第3話 乱暴な扱い

「私に提案って?」


 ルエリアは一応男たちの話を聞いてみようと思い、てきぱきと調剤器具を鞄にしまい込んだ。敷布の上で膝立ちになり、少し後ずさりして、草の上に立ち上がる。

 その一挙手一投足をぎらついた目で眺めていた男が、口の端を吊り上げた。


「お前もよお、勇者が魔王を倒しちまったせいで職にあぶれた口だろ? 俺たち元冒険者が路頭に迷ってるってのに勇者は屋敷に引きこもって酒や女に溺れてるなんて、許せねえよなあ」

「なにその言い方。勇者様が魔王を倒してくださったことを悪いことみたいに言うのはよくないよ。それに勇者様は魔王を倒すっていう偉大な功績を上げたあとなんだから、のびのび暮らしてたっていいんじゃない? すっごく疲れただろうから、癒されて欲しいよ」

「あーあー。まあとにかく! 勇者、様……が魔王を倒したからこそ生活が一変したわけじゃねえか、俺たち元冒険者ってもんはよ。冒険者相手に商売してたヤツらもだ」

「まあ、そうだね」

「それで、冒険者を廃業したお前は王都でいい感じに魔法薬を売ってたにもかかわらず、国から追い出されて商売を続けられなくなった、と」

「うん」

「だからよ、俺たちと組まねえか? お前はこれまでどおり魔法薬を作る。それを俺たちが王都で売って、売り上げの中から手数料をいただく。そうすれば、お前は引き続き金を稼げるし、俺たちもおこぼれに預かれるって算段だ」

「ふうん……? それって私をかくまってくれるってことだよね? そんなことしたら、あなたたちが罰せられちゃうんじゃない?」

「そこら辺はどうにかしてやるよ。俺たち、冒険者をやってるときに王都の貴族を偶然助けたことがあんだけどよ。そいつが恩義を感じて、今度は俺たちが困ってるときには何かと力になってくれるようになったんだよ。そいつに頼めばとりあえず王都には入れなくても、国内には居ていいとかって状態くらいにはしてくれると思うぜ」

「そうなんだ! あなたたち、人助けしたなんて冒険者の鑑だね! 尊敬しちゃう」

「へへ、まあな。で、どうするよ。お前のさっきの調合してるときの様子だと、俺たちが住んでる小屋でも魔法薬作りはできそうに見えるんだが」

「まあね。今までは宿屋で作ってたから……あーっ!」

「うおっ!? どうした!?」


 王都でのこれまでの過ごし方について思い起こした瞬間、ルエリアはあることに気づいた。


「私、宿屋でたくさん魔法薬を調合してたから、魔法薬が嫌いな人に『臭い!』って思われて通報されちゃったのかも! もし匂いが嫌だからっていう理由で通報されたんだとしたら、中毒者なんていなかったってことなのかな? だったらいいなあ。誰も苦しんでない方が絶対いいよ」

「なんだよ驚かせやがって……。で? どうなんだ? 俺たちと組まねえか?」

「うん、いいよ」

「よしきた! それじゃ早速、俺たちのアジト……じゃなかった家に案内するぜ」

「あ! こんなところにロウジバが生えてる! 摘んでいこうっと」


 歩き出そうとした矢先に、また別の薬草を発見する。花の前にしゃがみ込み、青い星型の花びらをしたそれをぷちぷちと根っこから摘んでいく。


「なんなんだこいつは……」


 頭の上から男たちのため息が聞こえた気がした。それでも今のルエリアは、今摘んだばかりの花から作れる魔法薬のことで頭がいっぱいになっていたのだった。





 男たちの住む小屋は、森の中の少し開けた場所に建てられていた。

 柱も壁もぼろぼろだった。薄汚れた窓にはひびが入っている。

 前後を男たちに挟まれた状態で屋内に踏み入ると、背後で、ばたん、と大きな音を立てて扉が閉められた。

 ほこりの漂う室内をぐるりと見回す。少し歩いただけで床にくっきりと足跡がつく。さすが男所帯と言うべきか、まったく掃除していない様子だった。


「ここでみんなで暮らしてるの? あなたたち、えっと、一、二、三……。六人で暮らすにしては狭すぎるんじゃない?」


 問いかけた途端、六人の男たちはちらちらと互いに目を見合わせて口の端を吊り上げた。


「いい勘してんじゃねえか」

「え?」


 不穏な響きの声が聞こえてきた次の瞬間。

 一番壁寄りにいた男が、隣の部屋に続く扉を開け放った。


「――きゃあっ!」


 突如として背中に衝撃が走り、痛んだ木の床の上に倒れ込む。真後ろに立っていたリーダー格の男がルエリアの背中を蹴って、強引に部屋の中へと放り込んだのだった。

 ルエリアが痛みをこらえながら立ち上がり、扉を抜けようとするも間に合わなかった。耳を圧迫する音と共に扉を閉じられてしまったのだった。



 ぼろぼろの木の扉にすがりつき、どんどんどん、と拳で扉を叩く。


「出してよ! 何も閉じ込めなくたっていいでしょ!?」

「そこで大人しく、俺たちのために薬を作れ」

「作らないとは言ってないんだから、こんな扱いしなくてもいいじゃない!」


 思いきり息を吸い込んだだけで、ほこりが喉に絡みつく。いがらっぽさにルエリアは扉を叩くのをいったんやめると、げほげほと咳き込んだ。

 するとすぐに扉が開かれて、ひとりだけが入ってきた。猫背の男だった。


「な、なに?」

「見張りだよー。ヘンな薬を作られちゃ困るからねー」

「作るわけないでしょ? もしおかしなものを作って誰かが苦しむ羽目になったらいやだもの。魔法薬が嫌われちゃう」


 魔法薬はまだ歴史が浅いせいもあって、冒険者の中にも『初めて見た』と言う人がちらほらいた。ルエリアは魔法薬師として、魔法薬の評判を高めていきたいという気持ちが常にあるのだった。

 顔は動かさずに目だけで部屋の中を見回す。中央にテーブルが置かれていて、そのかたわらには椅子が倒れている。どちらも真っ黒になっている。ルエリアはテーブルの天板に手をかざすと、水魔法と風魔法とを表面に流して軽く汚れを落とした。

 手元を見る振りをしながらさらに周囲を観察する。扉がある側以外の三方向の壁には窓がなかった。

 肩掛け鞄の中から調剤道具を取り出して、ざっと綺麗にした場所に並べていく。

 目を伏せて手元に意識を集中し、テーブルの天板の上に小さな簡易結界を作る。

 ほこりが薬に混ざらないように対策してから、今度は男たちについていく直前に摘んだロウジバを取り出した。花に魔法を当てて、細かく砕いていく。

 すると見張りの男が扉の横に立ったまま、不思議そうに尋ねてきた。


「あれー? なんでさっき摘んだ花を使ってんのー? 材料ってそれなんだっけー?」

「だって今、シンホリイムを持ってないんだもの。結構な量だったから、宿の部屋に置いてきちゃった。この花でも同じ効能の魔法薬を作れるからとりあえず作りはじめたんだけど。あとで王都の薬草店で、シンホリイムを買ってきてくれない?」

「ふーん。そうなんだー。あ、材料費はもちろん君持ちねー?」


(勝手なことを。腹立つなあ)


 本当は、シンホリイムは鞄の中に入っている。平然と嘘をついた上に相手の言葉でいらだってしまっては、魔法薬の出来に影響が出てしまう。どきどきしていることがばれないように、音を立てずに深呼吸する。ほこりっぽい空気の不快さに、小さく咳払いする。


(落ち着け、私。この魔法薬が効けばきっと、こいつらから逃げられるはず)


 青い花から作った薄青色の粉薬。商品としての薬を作っている風を装って、いくつかの小袋に粉を詰めていく。紐はわざとゆるくしばって中身が飛び散りやすいようにした。


「……ふう。できた」


 調剤道具を水魔法と風魔法で洗いながら、見張りの男に問いかける。


「ねえ。私ずっとこの狭い部屋にいなきゃいけないの? ご飯は? お風呂は? 寝るにしたってこの部屋ベッドもないじゃない。毛布とか用意してくれないの?」

「まあ、そこらへんは、というかー」

「え?」


 おざなりな返事に不穏さを感じる。ルエリアが調剤道具を鞄にしまい込んだのと、扉が開かれたのは、ほとんど同時だった。

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