第4話 人間はよく分からないです。
バルト海にて確認された海物どもと、Uボート部隊は、デンマーク・ドイツ両国海軍と、我々シーラインによって殲滅された。フュン島にて海物に連れ去られた島民は、12名が、潜水艦内から発見されて、無事に保護。6名の死亡を確認。8名が未だ行方不明となっている。
「何をしているのですか?」
軍帽を手に、昇りはじめた太陽の下の海へ一礼をした水兵たちを傍観して、ハンナは僅かに首を傾げた。
「これは、弔いの儀式だよ。犠牲になった人々を悼んでいる。」
私の説明を挟んでもなお、ハンナは疑問が解けないようであった。
「なぜ、死んだ人間たちを弔うの?返事は、返ってこない。なぜなら、彼らは死んでしまったから・・・」
「まぁ、そうなんだけど・・・人間は、昔から死者を弔う習慣があるのさ。」
太古の人類も、故人の手足を折って地面に葬る屈葬という習慣を持っていた。現在だって、死んだ者は葬儀を経て墓に葬られる。人類は一貫して、死者に対する弔いの心と儀式の習慣を堅持している。
まあ、この世という同じ地獄を生きた同志を、最後には快く送ってやるというのは当然だと、私自身も思うのだけれど。死という概念が無いロボットである彼女には、少し理解に難い事柄であろうか。彼女らロボットは、部品を交換して、システムをアップデートし続ければ、その命は永劫である。
再び一礼をした連邦海軍の水兵たちが、こちらに歩み寄ってきた。
「あの・・・その、シーラインのお二方、ご協力感謝いたします・・・はい。」
感謝の意を述べる口調がぎこちないと思ったら、彼らは、傷ついたハンナを見て驚愕しているのだった。
「その傷は、大丈夫なのでしょうか・・・?」
「ええ、ご心配なさらず。眼球は修理か自己修復が可能ですし、流血は、じきに止まります。部品の損傷と装甲の劣化は、マイスターに修理していただけるので。」
右の眼球が欠落して、内部の機器と回路がむき出しで、頬には火傷の黒っぽい跡が。耐火性能を備えた特注の黒メイド服は破れ千切れて、白い胸元までが露出している。そんな状態にありながら、ハンナは相も変わらず表情の変化なく返答した。
「そちらは?作戦中に大きな揺れを感じたのですが・・・」
「ええ。あの揺れは、海物の放ったロケット砲が本艦に命中したときのものです。修理は必要ですが、軽傷ですので大丈夫です。」
私が見る限り、船体に大きな損傷は見られなかった。デンマーク海軍とともに、兵士の死者は出てないようなので、ひとまずは胸を撫で下ろせる。
その後の対応は、軍とシーラインの本部の方で片付けるとの旨を聞いて、私とハンナは帰宅の途についた。中佐が同乗する輸送機の貨物庫で揺られて、ドイツ南部のミュンヘンのシーライン本部へと帰還するのだ。
「あの、ハンナ・・・言いにくいんだけれど・・・」
輸送機の後部貨物庫に諸々の重火器を下ろして、私の隣にちょこんと立っているハンナ。
「はい、マイスター。私には、どのようなことでも仰ってください。」
「その・・・人前では胸を隠そうか。一応ほら、女性の身体の見た目だからさ・・・」
ハンナは、その白く美しい肌が人の目に晒されることに躊躇いを感じていないようだった。彼女に、感情を持たせていないが故の反応であろう。しかし、これでは私の目のやり場にも困る。
「・・・なぜ、女性は胸を隠さなければならないのでしょうか?男性は、特に気にされないようですが。」
「ええっと・・・そうだな・・・私はそちらの分野には疎くてね。今度調べておこうか。」
ハンナはキョトンとした感じに、首を僅かに傾げた。
確かに、考えたことがなかったな。自らを女性であると自認する人々は、男性と比較して胸を隠したがるし、そうするべきだという価値観がある。それはなぜか。さらに、ロボットとジェンダー論か・・・私の知り合いに著名な社会学者がいるから、今度会ったときに、そのテーマについて聞いてみよう。
「・・・人間は、よく分からないです。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます