第5話 新しい戦いの序章です。

 私たちが戦った相手は、やはりナチの亡霊だったらしい。後のデンマークとドイツの合同の調査で、それが明らかになった。海物の死体から検出されたDNA型調査データと、かつてドイツ国防軍に所属していて、連合軍に潜水艦を沈められ戦死した人々のデータとが一致した。


「政府は苦労しているだろうな。海物のことを隠さないといけないから。」


 研究室の椅子に深く腰かけて、シーライン本部から送られた書類に目を通す私。その隣で、ハンナは紅茶を嗜んでいる、直立したまま。・・・座ればいいのに。


 世界中で、海物の目撃事例や被害が増えている。西はアメリカ、東は日本、北は北極海から、南はグレートバリアリーフの清い海まで、海物が出没している。しかし、海物という存在はまだ公にされておらず、ドイツ政府は、今回の件の火消しに追われている。


 幾人かのフュン島民、それにキールの港に停泊していた民間の船舶が、潜水艦を見たと証言している。それらの証言に対してドイツ政府は「デンマーク軍との合同演習を行っていた、いいね?」と繰り返し弁明して、デンマーク政府もこれに同調している。


「なぜ、海物の存在は公にされてはならないのでしょうか?」


「やつらは、いわばゾンビや宇宙人みたいなものだ。公にしたら、民衆の混乱を招くだろう?」


「・・・なるほど。映画で見たことがあります。あれが起こってしまうのですね。」


「私の勝手な推測だけどね。というか、映画見るんだ・・・」


「はい。マイスターの研究室にあった映画、何本か拝借して、充電の最中に視聴いたしました。・・・また、人間について詳しくなれました。」


 充電中のシステムの稼働は、電池の劣化を早めるから止めてほしいなぁ・・・と思いつつ、実はハンナの自主性を喜んでいる。自ら動き、自ら学ぶなんて、私が理想としていたロボット像そのものである。


「紅茶、おいしい?」


「はい。私の舌上の味覚は味を認識して、美味しいという感情を擬似的に表現いたします。」


「・・・素直に美味しいって言えばいいんだよ。」


 感情を表現させるプログラムを、時間があったら開発して、ハンナに取り込ませようか。感情があったほうが人間らしいし、その人間らしいロボットが、私の理想に近しい。それと今回の反省として、ある程度痛覚を持たせた方がよさそうだ。痛みを知らないと、自らが傷ついて壊れるまで、戦闘を継続しかねないと分かった。


____もう、眼球を欠落させ、焼け爛れた人工皮膚を晒す我が娘なんて、見たくない。



 と、穏やかな昼時の空気に満たされた研究室のドアがノックされる音が二度、響き渡った。


「どうぞ。」


 私は、ノックした人物の入室を許可した。


「すまんな、忙しいところ。」


 入室したのは、シーラインの局長【ナント・シュレイヒャー】であった。彼によって、シーラインと政府・軍との連絡のパイプが成り立っていると言っても過言ではない。組織運営において重要な役割を果たしてもらっている一方、私にとっては彼が時に、煩わしい存在になるのだ。


「どのようなご用件でしょうか?」


 なぜなら、彼が私に仕事を運んでくるからだ。


「色々とあるな。会議室に来てくれるか?」


「・・・了解です。」


 私は渋々と、書類に占拠された机の端に空のコップを置いて、重い腰を上げた。すると、ハンナは私の白衣の袖を指で摘まんだ。


「私も同席しましょうか、局長?」


 局長シュレイヒャーは、顎のうっすらとした髭を撫でながら、ハンナの方へと銀色の瞳を向けた。


「そうだな。君にも是非同席してもらいたい案件だ。アドルノ君に着いて来なさいな。」

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