第10話 人間に近づきました。
私、ハンナ、コハネ、そして局長シュレイヒャーの四人で、ディナーのためにレストランへ赴いた。高級レストランは、私の肌に合わないので、庶民的な落ちついた雰囲気のレストランを選んだ。
シーラインの主要メンバーでの交流会的な意味合いもあった。コハネが私の後輩としてシーラインに加わったこの機会に、と考えていたのだが・・・
そんな、穏やかな宵の口の雰囲気をぶち壊したのは、なんとハンナであった。
____彼女は、唐突に腰に携帯していた10mm拳銃をぶっ放したのだった。それは、対海物用で携帯が認められていたものだ。
で、街ではテロが起こったかもしれないと騒ぎが起こって、警官隊がレストランに突撃してきた。
「あ、シュレイヒャー様ではありませんか!?」
「いやぁ、すまん、すまん。騒ぎを起こしてしまってな!ガハハハッ!」
局長シュレイヒャーは、葉巻を咥えながら、突入してきた警官隊に笑みを見せた。
いや、笑いごとじゃないです!負傷者が出ていないからまだ良かったものの、レストランの窓ガラスは、見事に銃弾に貫かれ割れている。歩道の方にまで、ガラスの破片が散乱していて、白い月光と街の明かりを受けてキラキラとしている。ハンナの・・・もっと言うと私たちのせいで、店に損害が出ているのだ。
「感情の操作が難しいらしくってな。さっきウチのアドルノ研究員が修正をしたみたいなんだが・・・」
「あの、例のロボットですか?本当に、これがロボットなんですか!?」
警官隊の面々は、机の上に立つハンナに釘付けになって、これが本当にロボットなのかと疑問を抱いていた。
「そうだ。本物の人間みたいだろ!?」
警官隊と仲良さげに会話を弾ませるシュレイヒャー局長。彼は国家機関での顔がどうやら広いようで、事情を代わりに説明してくれている。警官隊の人々も、局長の顔を知っているようだった。
と、何も言を発せずに椅子に座ったのは、私の隣のハンナだった。
「ハンナ、何でこんなことしたんだ!?」
彼女は、頬を膨らませて、終始不満顔であった。・・・これは、「怒り」の感情が強く出過ぎているな。この前は、「悲しみ」が過剰であったが故、何もできない鬱っぽい状態だったのに。それと今とでは、まるで合わせ鏡のようである。
「マイスターたちのお話を聞いていると、この世界の不条理を感じるからです。こんな世界ならば、海物と共に滅びるべきです。」
「はぁ・・・難しいなぁ・・・」
私は、深淵に落ち込む深々とした溜息をついた。彼女に引き金を引かせたのは、私たちの愚痴か・・・
人間にはもともと感情が備わっているが、ロボットに後付けするとなると、こんなにも難しいことなのか。感情の針が、時々によってあまりにも極端に振れ過ぎる。
オレンジジュースをストローですすったハンナは、再び靴を履いたまま机に登ろうとするので、私は黒メイド服を引っ張って、彼女を下ろした。
「先輩、このままじゃ捕まっちゃいますよ・・・」
「まずい、まずい・・・ハンナは人間じゃないから、所有主である私が、責任を負わなきゃいけないんだよ、クソっ!!」
法律とは、国民の権利をある程度制限するために国が定めるもの。その効力は、人間に限られていて、ハンナのようなロボットが「こんなこと」をして裁かれることを想定していない。法律上の解釈ならば、ロボットの所有者である私が、損失を償わなければならないのだ。
ここは、シュレイヒャー局長の説明と、国家が私をどう扱うかに賭けるしかない。今後は、ハンナを容易に外へ連れ出さないようにするべきだ。いくら連邦政府から銃と火器の携帯を許されているとしても、これではいけないだろう。
「では、そちらが店の弁償をするということで。」
「おう。アドルノ君とハンナ君は、俺が厳しく𠮟っておく。とんだ手間をかけたな。」
「はは・・・よろしくお願いいたします。」
と、早くもシュレイヒャー局長と警官隊との交渉が終結したらしい。
「アドルノ君、国家の恩赦に感謝するがいい。君の責務は、店の弁償をするだけでいいらしい。レストラン側も、それで同意してくださった。」
警官隊が、割れたガラスや散らかったテーブルを片付けて、そそくさと退散していく。私やハンナの取り調べの一つもせずに。シーラインが活動する範囲では、治外法権が適用されるのだろうか。これで許されてしまって良いのだろうか。
そんな私の愚問だけを置き去りに騒ぎは終息して、局長はただ笑うのみであった。
「我々は、海物の調査・殲滅を専門とする機関であるから、大目に見てくれたのだろう、多分な。ガハハハッ!」
後日、政府からご通達があった。内容は、海物が確認された場合を除いて、市街地での銃火器の携帯の禁止と、3か月間の、自由な外出の禁止であった。それで済んだのだから、政府からの恩赦に感謝しなくてはならない。本来ならば、私が牢にぶち込まれていても何らおかしくない事案であったのに。
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