虚構からはみ出したNTR
☆☆☆公開日☆☆☆
2024年7月30日
☆☆☆キャッチコピー☆☆☆
何も考えずに短く奇抜に唐突に。
☆☆☆紹介文☆☆☆
ショートショートで物語構成の訓練。
☆☆☆本文☆☆☆
N氏はいよいよ頭がおかしくなった。世の中に寝取られ(NTR)コンテンツが溢れ出してから久しく、それはWeb小説界隈においてそれなりの氾濫を呈していた。
負の感情をもとにした、様々な派生的感情。それに伴う壮絶な性的快楽。N氏は、かつて健全なる若者たちが60年代の時空をかける少女を筆頭にしたSFばかりに熱中していたように、新たな限定された特定の物語構造をもつジャンル(NTR)に欲求のままに飛びつき、そして身を滅ぼさん限りの熱中をつづけていた。
ジャンルの固定。固執。これはNTRばかりではなく、その他の作品群に対しても等しく言える、読者の運命的で本能的な行動ともいえ、そしてそれは今も昔も変わらない人の
だからこそというのだろうか。いや、因果は逆なのだろう。因果と思われる→はおそらくは、この流れにおいて←が正しいのだろう。
いやはや、現代においてコンテンツは、見ての通り氾濫している。街中を歩けば広告にぶつかり、SNSを開けばプロモーションが目に入り込む。これも細かい定義などを気にしないのであれば、コンテンツだ。
そしてテレビをつければバラエティーがあり、ドキュメンタリーがあり、アニメーションがあり、映画があり、ドラマがあり……。数え出したらキリがないほどの、様々なコンテンツが、日々の生活のなかであまりにも過多に人々のなかを通り過ぎていく。
気がつけば無目的的にコンテンツを受け身に取り入れていたという自覚的な経験は誰しも一度はあるといったような現代。そのときに襲ってくるあの虚脱感はとても形容のできない満ち足りなさを人々に与えている。
だからこそ。
ここでやっと因果的なつながりを感じられる。だからこそ、その溢れかえってカオスになった世の中において、限定的に生きることが無意識のうちに人々のなかで重要になってきていると言えるのだろう。
今までにも限定的に生きるということは、職を決めることだったり、進路を決めるといったことだったり、買い物かごに入れる食材を決めるときだったりにおいて、日常的に為されてきている。
しかし、そのような極めて日常的であり古典的な限定に加えて。現代社会ではこれまでにない量と勢いで、情報が押し寄せつづけている。当然、いままでの固定的な限定では、なにもかも足りない。物量に押し負けてしまうのも自明なことのように思える。
そしてそれをうけて、人々は時代の潮流に合わせるようにして凄まじい回数の限定の試行を己自身に課してきたわけなのだが。
当然のようにソフトウェアには物理的・精神的限界がある。キャパシティというものが生命(物質)であるから当然ある。∞の限定行為に晒されては、摩擦で何かが擦り切れてしまう。それは心かもしれないし、肉体そのものであるかもしれない。あるいは、その両方としての複雑体としての生命であると抽象してもよいかもしれない。
そこで、やってきたのが、限定の補助だった。
何を観たらいいのかわからない。今日何を食べたらいいのかわからない。何を読んだらいいのかわからない。運動はいつすべきなのか。メールで使う文体は相手先によってどのように使い分けるべきなのか。学問を習得するためのコスパがいい方法は何なのか。
そういうことの、あらゆる判断を、あらゆる限定的思考を、人々は放棄し始めたのだ。それはかつては、記憶の外部化であると言われた書物や広大なインターネット空間に対して批判的に展開された議論でもあった。
そしてそれがついには、AIに尋ねれば何でも詳しいことをほとんど受動的に享受することができるようになった世界において展開され始めると、世の中は混迷を極め始めた。今回の技術は突き詰めると、完全なる限定の補助を可能とする技術であるように見えたのだ。価値観のアップデートであると片付けてしまうには、いささか不安過ぎるほどの技術的な革命。そういうときにこそ、大抵は道徳的な枠組みは大きな変革を遂げる。よくもわるくも、時代に最適化された道徳というものが形成されていく。
その自然淘汰的、すなわち進化プロセス的な変化を大抵の人々は、この変革の激しい時代のなか、短い期間において、ほとんど無意識的に行ってきたわけなのだが。そして、それこそが進化の骨頂であると、書きながらして思っているわけなのだが。
ある程度の収束。人々の行動としての特徴パターンが収斂した結果としての今がN氏の日常にはこうして広がっているわけだ。
NTRが好きなN氏。そこに今までに書いてきた限定の補助がどれほど組み込まれているというのだろうか。そしてその限定の補助の程度はどれほどのものなのか。決して戻ってこれなくなるくらいの、精神的束縛をNTRはもっているのか。あふれかえったコンテンツのなかから、なぜN氏はNTRを限定して好む必然性があったというのか。それは受動か能動か。もうすでにそのような単純な二項対立の概念では判然としない領域にまで、世の中と精神は混合の末に迷走を始めている。何が己で何がアルゴリズムなのか。限定の補助を扱うアルゴリズム。それは驚くほど自然にシステムに、そして何よりも人々の思考に、もうすでに取り除けないほど頑固に癒着している……。
……
……
……
東京。夜。某所。
「いらっしゃいませN様」
「亜由美ちゃんは僕のことをどれくらい好きなのかな。ちなみに僕は愛情度MAXなんだけど」
「それはお客様の選択したプランによって決まってきます。最高額である20万円プランであれば、亜由美ちゃんもN様に対してMAXの愛情度を抱く設定になっております」
「でへへ。僕は顔と体とキャラの設定を見ただけで、愛情度MAXにできるくらいの仙人なんだよ。こういう系のサービスにはもう慣れきっているからね。技術ではどうしようもないところを補うのが古き良き日本のオタクとしての矜持なんだよ」
「それはすばらしい心がけですね。N様は古きよきオタクのようですね。そう、そう。女の子の愛情度が高ければ高いほど、浮気をしているときの(女の子の)背徳感は大きくなりますが、そのぶん、N様が女の子を寝取られたと知ったとき、そして女の子がN様に気が付いたとき、彼女の慌てふためく姿は極上のものになると思いますよ。なにせ、彼女はまだあなたとの関係を望み続けるでしょうからね。そこからはもう、N様のお好きなようにすればよろしいでしょう」
「ふむふむ、それは楽しみだね。私はいままで散々とWeb小説でNTRモノを読んできてはいたが……。こうして技術の発展に伴い、こういうコンセプトのお店が合法的に、そして少しの性病の心配もなく利用できるようになって本当に嬉しいよ」
N氏はアンドロイド受付嬢に現金で支払いを済ませ、案内役に個室に通されて、サービスを首を長くして待っている。
ここは、ほとんど人間的な特徴をもったアンドロイドが性的なサービスをするお店で、近年のAIの発展、特に大規模言語モデルとその延長線上にある技術サービスの進展と低コスト化で可能となった、完全にまだ法整備が整っていない業態のお店。コンセプトとしてはNTRをもとにしており、サービスの開始早々から好みの女の子(お客に好感度をもっている、料金によっては恋人設定も可能)が寝取られていて、そこから好きなようにプレイを楽しむといったような、かなりイカレテいるお店。
「時代はくるところまで来てしまったようだな」
「そうですね。こうして人はますます馬鹿になり、機械は影の実力者となる」
「その言葉の並びは古き良き日本のオタクからすれば、ウィットに富んでいると評したいね」
「ありがとうございます。アイアムアトミック。それではサービスをお楽しみください」
N氏はこうして新時代のコンテンツを取り入れ始めた。すでに人々はその限定能力を退化させて、ほとんどを機械的なサービスで補っていた。N氏も漏れずに同様である。
いつから、
思考が誘導される。限定された情報が目に前を通り過ぎる。日常的に携帯するあらゆるものの均質化。誰もが似たようなものを持ち、似たようなものを見て、似たような行動をする。それは多様化した概念の氾濫があった昔に、急速に進んでいった限定の圧力がもたらした必然的帰結。
そのときからすでに私たちは技術というものの奴隷に成り果てたようだった。そしてそれはすなわち機械的概念。機械的実存。機械的意識。それが社会のなかで人間の手で浸透していった。それこそさっき彼女が言っていたように、影のうちで秘密裏に進行していった。それも、小児がんのように早く。すい臓がんのように密かに。
技術はそのためにこそあるのだという、そんな理解……
N氏のいまのNTR風俗を利用している現場からリアルタイムで得られる生データを基にアルゴリズムが自動的に何かしらの最適化処理を行い、次回以降のビジネス合理化を検討している過程を見ている読者であれば、それも簡単に理解できるであろう。
もちろん、これは本当であれば見えない。しかし、これは虚構でありアルゴリズムの処理内容を便宜的に垣間見ることができる。ふむふむ。なるほどなるほど。N氏は現在このサービスの第756番目の利用者(重複あり)で、支払額は最高額の20万円。現在の心拍数は160拍/分ほどで、かなりの性的興奮を覚えている模様。No.0047(統計的処理を行うために女の子はナンバリングされている)は予定通り、N氏に合わせた最適な言葉をチョイス。感情を荒々しくさせて、N氏のNTRに関連する複雑な性的感情を増幅させることに成功。それは彼の瞳孔や、発汗、体温変化、呼吸数などの生体情報を入力とした事前学習済みディープニューラルネットモデルによる出力結果から推測可能。その度合としては、利用者275人全体のなかでも8番目に位置している。これは今後も有望。さらにお金を落としていってくれるように、N氏に最適化していると思われる、あらゆる性的サービスを実施。さぁ、開始。
……
……
……
N氏は全てが完璧な【亜由美ちゃん】のサービスに満足している。そしてN氏はすでに、なぜ全てが完璧であるのかについて疑問に思わない。それがサービスであり、お金を払う消費者としての当然の要求ですらあると考えている。
完璧であること。サービスが充実していること。満たされていること。それが当たり前のように、あり触れたものになった世の中。
そこには高度に仕組まれたアルゴリズム的な最適化が含まれている。それはN氏を含めた人々が『なにか』触れるまえから潜んでいて、やっとのことで表出するのは高度に加工された『もの』。言葉。サービス。現象……
あらゆるものに、フィルターがかけられた世界。そこは、どこまでも限定された世界。高度にそれが行われることによって、誰も限定されていると気が付けない世界。
……
……
……
なぜ気が付けないかって?
「ああ、今日も気持ちよかったぁ……」
「またのお越しをお待ちしております」
「これだけあれば、もう何もいらないや」
……
……
……
N氏はふらふらとした足取りで夜の東京に消えていった。
【完】
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