第6話 幽霊船みたいです。

 シーラインに所属しているのは、私とハンナ、局長シュレイヒャーと、数人の職員のみ。だから、シーライン本部は広々としていながら、閑散としている。静寂で満ちた薄暗い廊下を進んで、照明が落とされて真っ暗な会議室へと入室。


 局長シュレイヒャーがシーライン局員の証明証を入口の読み取り機器にかざすと、照明が点灯して、通気ファンが回転を始めた。


「局長、こんなだだっ広い会議室、ウチには必要無いんじゃないですか?」


「いやいや、アドルノ君。将来大きくなる組織なのだから、これぐらい広くなくては、政府の要人たちを招くには手狭になってしまうだろう?」


「私は、シーラインを大きくするつもりはないんですけど・・・」


 照明の白色光で右目のモノクルのレンズを怪しく光らせる局長。葉巻に火を付けて豪快に煙を吹く姿は、前時代の英国の紳士の風をどことなく感じる。


 私は、色々と雑に詰め込んだバックを机の下に忍ばせて、椅子にどっと腰を下ろした。頭を掻くと、若干白っぽいフケが舞った。そういえば、昨夜はハンナの新たなプログラムの開発に夢中になるあまり、シャワーを浴びるのを忘れていた。


 で、そんな私を連れ出しておいて新聞を広げ始めた局長。大丈夫か、このおっさん・・・


「局長、シャワーを浴びて来てもよろしいでしょうか?昨日は浴び損ねまして。」


 局長は、はっとした感じにこちらに振り返った。


「ああ、そうだった。新しい案件が、連邦政府より届いたんだった。シャワーは後にしてくれ。」


 ハンナは、椅子の前で直立したまま、私と局長を順に見た。私は、椅子に座れと手で仰いで指示した。ハンナは、私の隣の椅子を引いて、背筋をピンと伸ばした美しい姿勢でいる。猫背な私と、ふんぞり返る局長とは対比である。


 局長は、円卓を挟んだ向こう側の席から、雑に書類を投げた。紙の束は、私とハンナの眼前に、見事に落ちた。


「連邦政府を通じて、我々シーラインへの依頼だ。依頼主は、なんとあの米国様だ!」


「・・・米国政府が、我々に依頼を!?どういう風の吹き回しなのですか!?」


 私は、口に含ませたコーヒーを吹き出しそうになった。


「アメリカは、私たちシーラインを認知しているということですね。」


 核心っぽいところを突いたのは、ハンナであった。


「そうらしい。ガハハッ!連邦政府がいくら我々を隠そうと、アメリカ様には全てお見通しだってこった!」


 局長シュレイヒャーは葉巻を手に取って、歯を見せて笑った。


 連邦政府は、海物とシーラインの存在を秘匿にしてきた。それは、私という優れた頭脳と、ハンナという優れた「兵器」を包み隠すためであったが・・・連邦政府を通じて依頼ということは、「おたくの組織の力は如何ほどに?」と暗に問うているようにも思える。


「米国が絡むと、ろくなことになりませんよ・・・」


「ガハハッ。しかし、見方を変えれば、千載一遇のチャンスにも思えてこないか、アドルノ君?あのアメリカ様が、我々に目を付けている。彼らの資金をものにするチャンスが、来たんだよ!大西洋の向こうから!」


「・・・私の研究と開発の為の資金も、与えられるでしょうか・・・?」


「そうだろうな。依頼の達成の過程、結果によっては、米国資本を巻き込むこと可能であろう。」


 米国が海物の調査、殲滅において我々との協力が有効だと判断すれば、資本が一気に注がれることだろう。それを使えば、ハンナに搭載する機器やプログラムの開発がさらに捗ることだろう。それは発明家たる私にとって、1849年のカリフォルニアに見たであろう金の輝きに思えてきた。


 ハンナの研究開発と海物殲滅の平和活動という趣味の範囲を、さらに拡大させる良い機会・・・かもしれない。


 私は早速、依頼の全容が記された書類の束をパラパラとめくった。速読は得意だ。私が血眼で書類を読む傍らから覗き込むハンナ。彼女も、映像識別装置で文字を読み取っているらしい。ちらっと横のハンナを見てみれば、空色の瞳を忙しなく動かしている。


「大西洋において、幽霊船の目撃が多発している・・・だと?」


「お化けや幽霊は、この世界に存在しません。この怪異、海物の仕業でしょう。」


 概要、大西洋で不気味な船が多数目撃されてるから、調査してくれby,アメリカ。

そして、アメリカ海軍の事前調査で、その幽霊船には多数のゾンビ?らしき人影を確認しているらしい。


「なぜ沈めないのでしょうか?アメリカは、世界で最もな海軍力を持つ国。駆逐艦一隻のミサイルで、幽霊船なんて沈められますよね?」


 ハンナの疑問は、先ほどの依頼が送られた経緯の憶測で説明がつくだろう。書類の速読に没頭する私に代わって、局長シュレイヒャーが、葉巻を手にしながらハンナの疑に答えた。


「ハンナ君、私たちは試されているのだよ、アメリカ様に。その「幽霊船」は、米国海軍にかかれば一捻りだろうよ。あえて沈めず泳がせておくことで、我々シーラインがどのように戦うか、あるいは、海物の殲滅にどれほど効果を発揮するかを知ろうとしている。」


「なるほど。理解いたしました、局長。」


「そして、アメリカ様といえば資本主義の大帝国。我々シーラインが有能であると分かり次第、ビジネスと金の渦に取り込もうとしているだろうよ・・・」


 局長の推測に、ハンナも納得の意を示した。


「局長、幽霊船の正体は、かつて大西洋に沈んだ船であると分かっているそうです。」


「そうだ。分かっている艦船だけでも、1915年の一次大戦中に沈んだ【ルシタニア号】、1912年に氷山に衝突して沈んだとされる【タイタニック号】・・・有名どころが大集合じゃないか。」


 どうやら、局長は既に依頼の概要を読み込んでいたらしく、私が読み込んでいるところの概要を口にした。


 ルシタニア号は、一次大戦中に、無制限潜水艦作戦中のドイツ帝国海軍のUボートに沈められた客船。タイタニック号は、映画でも描かれたから有名であろうが、氷山に衝突し、その際の浸水が原因となって沈没した客船だ。それらが海物どもによって海底から蘇らせられて、大西洋を彷徨っているということらしい。


 カリブ海諸国、西岸アフリカ諸国、さらにフランス海軍やスペイン海軍が、「幽霊船」を目撃しているということで、大西洋のかなり広い範囲を移動していることが分かる。


「では、予定されている通り、12月の末に合衆国へ向かえば良いと。」


「その通りだ、アドルノ君。」


「あの、私も行くんですか?ハンナだけではなくて?」


「折角だから行きなさい。航空券分は出してやること、やぶさかではないぞ。ガハハハッ!」


「あの、旅行に行くのではないんですよ、局長・・・」


 局長シュレイヒャーは、机を軽く叩いて笑うのだった。


「アドルノ君、そのロボットの実力を、存分に見せつけてやるのだ!宣伝が、君に与えられた任務だ!」


 ハンナは、隣で苦笑する私をちらっと横目に見た。


「海物の殲滅はお任せくださいませ、マイスター。」


「いや、そこはあまり心配していないんだけど・・・局長、連邦政府との折り合いは、つけているのですか?」


 私は資料をざっと一読し終えた。


 作戦については、米軍の協力が望めるらしいので、装備は最新鋭のものが揃えられそうだ。それに、後方支援も充実している。驚きなのだが、大西洋艦隊の空母打撃群が控えるということで、海物に対しての勝ち戦であることは明白である。


「連邦政府との折り合いについて、君が心配することではない。そこは俺に全部任せて、君とロボットのお嬢さんは、銃をぶっ放してアメリカ様の目を惹きつけるだけでいい。」


 私とハンナは、会議室に大々的に掲げられた世界地図を仰視した。よく見慣れたメルカトル図法の地図でドイツは、欧州の中心に位置する大国であるが、大西洋の向こう側・・・米国は、さらに巨大であって、北米大陸に堂々と鎮座している。


 私とハンナは、この世界一の大国に営業をかけなければならない。局長の言う、千載一遇のビッグビジネスが待ち構えている。「うちの組織と技術、すごいでしょ~独逸の科学は世界一!」


「・・・分かりました。私も、ハンナに同行して、海物の掃討作戦に従事いたします。」


「おう!一発デカくやってこい!」


「では、私はシャワーを浴びて、ハンナの新しいプログラムのインストールをしなければいけないので、これにて失礼・・・」


「おい、ちょっと待てぇい。まだ君に伝えなくてはいけないことがある。」


 コーヒーを飲み終えて、そそくさ退散しようとした私を、局長のガラガラとした声が引き留めた。私は、局長に聞こえないように、アリのように小さく、マリアナ海溝ぐらい深いため息をひとつついた。


 振り返った私に向かって、局長シュレイヒャーは並びの悪い上下の歯を揃えて不敵な笑みを浮かべた。




「____我々シーラインに、新しい仲間が加わった!君が大好きなお国、日本からだ!」

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