第4話 星が綺麗なことに気付いてるかな

ある日、家族で登山に行くことになった。

お父さんとお母さんは私が生まれる前から登山をしていたらしい。

私が生まれてからは、お母さんが私にかかりきりだったので、

私が成長した今、家族で一緒に行くことにした。

私がまだ小学生なので、標高の低い山を選び、

途中でキャンプをし、日の出までに山頂に登る予定だという。


「ねえねえ美鈴って山登ったことある?」

「何いきなり…ないけど。お父さんもお母さんも山登りなんて話したことないし。」

美鈴の家の話はあまり美鈴から聞いた覚えがない。

自分から話さないということは、話したくないのだろうから

私から聞いたこともない。

正直なことを言うと私も家のことは話したくなかった。

別に美鈴も聞いてきたりはしないけど。

「そっかあ。今度家族で登山に行くことになったんだけど、

 どのくらい時間かかるのかなあって。」

「そんなの高さによるでしょ。」

美鈴はあまり興味なさそうに答える。

「それはそうなんだけどさあ…あとは何持っていけばいいのかなって。」

「そんなの京子のお父さんとお母さんが準備するでしょ。」

「そうだけどさ~…なんか冷たくない?」

「別に…そんなことないし。」

なんだか適当にあしらわれてる気がする。

私と話したくないのかな。

話したくないとか面と向かって言われたらショックで寝込んじゃうかも。

「かまってよ~美鈴~。」

美鈴にまとわりついてみる。

美鈴は結構細い。ちゃんとご飯を食べているのだろうか。

「あーもう鬱陶しい。」

美鈴は私を引き離して嫌そうに言う。

こころなし美鈴の顔が赤い。

「ひっど…泣いちゃうかも。」

見なかったことにしておどけてみる。

実は「鬱陶しい」と言われて割とショックを受けている。

「はいはい…そろそろ授業始まるよ。」

「はーい。」

自分の席に戻って次の授業の準備をする。

そういえば、休みの日とか放課後に美鈴と遊んだことはあまりない気がする。

私は幼稚園の時に美鈴の家にお邪魔したことがあるけど、

それっきりで、私の家に来てもらったことはなかった。

美鈴のことは好きだけど、二人で遊ぶとなると何をしていいのかよくわからない。

今度、家に泊まりに来てもらおうかな。

いつもやってる冒険を一緒にしよう。



登山の日がやってきた。

朝から山を登り、昼過ぎにキャンプ場に着いた。

お父さんが慣れた手つきでテントを張り、

お母さんがバーナーを使って昼ご飯を作っている。

私はその辺をうろちょろしている。

遠くへ行ってはダメと言われているので、お父さんの目が届く範囲で。

とはいえ、めぼしいものはない。木と他の人のテント、山小屋だけだ。

山のキャンプ場だから当然か。

そんなことを考えているうちに昼ご飯ができたので食べた。

昼ご飯を食べたら、夜ご飯を食べるまで何もすることがない。

どうしよう、暇つぶしのものをほとんど持ってこなかった。

持っているのはスマートフォンだけ。

お父さんとお母さんは登山と自分に必要なものだけを用意していた。

その辺を冒険しようとしても、

お父さんはリラックスして椅子に座っているから、ついてきてくれない。

お母さんはテントで本を読んでいるだけだ。

自然に囲まれているのにスマートフォンを触ってるのも風情がない。

「暇だなあ…」

そうつぶやいても誰も遊んでくれない。ここに美鈴がいたらなあ…。

美鈴にかまってとメッセージを送ったが、無視された。

まだ寝ているのか、それとも無視なのか。

寝ているとしたら、寝すぎだけど。

美鈴も構ってくれないし、特にすることもないので、

テントに入って昼寝をすることにした。



目が覚めるとテントの中にお母さんはいなかった。

テントのファスナーを開けて外に出ると、空が真っ赤に染まっていた。

すべてを飲み込むような、終末を思わせる夕焼けだった。

ただ見ているだけで圧倒される。

写真を撮り、美鈴に送ろう。

『この夕焼け、凄くない?』

10分経っても返事がない。嫌われてる?もしかして。

そんなことを考えていると、返信が来た。

『なにこれ、すご』

小学生のような感想が来た。いや、小学生なんだけど。

『ね、すごいでしょ』

『なんか世界が滅びそうな夕焼け』

『私もそれ思った。てか何で昼無視したの?』

『めっちゃ寝てた。あとパソコンが使われてた。』

予想通り寝てたらしい。

美鈴は家では一生寝てるとか言ってた。

家で特にやることがないんだと。

スマートフォンも買ってもらえないから、

今このメッセージのやり取りも家族共用のパソコンでしてるとか言ってた。

『てかどうせそんな話すこともないでしょ。』

『まあそうなんだけどさあ。』

『じゃあ私宿題するから離れるね。』

『りょーかい。夜になったらまたかまってほしいから見てね。』

『気が向いたらね。』

こうして一旦やり取りが終わり、世界との繋がりが解け、また孤立する。

お父さんはお昼と変わらずリラックス。寝てるのかな?

お母さんは夕飯の準備をしている。

美鈴とのやり取りをしているうちに、空の色は赤から紺へと染まり始めていた。

まるで、世界の終末を迎えた後の新生前のようだ。

夕方から夜への移り変わりをじっと見ていると夕飯ができたと、

お母さんが教えてくれた。



夕飯を食べ、片付けを手伝ったら、空は紺のカーテンに覆われ、

砂糖を散らしたように白銀の星が輝いていた。

さらに目を引くのは、この世界の主役を主張するかのように輝く三日月。

私の世界の主役である美鈴と三日月が重なって見える。

わからない何かで胸がいっぱいになった。

美鈴はこんなにも星が綺麗なことに気付いてるかな。

美鈴は今どんな顔をしているかな。

今は美鈴とどれくらい離れてるんだろう。

この景色を共有したいのに、美鈴は隣にいない。

この薄い板で星空を撮影して電波に流せば共有することは可能だ。

でも、それは本当の共有ではないと思う。

一緒にこの山を登って、一緒にこの星空を見たい。

だから、私は夕焼けを撮って美鈴に送ったようにはしなかった。

ここで見た景色をしっかりと記憶にだけ焼き付けた。

いつか、必ず二人でここに来ようと決意した。



日が登り始める前に起きて山頂まで登ったけど、

山頂で見る日の出には、昨日の星空ほど感動はなかった。

山を降りながら、昨日の星空を絶対に忘れない方法を考えた。

そうだ、美鈴に三日月をプレゼントしよう。

それなら、ほぼ毎日見られて記憶にも残るだろう。

そう考えたら一刻も早く山を降りて行動に移さなきゃいけない。

どんなものにしようか。どうやって渡そうか。

そういえば、結局夜に美鈴に何もメッセージを送らなかった。待たせたかな。

色々考えているうちに、私の初めての登山が終わった。

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