第2話 親切そうな男たち
ルエリアの合図に気づいた衛兵が、足は止めずに顔だけを振り向かせる。
「なんだ? 何か用か」
男の目の前に、魔法薬の小袋を差し出してみせる。
「あの、これ差し上げます。お使いになってみてください。ぐっすり眠れますよ」
「いらん! そんな怪しい薬なんぞ使えるか!」
足を止めた衛兵は、たちまち激昂した表情に変わると、ルエリアの手の上から小袋を叩き落した。
地面に落ちたそれを思いきり踏みにじる。黄色い粉が石畳にすり込まれていく。
「ひどい! 一生懸命作ったのに……!」
「貴様は自分の立場が分かってるのか? その魔法薬に問題があるから追放されるのだぞ!」
「でもあなた、ちょっと調子が悪そうですよ?」
「くっ……貴様に何が分かる! ほら、とっとと歩け!」
背後から別の衛兵に槍でおどされる。ルエリアの着ている丈の短いケープに槍の先端が触れてきて、背中のフードをめくるように小突かれる。
ルエリアは、衛兵に本格的に傷付けられる前に、大人しく連行されることにしたのだった。
「――きゃあっ!」
王都の門を抜けた瞬間、どん、と強く背中を押された。
乱暴な扱いを受けて咄嗟に対応できず、よろけて数歩進んだところでへたり込む。
衛兵が垂直に槍を突き立てて腰に手を置きながら、ルエリアを怒鳴りつけた。
「三日以内に国境検問所で国境越えを確認できなければ、さらに重い刑罰がくだされるから覚悟しておけ!」
「あの~、馬車を用意してくださったりは……」
「そんなの自腹だ自腹!」
「財産を没収されたのに?」
「知ったことか! いいからさっさと立ち去れ!」
ひゅっと槍を振るわれる。ルエリアは馬車を諦めることにすると、ひとまず王都から離れる方向へと向かって歩き出した。
「三日以内に国外退去って。それじゃ、馬車に乗ったとしても村に帰れないじゃない」
ルエリアの故郷の村、ライケーネ村はマヴァロンド王国内にあるのだが、王都からは馬車で三日かかる距離にある。歩いたら八日。退去期限までに辿り着ける距離ではない。
予想だにしなかった状況に、不安がよぎる。ルエリアはその場に立ち止まると、両手で頬をわざと強く叩いた。背筋を伸ばし、鼻から深く息を吸い込んで吐き出す。それは冒険者時代、冷静にならなければ仲間もろとも命を落としかねない経験を経て身に着けた、落ち着きを取り戻す方法だった。
「よし、大丈夫、大丈夫。大変なことになっちゃったけど、きっとどうにかなる。お金は取り上げられちゃったから、とにかく一番近くの国境まで歩いていって国境検問所を越えないと。食べ物は……野草を食べればいっか」
早速辺りを見回して、食べられそうな草は生えていないか探しつつ歩き出す。
空を仰げば憎らしいほどに澄み渡っている。草木をなでる爽やかな風、小鳥の鳴き声。どれもルエリアの陥っている状況とは真逆ののどかさを感じさせる。
「とりあえず、師匠のところに行ってみよう。師匠の小屋がある場所はどこの国にも属してないから問題はないはず。国外追放になったって言ったらびっくりするだろうな。でもライケーネ村より遠いし、歩いて行ったら三日どころじゃないんだよね……。のんきに国内を歩いてたら追っ手が来たりするのかな」
先ほどの強制連行を思い出す。冒険者時代に槍使いの人と組んだことはあるものの、当然自分にその切っ先を向けられたことなどない。その光景を思い出すだけで、心臓がどくんと脈打つ。
大勢から鋭い槍で衝かれそうになりながら歩かされるのはまっぴらごめんだと、ルエリアはしみじみ思った。
「まあとにかく、歩くしかないか。師匠はどの国の王室ともご縁があるから、仲立ちみたいなことをお願いできたらいいのに……あら?」
少し離れた草むらに、野草ではなく薬草を発見した。
「あ! こんなところにナスピオスが生えてる!」
その紫色の花は、波打つ糸が広がっているようにみえる花びらをしていた。うきうきと花の前にしゃがみ込み、その形状を観察する。
「王都の防壁の外側には出たことがなかったけど、やっぱりリヤマヤードと植生が違うんだ……!」
冒険者だった頃のルエリアは、魔王城のそびえたつ山の麓に建造された城郭都市リヤマヤードを拠点にしていた。ここマヴァロンド王国のはるか北東にあり、温暖なマヴァロンドより気温がずっと低い。そのため、寒冷地に生える野草や薬草しか見当たらなかったのだ。
王都への移動は馬車だった上に、到着後は薬草店で素材を買い求め、宿にこもって魔法薬作り、という日々を送っていた。そのため王都から出かけようとも思わなかったのだった。
「これで薬を作ってみようっと」
ルエリアは紫色の花を十輪ほど摘むと、鞄の中から敷布と調剤道具を取り出した。
広げた亜麻の敷布に座り、その滑らかな手触りの布の上に手のひらを置き、目を閉じて集中する。
体の中心から指先に魔力が流れる。
次の瞬間、周囲で風が巻き起こり――目に見えない結界を張り巡らせた。魔導師ほどの魔力制御技術はないため、衝撃を防ぐ効果はごくわずかだ。それでも、調合をするときに風やほこりを防ぐためならこれで充分だった。
「これでよし、っと。さてさて、調合を始めますかね~」
袖まくりして、両手に光魔法を掛けて浄化する。続けて花に氷魔法を当てて凍らせてから、器に放り込む。
蓋をして、器の中に風魔法を発生させて切り刻んでいく。
しばらくそれを続けたあと、そっと蓋を開くと――花だったものはすっかり粉になっていた。
「……おい、お前! ちょいと話があるんだがよお」
器の中にこんもりと溜まった粉に手をかざして、精神を集中する。
「……おいって! お前に話しかけてんだよ!」
手のひらが熱を帯びる。魔力をコントロールして、薬効を調整していく。
「おい、聞いてんのか!」
「できたーっ!」
「うおっ!?」
魔法薬を完成させたルエリアが意気揚々と顔を上げると、いつの間にか男たちに取り囲まれていた。怪訝な顔でルエリアを見下ろしている人や、見えない簡易結界の壁を不思議そうな顔をして突っついている人。まるで周囲を警戒するかのように辺りを見回している人もいる。
ルエリアは、ばらばらな様子の彼らを見上げて首を傾げた。
「あなたたち、誰?」
男たちの中からひとり、偉そうに胸を張った男が一歩踏み出してきた。
「俺はディールレ・ロアウマノズ。こいつらは俺の仲間。お前、元冒険者だろ?」
「そうだけど、何か用? 私、国外追放されちゃったところだから、のんびりしてられないんだけど」
「座り込んで何かしてたヤツが何言ってんだァ!?」
男が急に大声を張り上げる。ルエリアはそのあまりの声の大きさに驚いて肩をすくめた。
「リーダー落ち着いて」
男の隣に立つ細身の男が薄ら笑いを浮かべながら、息を荒らげている男をなだめようとする。
リーダーと呼ばれた男は痩せ男を払いのけると、改めてルエリアを見た。
「とにかく! 俺たちも元冒険者でよお。お前がさっきまで売ってた魔法薬、知ってるぜ。リヤマヤードの冒険者の間でも結構流行ってたよな」
「え! 知っててくれたなんてうれしい!」
作りたての魔法薬を小袋に詰めつつ男に笑顔を向ける。すると今度は、リーダーの反対側の隣に立つ猫背の男が少し頬を赤らめた。
「俺たち【魔力なし】だからさー。魔法を使って薬を作れるなんて、憧れちゃうなー」
「え! あなたたち【魔力なし】なのに魔法薬がイヤじゃないの?」
この世には【魔力持ち】と【魔力なし】と二種類の人がいる。魔力持ちが魔法を使いこなして様々な職で活躍する一方で、魔力なしは、魔力を持つ者より軽んじられるケースが多い。そのため魔法絡みの物事を嫌う人が多かった。
語尾を伸ばしがちな男が歯を見せて笑う。薄汚れた歯は何本かが欠けていた。
「イヤなじゃないよー。冒険者をやってる間、魔法薬の世話になったこともあるからねー。『魔法薬なんか認めない!』とか言ってたヴァジシーリ帝国出身の奴らだって『魔法薬って意外と便利なものなんだな』とか言ってたし。帝国なんて魔力なししかいない国で、全国民が魔法を嫌ってるような所なのにさー」
「えへへー。それ、私も帝国出身の人から直接言われたことあるなあ。ホントありがたい……あら?」
指を打ち鳴らして結界を解き、会話していた相手の顔をじっと見つめる。
「あら、あなた寝不足なんじゃない? この魔法薬を使えばぐっすり……」
「うおおい! 俺の話を聞け!」
「あっはい」
大声を浴びせられて肩をすくめる。魔法薬の入った袋を取り落としそうになったルエリアは、小さなその包みをぎゅっと握りしめた。
男が偉そうに顎を上げてルエリアを見下ろしながら、ぞんざいな口調で話しはじめる。
「国外追放になっちまったお前に、ひとつ提案があるんだがよお」
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