第3話 大戦の亡霊です。

 連邦海軍のフリゲート艦が放った対潜魚雷は、海中を恐ろしいほどに静かに突き進んだ。しばらくすると、黒い柱が立ったかと思えば、浮上中だった敵の潜水艦の破片が飛び散った。


 空からはハンナの魚雷が、北方及び西方の海域からはデンマーク海軍の対潜ミサイルが、南方からはドイツ連邦海軍が迫る。敵潜水艦は、この屈強なる包囲網を前に為す術なく撃沈されていく。


「____敵潜水艦、次々と浮上中!!旧ドイツ海軍旗、見えました!!」


 浮上した潜水艦【Uボート】の艦上に海物が現れて、旧ドイツ軍の旗を掲げた。皆、前時代の軍服を身につけている。全身の肌が緑や黒っぽく変色していて、水死体に近しい容姿をしている。・・・典型的な、人型の海物である。


 旗の赤と黒の色が、夜の闇でも目立つ。特徴的なシンボルである鉄十字と、あの「鉤十字」がハンナの高度からでもはっきりと見えた。


 すると、我々作戦部隊は一斉に電波を受信した。輸送機上の中佐も、ドイツおよびデンマーク海軍も、これを傍受しているようだ。


「マイスター、海人からメッセージあり。」


「何だって?」


「お前らはアカか?紳士様か?はたまたアメ公か?・・・です。」


 私は、ハンナが傍受した通信内容を見て、海物の正体を悟った。Uボート、旧ドイツ海軍の軍旗と軍服は・・・


 恐らく彼らは、第二次大戦中の潜水艦乗りたちの海物だ。「アカ」はソ連軍のことを指していて、「紳士」とは英国、「アメ公」は言わずもがなアメリカのことであろう。そして、アメリカの名が出るということは、1944年6月のD-Day以降に沈んだ人たちか。


 はたして、彼らが本来目撃することのなかった未来の祖国と対峙して、何を思い何を語るのだろうか。私は、ヘッドホンを少しずらして、連邦軍の艦船の人々のやり取りにも注目した。


「・・・電波で交信してるな・・・」


 私はすぐさま、パソコンに備えつけておいた受信装置を立ち上げて、さらにハンナの背中のドローンを起動させて、海物たちと作戦部隊との交信を傍受しようと試みた。


 通信の電波を解読器に掛けてみると、興味深い通信内容が浮かび上がってきた。


(我々は、あなた方の未来の祖国に生きるドイツ民族である。)


(デーニッツ提督はどちらに?我々は、あなた方と同じ純粋なるアーリア人種である。攻撃をすぐさま停止していただきたい。)


(今は1945年ではない。あなた方は、もはや人間ではなくなってしまった。海へ帰ることが最善だ。)


(キールの軍港に戻りたい。誘導を願う。)


(それはできない。あなた方の総統は、帝国は今は無い。その代わりに、平和となったドイツ国家と欧州がある。)


(・・・・・)


 通信は、ここで途絶えている。その代わりと言わんばかりに、Uボート潜水艦の大艦隊は、急速に潜水を開始して、魚雷を数多、海中へと発射した。


「魚雷多数!本艦に迫っています!!」


「すぐに迎撃しろ!!古物とはいえ、油断するな!!」


 私が同乗するフリゲート艦にも魚雷が迫っていると、レーダーは告げた。しかし、数を撃たれようと、こちらは現代の最新鋭の艦とレーダーに、ドローン、ミサイルに自立型のAIロボットまで揃っている。


 対する海物のUボート部隊は、何もかもが展示品としてお似合いの艦に、誘導の甘い魚雷のみ。


 魚雷の多くは、艦に近づくこともできずに海中で迎撃されて、暗黒の夜の黒に水柱を立ち上がらせた。


「ハンナ、彼らを、彼らが愛した海に、帰してあげなさい。」


「OK、マイスター。」


 私は、遂にドローンへと映像を切り替えた。ハンナは早速、Mk.46 短魚雷・改を打ち出した。それも、十数発。周辺の海中で、それが命中して轟音と共に高く水柱を立てたのを、わずかに視認することができた。


____だが、これで終わらないのが海物(かいぶつ)という怪物だ。


「マイスター、来た。やつら、潜水艦から出てきてる。」


 大破したUボートから海物たちが飛び出してきて、海中を魚雷よりも早い速度で遊泳。海面に顔を出したかと思えば、MG42軽機関銃をぶっ放してくる。


「伏せて!!」


 ハンナは、フライブーツの出力を上げて回避行動を取りながら、連邦海軍艦船へと叫んだ。甲板上の水兵たちは、頭を伏せたために、海物たちの弾幕を凌ぎ切った。


「ジーク・ハイル!!」


 海物たちは低い掛け声と共に、艦船の側面をよじ登り始めた。手のひらには吸盤が生え揃っているらしく、器用に四肢を伸ばして、ペタペタと登っていく。


 私は、ハンナの背中を追ってフリゲート艦の近くへとドローンを進めた。機銃を展開。フリゲート艦の側面の海物どもに射撃した。


「ぐぎゃああああ!!」


 奇怪な絶叫を叫んで、海人どもは身体を銃弾で貫かれた。頭に被った軍帽を飛ばし、赤黒い血をまき散らしながら黒い海へと沈んでいった。


「・・・狙撃します。」


 ハンナは、右腕の改良型MGと左腕のガトリング砲を連射し始めた。砲身が煙を吹いて、ほのかに赤く熱を帯びるまで打ち続け、海物たちを一人残らず殲滅した。フリゲート艦の周囲の海は、鮮血を含んで赤い波を立てた。


・・・これは、狙撃というよりも、数撃てば当たるというやつが適切な気がするが、まあ、海物どもを蹴散らせたから良い。


「っ、ハンナ、避けろ!!」


 私がマイク越しに叫んでいた時には、既に海中から放たれたパンツァーファウストの弾頭がハンナの上半身に直撃していた。彼女は猛烈なる爆発の中心に置かれて、黒い硝煙に包まれた。


 しばらくしてハンナは、黒煙の中から姿を現した。特製の黒メイド服は一部が燃え尽きて、白い肩が露になっているではないか。また、その美貌を大きく損なって火傷の跡を残していて、右の眼球が爛れ落ち、内部の機器諸々が外界に露出している。


「ハンナ、大丈夫か・・・大丈夫じゃないよな!?」


「まだ戦えます、マイスター。」


 ハンナは通信越しに、変わらず抑揚の無い声を私に寄越した。


 ハンナには、人間でいう痛覚を与えていないから、機器に重大な欠損が無い限り、戦い続けることが可能だ。しかしながら、産みの親として、娘の傷ついた姿を見ることは辛い・・・早く、この亡国の残党を始末しよう。


「うお!?」


 次いで我々の乗るフリゲート艦が大きく揺れ動き、爆発による衝撃と轟音で、私の視点は明滅した。


「右舷に直撃弾!被害は軽微!」


「すぐに反撃しろ!!我々の艦にやつらを近づかせるな!!」


 連邦海軍は、すぐさま反撃を開始。海中から姿を見せた海物たちを、甲板上の水兵たち、それから20mm機関砲が狙い撃ちに。さらに、遠方から迫り来る増援のUボートを対潜魚雷が繰り返し迎撃した。


 と、私の背後の水兵が通信を傍受して、叫んだ。


「北方方面に展開中のデンマーク海軍から通達!多数の海物が遊泳して、南方のキールへ向かっているとのこと!!」


「なんだと!?防衛の駆逐艦は何をしているんだ!?」


「分かりません!!一部の海物が潜水艦から離脱しているようです!!」


 情報が錯綜する船内に、ハンナの通信の声が鮮明に響き渡る。


「私が港の方面へ向かいます。貴艦は引き続き、ここの防衛を。」


 言うや否や、ハンナはフライブーツの出力を最大に引き上げて、波しぶきを巻き上げながら南下していった。私は慌てて、ドローンを旋回させて、ハンナが発するGPS情報を頼りに背中を追った。


「アドルノ君、彼女一人で大丈夫なのかね!?」


 フリゲート艦艦長は、私の背後からパソコンの画面を覗き込んでいる。


「速力は、並みの艦船以上です。海物との戦闘に関してはエキスパートですし、私のドローンも同行させますので。」


「少佐、アドルノ研究員に任せておけ。我々連邦軍は、引き続きこの海域の掃討に従事する!」


 不安を払拭しきれなかった艦長に、上空から作戦の総指揮を執るパウルス中佐の天の一声があった。艦長は指揮所へと駆けて戻って、再び海物とUボートの殲滅を指示している。



 私は、ドローンを全速力で飛ばしている。しかし、一向にハンナの背中は見えてこない。荒波の高いところに細心の注意を払いながらの飛行は、時々強風に煽られた。それは、画面に映る景色が徐々に右に傾くこと、ヘッドフォン越しの風のゴーっという音で分かるのである。


 水平線の近くに、キールの港町の夜景がぼんやりと浮かび上がってくる。ハンナは既に、海物の主力の部隊とおぼしき集団と戦闘中であった。



「はっ・・・よっ・・・」


 ハンナは、小さな掛け声と同時に、海面を走り回ってMGを乱射する海物たちの首を対物ライフルで撃ち抜いている。その精密射撃の命中率は8割に届きそうな驚異的な正確さ。


 それも当然か。彼女の眼球の奥には、射撃に必要なあらゆる測定器が備え付けられている。距離も、角度も、風の強さと向きも、正確に数値化されて、彼女の脳つまりCPUで処理され、狙撃の行動として出力される。


「うっ・・・」


 また、パンツァーファウストの弾頭が直撃する。(ちなみに、パンツァーファウストとは、第二次世界大戦にてドイツ軍が運用した歩兵携帯式の対戦車砲のようなものだ。)


「ギヒヒヒヒ・・・死ね、アカの生き残りが!!!」


 彼女を攻撃した海物は、胸元にいくつかの勲章を携えている。軍服の感じは他の海物たちよりも豪華で、当時は階級が高い者だったのだろうと推測できる。


「ふぅ・・・私がこの手で葬ってやろう。海へ帰りなさい。」


 一息の間の後に、ハンナは黒煙に紛れて突撃。将校の軍服の海人の頭部に改良MGを突きつけて、引き金を引いた。



 海物の赤い鮮血を浴びたハンナの黒メイド衣装が、月明かりの白に照らされて絵画の一枚の秀麗さを醸し出していた。



 

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