第2話 空を飛びます。
ドイツ南部ミュンヘンから、デンマーク国境近くのキールへと、列車に揺られて北上。日付が変わって間もない午前1時、ハンナは予定通りに作戦の開始地点へと到着した。
輸送機には、既に彼女専用の装備が積み込まれていて、すぐに作戦地へと飛ぶことができるようだ。
一方、私はというと、連邦海軍のフリゲート艦に同乗させてもらって、ハンナの到着を海の上で待っている状態だ。ハンナの瞳に移る景色も、ハンナの聴覚が捉える音も、私は手元のパソコンで確認が可能。
「これが超小型対潜魚雷【Mk.46 短魚雷・改】、これが携帯型ファランクス20mmガトリング砲、これが対物のバレットM82で改良型のMGが、これ・・・」
だだっ広い貨物室で、ハンナは装備をガチャガチャといじっているようだ。私の腕力では到底担げないであろう大きさの銃を、軽々と持ち上げている。
彼女が武器の名を呟く声が、若干上ずった。どうも、装備の質が良いらしい。しかし、その声を通信越しに捉える私には、さっぱり分からなかった。武器については、あまり詳しくない。私が詳しいのは、艦船とか戦車とか戦闘機とかのミリタリー分野だ。
しかしMG・・・?は聞いたことがある。たしか、第二次世界大戦時のドイツ国防軍の銃だったっけか。ハンナが手に持つそれは、現代版の改良型らしい。
「これ全部、米軍製ですか?」
ハンナは、輸送機に備え付けられた椅子に腰を下ろす男性にくるっと、振り返った。巨大なガトリング砲の砲身が一緒に動いて、空気を振れ動かした。
「改良型のMG以外は、全てアメリカ製だ。」
「ふーん・・・強いですね。」
「開発はアメリカだが、提供元はNATO軍。連邦の参謀本部の、粋な計らいだな。」
椅子に腰かけている軍帽の男は、今回の作戦の指揮官、パウルスだ。所属は、連邦空軍。階級は中佐だ。彼は、今回の作戦に参加する艦船と航空機全体の作戦指揮を、この輸送機上から行う。
私は、ハンナの戦闘用メイド服に取り付けてあるスピーカーから、パウルス中佐に挨拶をした。
「こんばんは、中佐。こちらは、シーライン主任研究員のアドルノと申す者です。オーバー。」
「へぇ、通信の規律を知っているとは、やるじゃあないか。・・・こちらは、作戦を指揮する、ハラルド・パウルスだ。通信感度は良好。オーバー。」
私とパウルスは、戦場さながらの通信のやりとりを交わした。ハンナの瞳の景色には、顔にシワを寄せてニッと笑う中佐の顔が鮮明に映し出されている。私は、画面の向こうの中佐へと敬礼をした。
「作戦の概要は聞いているかね、アドルノ研究員?」
「ええ、もちろん。今の時刻ですと丁度、デンマーク沖といったところでしょうか?」
「正解だ。俺たちは今、デンマーク沖の上空で待機している。」
よかった。中佐からの回答を得て、作戦が書類上の計画通り、順調に進んでいることを知った。私は、そっと胸を撫でおろした。
「マイスター、海域封鎖の連絡が届き次第、空挺降下いたします。ドローンの起動準備を。」
ハンナは、私にドローン起動の準備を進言した。
右腕には、Mk.46 短魚雷の砲身と改良型のMGを。左腕には携帯型ファランクス20mmガトリング砲を備えて、対物ライフルを豪快に携えている。そして、背中に背負う小さい鞄のようなものは、暗視機能と射撃能力を備えた折り畳み式のドローンだ。海物との戦闘となれば、私はこのドローンを遠隔で操縦して、ハンナへの指示・支援を行うのだ。
「了解。ドローンの展開のためのロックを解除しておくよ。」
私は、ドローン専用のOSをパソコン上で起動して、コマンドにてロックを解除。次いで弾薬数や充電量の充足を確認した。どれも、万全の状態だ。・・・キーボードを打つ手が、艦船の揺れで狂いそうになる。今夜のバルト海は、少し波が荒いようだ。
「ハンナ殿、そんなに火器を持っていて、重くないのか?」
中佐は、両腕に多量の重火器を備えるハンナに瞠目している。また、禿頭を指で搔きながら、不思議そうにハンナの頭からつま先までを凝視した。
「重くは、ありません。マイスターには、私の身体を頑丈に作っていただいたので。」
「そうか・・・それにしても、本当に人間と会話してるみたいだ・・・本当に君、ロボットなのか・・・?」
「私には人工の血液も流れていますし、エネルギー変換のための酸素の吸入もあります。ですから、ほぼ人間・・・みたいなものですかね。私も、私自身がロボットであるという自覚が薄いです。」
「映画とかで、ロボットと人間が共存する世界を見たことがあるが、まさか現実になるとはなぁ・・・」
中佐は、無線通信機の小アンテナを立てながら、ハンナに感心を寄せた。デンマーク海軍の艦船との連絡に使われる通信機だ。
時刻は、午前一時半。そろそろ、海上のデンマーク海軍からの連絡が、連邦海軍と輸送機に共有されるはずだ。我々は、デンマーク海軍が北方と西方の海域の封鎖が完了されることを待っている。
すると、ハンナの視界の端に、輸送機内で通信の一端を担っていた兵士が声を上げたところを見た。
「デンマーク海軍から通信、入りました!フュン島近海、レーダーで多数の潜水艦を確認したとのこと!急速に旋回して、南下しています!」
「連邦海軍の方からも、連絡が来た。今すぐに海域を封鎖させろ!ハンナ、降下準備だ!急げ!」
パウルス中佐が周波数を合わせるダイヤルを回すと、ドイツ海軍の水兵の声が、若干のノイズ混じりに聞こえてきた。
「はい、中佐。降下の準備を始めます。」
ハンナは、重量のある火器をもろともせず立ち上がって、輸送機の後方ハッチへと身軽に駆けていった。ハッチがゆっくりと開くと、猛烈な風と、輸送機のエンジンの轟音とが混じり合って聞こえてきた。
これが、ハンナの聴覚機器が捉えている音か。私はあまりの大音量から、思わずヘッドホンを落としてしまった。
「気をつけろ!!案外早く、海面は来るからな!!」
中佐の声も、切れ切れに聞こえてくる。それ程までに、風の音が大きい。
ハンナは、後方ハッチの端に立った。空には夜の深い闇と、白色に輝く月が。目下には闇に紛れる雲と、その間から覗いた、どす黒い姿となった海面が広がっている。
「3、2、1、今だ!GOGOGGO!!」
「行って参ります、中佐、マイスター。」
中佐の掛け声と共に、ハンナは輸送機から飛び降りた。風を切る轟音で、私は耳の中を大変痛める。それでも、ハンナの声を確実に捉えるために、ヘッドホンを付け続けた。
「ハンナ、降下しました!」
そして、海軍の方への連絡も忘れない。ちょっと後には、艦艇の兵士たちも中佐の通信を受け取ったらしく、慌ただしく私の回りで走り回っている。
「ハンナ、高度は?」
「870。水平維持装置、高度計は問題なく稼働しています。フライブーツの噴射を開始します。」
「よし。それでいい。海中の敵に気を付けて!」
「OK、マイスター。」
パソコン上に映し出される、ハンナの視界映像では、足元の炎が見えた。このフライブーツによって彼女は戦闘時、自由に空を飛ぶことができるのである。
今回は、重量のある装備を身に着けての高高度からの降下ということで、出力の上限を解放する改良を施した。さらに、腰のタンクの燃料を満杯にしてある。
「高度450。降下は順調。」
流石は私の娘、ハンナだ。体内の水平維持装置は遺憾なく発揮され、降下とブーツの噴射という難しいバランスを見事に取っていて、海面に対して常に垂直を保っている。
そして、輸送機と艦船の対潜レーダー、ハンナが身に着けている小型のレーダーが、遂に敵を捕捉した。
「ハンナ、敵がすぐ近くにいる!!北北西だ!!」
私は、パソコンのレーダーを確認。魚影ではありえない、巨大な影が多数、ハンナと連邦海軍の艦船に接近しているのを見た。
「____ハンナ、敵潜水艦と接敵する!!対潜魚雷を放て!!」
「了解、マイスター。」
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