしね。」
「あっそ…」
私は恥ずかしくなると、いつもこうやって話を打ち切る気がする。
こういう癖がバレてないといいけど。
恥ずかしくて何も言えなくなって、京子も何も言わなくなったので無言でコンビニまで歩く。
コンビニに入る前に、つないでいた手を離して、それから別々に買いたいものをかごに入れる。
京子は奢るとか言い出したので、断って割り勘にした。
「別にいいのに。」
「よくない。」
できれば京子からもらうものはあのネックレスだけにしたい。
貸し借りも、お金だけでなくすべてにおいてしたくない。
どうせ最後は道が分かれるから、返し忘れた、返してもらえなかったなどと後悔したくない。
「大した値段でもないのにー。」
「そういう問題じゃない。」
「美鈴のケチー。」
「いや、この場合、京子が言うことじゃないでしょ…」
「あっはっは。」
また、同じように手をつないで家に向かう。今度は私から。
さっき手をつないだ時より、京子の手が暖かい気がした。
「なに?自分からつなぎたくなった?」
「うるさい、じゃあいい。」
手を離そうとしたが、強い力で握られた。
冷静に考えると、力でかなう気がしない。
相手はスポーツ万能、趣味は登山ときてるから。
「はっはっは。私の勝ち〜。」
なぜか勝ち誇られた。なんなの。
「なんなの…」
「はいはい、拗ねてないで早く帰ろうね。」
「拗ねてない。」
「はいはい。」
結局手をつないだままマンションについた。
鍵を開けて部屋に入っても、なぜか手を離してくれずつないだままだ。
たまらず私は「ねえ、これ、いつまでつないでるの?」と聞いた。
「うーん、今日一日ずっと?」
本当に意味のわからないことを言い出した。
「トイレにもお風呂にも行けないでしょうが。」
我ながら至極まっとうなツッコミをした。
「いいじゃん、一緒に入ろうよ。」
何を言ってるんだ、このお嬢様は。
「バカじゃないの?」
私は手を離してもらおうと振り回すが、離れない。
「うーん、じゃあトイレとお風呂以外つないでるってことでどう?」
だから、何を言ってるんだ、このお嬢様は。
「なんでそうなるの…」
「だから、つないでたいんだってば。」
真剣な眼差しで言ってくる。
「わかった、わかりました…」
こういう表情の京子は絶対に折れないから、私が折れた。
「やった。」
真剣な顔から、私が好きないつもの笑顔に変わる。
よくわからない一日が幕を開けた。
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