第4話 迫りくる男たち

 男たちがぞろぞろと、ルエリアのいる部屋に入ってくる。ぎぎぎ……と金具の軋む音と共に扉が閉じられれば、六人の男、そしてルエリアとが狭い空間で向き合う形となる。


 リーダー格の男が、ルエリアを見ながら鼻で笑った。


「つくづくお前は能天気なヤツだよな。お前、俺たちと対等な立場だと思ってんのか?」

「あなたたちが提案して私が乗ってあげたんだから、対等であるべきじゃない? 私が魔法薬を作らなかったら、あなたたちもお金を儲けられなくなるけど。あなたたちこそ、私が薬を作りたくなるように、私を丁重にもてなすべきじゃないの?」

「はっ、抜かせ。なんてのはよお、いくらでもあるんだよ」


 男たちが、ごつ、ごつ、とばらばらに足音を立てながら一歩一歩ルエリアに近づいてくる。誰もが気色悪い笑みをその顔に張り付かせている。

 ルエリアは、迫りくる男たちから遠ざかる方向に後ずさった。狭い小屋の中では、あっという間に壁に行き当ってしまう。


 完全に逃げ場を失ったルエリアを見て、リーダー格の男が歯を見せて笑った。


は久しぶりだなあ。まずは魔法を発動できないように、縄でしばるか、痛めつけておくか、……どっちにすっかなあ」


 くくく、と人型の魔族のような耳障りな笑い声を洩らす。

 その独り言に、見張りをしていた男が反応した。


「どっちもやりゃいいんじゃないすかー? とりあえず縄を……ってあれー? なんで誰も持ってきてないのー?」


 などと言って、けらけらと笑い出す。他の男も『あ、やべ』『向こうに置いてきちまった』と顔を見合わせて気だるげに笑った。


 笑いが収まると同時に、リーダー格の男が目をぎらつかせる。


「じゃ、痛めつける方が先だな」


 男たちの中からふたり、太くて背の高い男とがりがりに痩せた男、両極端なふたりがルエリアに歩み寄ってきた。

 両側からルエリアの腕をつかもうとした、その瞬間。


「元冒険者を舐めないでよね!」


 ルエリアは顔の前に肘を突き出すような構えで自分の口元をガードすると、手に持っていた魔法薬の小袋を足元に叩き付けた。続けて風魔法を発生させて空気を攪拌する。

 途端に薄青色の粉が狭い部屋に充満しはじめた。


「げほっげほっ!」

「ううっ、吸うなよ!」


 霞んだ視界の中で、男たちもまた袖や手のひらで口を覆い隠しているのが見える。


 ルエリアは、ひとまず自分から注意が逸らせたことを確認すると、咳き込んだり顔の前を払っている男たちに狙いを定めて――。


 薬の小袋を乗せた風魔法を矢のように放ち、男たちの顔面に直撃させた。


「うぷっ!? 何しやが……げほっげほっ!」


 視界が悪い中での突然の出来事に、動揺の声があちこちから上がる。


(ここまで吸わせれば、すぐに効いてくるはず……!)


 ルエリア自身も薬を吸ってしまわないように呼吸を抑えているせいで、息苦しくなってきた。


(早く効いて……!)


 心の中で叫びながら、期待通りの反応が現れることを強く祈る。すると、


「うっ!?」


 煙幕が薄まりゆく中で、男たちが一斉に胸を押さえた。だらだらと汗を流しはじめる。


「お前、なにしやがった……! ヘンな薬作りやがって……!」


 リーダー格の男が肩で息をしながら憎々しげにルエリアを睨む。その後ろで、他の男たちが壁に寄りかかってずるずると座り込んだり、その場でしゃがみ込んだりして頭を押さえ出した。苦悶の声が、辺りに充満する。


いてえ……」

「頭、いてえよう……」


(――今だ!)


 男たちに固められていた扉の前のガードがなくなっている。ルエリアは、うずくまった男たちの間をすり抜けながら部屋から飛び出そうとした。次の瞬間。


「待ちな」

「きゃっ!?」


 たんっ、と顔の横で鋭い音が鳴った。予期せぬ音に全身が硬直する。

 おそるおそる目を開くと、今まさにルエリアが手を伸ばそうとした扉にはナイフが突き刺さっていた。


 背後から、一歩また一歩と足音が近づいてくる。


「俺たちを舐めんなよ? こちとら修羅場くぐってきてんだ」


 足がすくんでしまったルエリアは、顔だけを振り向かせた。すると床に転がる男たちの中央で、リーダー格の男ひとりだけが立ち上がっていた。膝に手を突き肩で息をしながらも、ルエリアを鋭く睨み付ける。

 腕に力を込めて、辛うじてといった様子で上体を起こし、またルエリアとの距離を詰めてくる。その手には別のナイフが握られていた。下手に動けば今度は体を狙ってそれを投げてくるかも知れない。


(まずい、どうしよう……!)


 ルエリアは元冒険者であり、短剣なら扱える。とはいえすっかり使う機会がなくなったせいで、今は鞄の一番底に埋めてしまっていた。扉に刺さったナイフを抜こうとしてみたものの、すぐには抜けないほどに深く刺さっていた。

 魔導師のように魔法の威力を高める訓練を一切していないため、魔法を人にぶつけたところで目くらましにもならない。だからこそ、魔法薬師の魔法攻撃は、必ず薬を交えて効果を増幅させる必要がある。

 そもそも薬の調合のために微細な力加減を習得したは、代償として威力の高い魔法が使えなくなるものだった。


 迷っている間にも、男がナイフの届く距離まで迫ってくる。

 ルエリアが扉に背中を付けて後ろ手にドアノブをつかむのと、手首を取り上げられたのはほぼ同時だった。


「くくっ。逃げんなよ。楽しもうぜえ?」

「やだっ、離してっ……!」


 骨が折れるかと思うほどに強くつかまれる。全力で暴れてその手から逃れようとしても、まったく振りほどけない。


「離してっ、離してよっ……!」


 前後左右、しゃがみ込んだり立ったりして上下動と。めちゃくちゃに暴れ回る。

 必死に動いて男を振り回していると、不意に手首をつかむ力が弱まった。

 男が汗と涙を流しながらうずくまり、顔をしかめて頭を押さえる。


「うう、くそっ……! いてえよお……。お前ホントに、何しやがったんだよ、頭いてええ……!」

「ごめんなさい! あとには残らないから! じゃあね!」


 ルエリアは、薬効成分が室外に逃げてしまわないように扉を自分ひとりが通れるだけ開いた。隙間をすり抜けて急いで閉めて、一目散に小屋から逃げ出す。全力で男を揺さぶったせいで、頭痛を悪化させられたのかも知れない。


 時折後ろを振り返りつつ、森の中を駆ける。呼吸を抑えていたはずでも結局薬を吸ってしまったようで、額に汗が浮かび、頭がずきずきと痛み出す。手のひらを頬に当てて指先をこめかみに押し付けて、頭痛を紛らそうとする。


「ロウジバの興奮作用を極端に高めてみたのがうまくいってよかったあ……!」


 ロウジバは気分を高揚させる効果のある野草だった。

 冒険者時代、高難度の依頼に臨む際、互いに予期せぬ行動を起こしてしまわないように恐怖心を抑える必要があった。そのときに、ロウジバから作った魔法薬をパーティーメンバーに配り、ルエリア自身も使っていたことがあった。


(ああしなきゃ逃げられなかったとは思うけど、自分で作った薬で人を苦しめるなんて、もうしたくないな……)


 男たちが頭を押さえて痛がる様子を思い出せば、胸がぎゅっと締め付けられる。

 冒険者時代、自作の薬で魔族に攻撃した際も、憎き魔族とはいえ魔法薬の効果で苦しむ様子は胸が痛んだ。特に、人型の魔族が苦悶の声を上げる様子は目を逸らしたくなる光景だった。


 全力で走っていることに加えて恐怖を覚えたせいで、鼓動がひっきりなしに喉を叩く。

 息を切らしながら、わざと大声で独り言を言って気を取り直そうとする。


「風魔法でちゃんと顔に直撃させられて本当によかったあ。でも充分に吸い込ませる余裕はなかったから、たぶんすぐに効果が収まって追いかけてくるだろうな。早く遠くに逃げないと……!」




 森の木々の間を縫うように走り続けて、街道に踊り出た瞬間。

 馬のいななきに行く手を阻まれた。


「きゃっ!?」

「おっと」


 白馬に乗った女性が華麗な手綱さばきで馬を止める。あとからついてきた三人の騎士も同様に、馬に足を止めさせた。


「す、すみません……!」


 激突しそうになった申し訳なさに焦りながら、馬上を見上げる。すると、いかにも高貴そうな女性がルエリアを見下ろしていた。

 淡い水色の瞳、薄金色の髪はポニーテールにしてあり、そよ風になびいてきらきらと揺れている。

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