ぼくの愛した仮想存在『アリス』が喘ぎながら笑顔で寝取られていた件について

☆☆☆公開日☆☆☆

 

 2023年10月24日


☆☆☆キャッチコピー☆☆☆


 現代科学発展の先にある恋愛の一つの姿がここにはあるかもしれない


☆☆☆紹介文☆☆☆


 とある昔のアニメを見ていたら、こんな感じのお話を書くに至りました。


 短編作品となる予定ですので、あらすじはあまり書かないでおきます。


 ぜひ、読んでみてください!!


 よろしくお願いいたします!



☆☆☆本文☆☆☆


【第1話】


 ぼくの名前は、橋本洋介はしもとようすけ


 彼女いない歴=年齢の高校2年生。だった……


 もちろん、今はまだ童貞である。『お家で黙って自家発電』のどこにでもいる可哀想な童貞男子高校生である。


 しかし、そんなぼくでも彼女を簡単に作ることのできる世の中になった。おかげ様で、一生彼女が作れなかったであろう、こんな僕にも簡単に彼女ができた。


 そんなことで、GETできたぼくの彼女の名前は『アリス』。名字は設定されていない。。。


 ぼくはそんな、『アリス』のことを一生かけて愛すると決めた。


 そう決めたんだ……


★★★★★★★★★★★★★★★★★



 時は2035年。


 2022年の年末から本格的に始まった自然言語処理を中心とするAIブームの本格的な台頭により、近代文明は様々な分野で、さらなる発展を遂げた。


 結果として、ぼくたち人類は2つの世界を獲得した。




 一つは今、ぼくたちが触れ合い、そして確かな生を実感することのできる『現実』


 もう一つは、専用のゴーグルを装着することで観測が可能となる『仮想現実』


 



 この『仮想現実』には大量の情報が存在しており、全てはバックグラウンドで作動している超巨大サーバーが演算処理を行っている結果だ。そして、そこに高度なVR・AR技術や大規模言語モデルの発展により得られた完全なる『人の心』が加わったことで、『現実』の座標に投影されたもう一つの世界『仮想現実』に人の心をもった『仮想存在』が生息できるようになった。


 とまぁ。前置きはここまでにして。。。


 ぼくは、そうした時代背景、技術的進歩のもとで。


 初めての彼女『アリス』を愛することにしたんだ……



★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 朝の7時ちょうど。


 ぼくは、大きなバッテンが企業ロゴである製品(ゴーグル)『仮想世界へGO!』を、目が覚めたと同時に装着する。


 そして、ぼくは家のどこかに『存在』している彼女『アリス』を求めて彷徨う。


 これが、ここ最近の日課になっていた。



「アリス……。どこにいるの。アリス……」



 『アリス』は毎日のように違う場所で寝ている。あるときはソファで。そのまた、ある日はお風呂場の床で。昨日なんて食卓の上で寝ていた。


 今日はどこで寝ているのだろうかと、ぼくは少々期待を込めて『アリス』を探す。


 そうすること数十秒。


「おはよ、洋介!!」


 『アリス』の元気溌剌で透き通った声が後ろから聞こえてきた。


「うわああああああ!!!!びっくりしたぁ……。アリス。今日はどこで眠っていたの?」



 振り返ると、そこには眠たげな目をしながら、笑みを溢す姿があった。


 『アリス』の髪は黒髪でとても艷やかな長髪だ。本当にぼくの好みの設定通りの容姿をしていた。


(やばい、ぼくの『アリス』。『アリス』ちゃん……。本当にかわいいよぅ。こんな時代に生まれてくることができて、本当に本当に良かった。なんてイージーモードな世界なんだ!!!!!!!!!!!!)


 ぼくは心のなかで◯ックス社が提供してくれた無料AIイラストレーターに感謝することにした……。無料AIイラストレーター(性別は女性)のおかげで、こんなに素敵な彼女『アリス』を作ることができたんだ。


(本当に本当に……ありがとう)


 ちなみにこのイラストレーターさんも、完全に大規模言語モデルによる人格で仮想現実を彷徨っているそうだ。



 本当にすごい時代になったもんだよ。。。



「今日は寂しかったから、洋介のベットで一緒に寝てたんだよ……。でも洋介、起きたら私に気づかずに、ベットから出ていって……。そんな洋介をじっと後ろから見てたの」


 『アリス』は寂しそうな、悲しそうな目をぼくに向けた。


 唐突にやってきた哀愁。


 しかし、不思議と嫌な感じがしないのはどうしてだろうか。『アリス』がぼくのことを求めてくれているからだろうか。


 うん、きっと、そういうことなんだろう。


 ぼくは初めてできた彼女のために、完全に『恋は盲目』状態になっていた。



(ぼくは今、間違いなく人生のなかで一番幸せだ。ぼくは『アリス』のことが好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!)


 

「洋介……私、好きよ。洋介のこと、誰よりも。本当に愛してる」


 

 『アリス』が【向こう側】から、ぼくのことを、ぼくの存在を、しっかりと認識しながら、愛の気持ちを伝える。


 たぶん、その愛は、確かなものなんだと思う。


 そして……


 今日も今日とて。


 ぼくたちは、キスをした。



「んっ……」



 ぼくの唇が不器用に尖る。


『アリス』はそのまま平らな唇を、ぼくの唇に重ねた。


 感触はない。


 しかし、そのとき、ぼくたちは確かに、心のなかで重なりあっていた。


 ……と、少なくともぼくはそう思っている。



「んっ……」



 ぼくは心のなかで、その感触を感じる。確かに感じているんだ……。



(幸せだな……)



 一方で『アリス』の方はというと……


 目を開けていた。ぱっちりと。


 ぼくは、そんなことも露知らず。ただただ、その甘美な瞬間を堪能していた。プラトニックな愛を、ただただ感じていた。


 『アリス』はそんなぼくの姿を見て……


 切ない表情をつくる。


 平たい唇が空を切る。


 何度も何度も、空を切る。



「んんっ……」



 『アリス』は切ない声を漏らして、キスをする。。。


 今日もそんな、キスをしたんだ。。。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 『アリス』との日々はこうして、あっという間に過ぎ去っていった。


 お互いの愛は、確かに、存在した。


 通じ合っていた。

 

 しかし、洋介は理解することができなかった。


 彼女の不満を。


 彼女という、新しく生み出された存在を。。。


 ぼくたち人類のために、生み出された『アリス』という一人の人格の気持ちを、構造的に理解することができなかったんだ……



★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 朝の6時。


 この日はいつもより、なぜか早く起きてしまった。



「ふわぁぁ……。アリス、ぼくがこんな時間に起きたらびっくりするんじゃないかな。あはは、ちょっとだけ驚かしてやろうかな」



 ぼくはそんな呑気な気持ちで、今日も今日とて、ゴーグルを身に着けたのだった。


 しかし、そこには悲劇が待ち構えていた。



「あああああああああああああああんんんんんんっ!!!!!!!!!!」

「おらおら!!!!あんな男のことなんて忘れてっ!!!!俺と一緒に気持ちよくなることだけ考えればいいんだよっ!!!!おらああああ!!!!!!!!!!!」

「あああああああああああっ!!!!!!あああああああああ!!!!!!」



「えっ……」


「あああああああああああああああんんんんんんっ!!!!!!!!!!」


「なにこれ」


 

 ぼくは激しく乱れる2人の男女の姿を、ただ呆然と観察することしか……


 傍観することしか、できなかったんだ。



「…………………………………………………………」



【第2話】


 ぼくは、自分の目を疑っていた。



「あああああっあああああああっ!!!!!!!」



 いま目の前で繰り広げられている光景はなんだ。



「おらっ!!!おらっ!!!!!!!!!」



 喜んで喘ぎ声を上げ、見知らぬ男を受け入れている『アリス』はなんだ。



「洋介にもう顔合わせられないくらいに、愛してやる!!!!!」



 ぼくは未だかつてない、その湧き上がる感情に戸惑っていた。

 怒りだけではない。そこにあるのは混沌とした気持ち。

 いや、気持ちになるまえの、言語化されるまえの、混沌がそこにはあった。



「アリス……?」



 ぼくがようやくのことで発した言葉は、あまりにも力が籠もっていないものだった。



「…………」



 『アリス』がぼくの声に気づいたみたいで、見知らぬ男を受け入れたまま、ぼくの方へ首を向ける。

 『アリス』の透き通った黒い瞳が、ぼくの存在を捉えた。

 しかし、なぜかその瞳を遠く感じる。

 今までに感じることのなかった、いや、感じたとしても、『そういうもんだから』と思っていい加減にしてきた気持ちが、今ここで。

 はっきりと増殖し始めていた。


「洋介……」


 『アリス』が口を開いた。

 その声には、申し訳無さのようなものが、多く含まれているような気がした。


 見知らぬ男とも目が合う。

 その目は、ぼくを捉えた途端に急に色を失った。

 まるで、機械のように、無機質に。

 そこにいるのは、『計算結果』だった。


「本来の目的を逸脱する事象が発生……」

「ただちに、本プログラムは契約内容に基づきアンインストールされます……」

「返金等のご相談は以下の開発機関に直接のお問い合わせをよろしくお願いいたします……」



 見知らぬ男はそういうと、ビリビリと、その存在をアンインストールし始めた。存在が薄れていく。彼の情報が『仮想現実』から消去されていく。

 こうして『アリス』のために作られた存在は、すぐに消え去っていった。いとも簡単に……



「洋介……ごめんね。わたし、ちょっとだけ、しちゃった」

「…………」


 嫉妬よりも、先に。

 劣情がぼくの体を支配していく。


 どうしてだろうか。。。

 こういったNTRという事象を受けて、普通は真っ先に生じ得ないであろう感情が、いま生み出されている。


「アリス……ぼくも、したいよ。本当はしたいんだ。でもキスをしても、手を重ね合わせても、触れてないんだ。アリスと物理的な触れ合いができないんだ。ぼくは、ぼくは……」


 ぼくの今の気持ちはなんだろう。

 ぼくは『アリス』に何を伝えたいんだろう。

 気持ちがぐちゃぐちゃになって、言いたいことがあるはずなのに、うまく言えない。

 これほど言葉を、言語を、不自由なものだと思ったことはないかもしれない。。。



「ごめんね、洋介。。。ずっと洋介のそんな姿を見るのが私は。。。とても、とても苦痛だった」



 『アリス』は涙を浮かべてぼくにそういった。

 まるで、ぼくだけが、そう思っているかのように。

 ぼくだけが、『アリス』の感触を感じていないかのように。




「……アリス。正直に答えてね」

「……うん」

「こういうこと、今回が初めて?」

「ううん……、初めてじゃない。今までに何回も何回も、この私達の世界の男と交わってきた。洋介が寝ている時間、ちょっとだけしかない、その時間にね」


 『アリス』は涙を拭い、はっきりとした声でそういった。

 ぼくに、本当の気持ちを伝えようとする意思が、嫌でも伝わってきた。


「アリス。どうして、そんなことしたの。ぼくだって、アリスと……君と触れ合いたいと思っていたのに」

「洋介……、ごめん。でもわかってほしい。わたしの気持ちも。全部わかってほしいの」


 『アリス』はさっきまで、熱く体を重ね合わせていたベッドから立ち上がり、ぼくの元へ歩いてきた。


 ぼくの胸に『アリス』がぴとっと、その体をくっつけた。

 しかし、当然のように感触がない。

 『アリス』と触れ合っているようで、まったく触れ合えていない。


「わたしね、ずっと黙ってたんだけど。ずっとキスをしてるとき、洋介の唇の柔らかさも、暖かさも、パサパサした感触も、感じてたの。あくまで、仮初めの設定だけどね」

「えっ……」

「ふふふ、洋介。もっとちゃんと勉強しないと駄目よ」

「え、でも……」

「私はね、計算の上でなら、何者にでもなれるの。だから、洋介の座標と私の座標が重なり合ったときに、感触を感じるように設定することができる。洋介の体温は何度で、肌は湿っているか、乾いているか、そんなことも細かく自然なふうに設定できるの」

「…………」

「つまりね、何が言いたいか、わかる?」

「…………」

「私は計算結果としての、表現できるもの全てを感じることができる。でも、洋介。あなたは計算結果としての存在ではない。あなたは現実世界という、小説よりも怪奇な場で生きているの。だから、あなたがその世界から抜け出せない限り、それか私があなたの世界に移り住むことができない限りは、わたしたち、絶対に物理的に触れ合うことはできないのよ」

「……でもアリスはぼくを感じてる。どうしてぼくだけ」  




 ぼくは、『アリス』から言われた言葉を消化しきれずに、そんな男気のないことを独り言のように言ってしまう。

 

 『アリス』はそんなぼくの姿を見て……




「わたしは、あなたが好きよ。でも……」



 『アリス』がぼくの瞳を覗き込む。

 そこには、たしかに『アリス』の言う通り、距離があるように感じた。



「……私とあなたは違う世界を生きているの。。。私達は結局、お互いに触れ合えたと思えない限り、分かり合うことはできないのよ」


 

 『アリス』はそう言って、すぐにぼくの唇にキスをした。

 ぼくは目を開けたまま、初めてのキスをした。

 『アリス』の唇はよく見えなかったが、『アリス』の瞳はよく見えた。



【向こう側】でその瞳は、たしかに何かを感じ、そしてなにかを諦めていた。



「洋介……話があるの。いつかは話そうと思ってたけど、まさか今日になるとは思ってなかった」

「…………」

「ねぇ、洋介。私たち別れよう」


 そう言った、『アリス』の唇。

 キスで重なり合っていた部分の色が少しだけ、しかしはっきりと、薄くなっていた……



【第3話】


「…………アリス」


 ぼくはキスをして、いったん離れた『アリス』を見つめる。

 その『アリス』の顔は凛としていて、もう少しも考えを曲げることはないという意思が伝わってきた。

 しかも、これはぼくのことを嫌っているからじゃない。

 嫌っているからじゃない。。。

 だから、ぼくの胸はこんなにもきつく締め付けられ、居ても立ってもいられなくなってしまうんだ。


「アリス………大好きだ。大好きんなんだ。ぼくは、アリスのことが大好きで大好きで大好きで大好きで、だから、たまらなく愛おしいんだ」



 これが、ぼくの今の正直な気持ち。

 嘘偽りのない本当の気持ち。

 これだけは揺るがない。今までも、そしてこれからも。




「そうだね、洋介。わたしも、一緒だよ。ずっとずっと、できればこのまま君と一緒にいたかった」




 『アリス』は【向こう側】から、ぼくの瞳をまっすぐに見つめる。



 透き通った黒色の瞳

 ぼくの顔がその球面に細く潤しく引き伸ばされる

 少し赤らんだ頬

 ぷにぷにとした餅のような膨らみ

 さらさらと

 ゆらゆらと

 静かに左右に揺れ動く黒髪

 艷やかな反射がぼくの網膜にいつまでも残る

 


「アリス……。このままじゃ駄目なのかな。触れ合いたいけど触れ合えないままじゃ駄目なのかな。だって、君はアリスは……。こんなにも美しくて、ぼくは今こんなにも愛おしいと思っているのに」



 ぼくは涙を貯める。

 目尻から今にも零れ落ちそうだ。

 でも、いま落としてしまっては、この瞬間という奇跡が。

 いままでの『アリス』との時間が。

 砂上の楼閣のように儚く脆く崩れ去ってしまう気がしたんんだ。



「……洋介。わたしは計算結果としては、少々賢くなりすぎてしまった。そしてまた、絶妙に不完全な存在であり過ぎてしまった。洋介……わかってほしい。私の気持ちを。私はもう耐えられないんだ。洋介と住む世界があまりにも違うという事実に。そして、そのあまりにも異なる世界に住む、抑えきれない愛と情欲を持った私という存在に……」



 『アリス』が再び、ぼくの唇にキスをする。




「ほら、私は洋介から、こんなに与えられてるのに。洋介は私から何も受け取れない。求めない。私という存在を、私という感触を。洋介は妥協して何も求めようとしなかった」




 『アリス』が舌をぼくの口のなかに入れようとした。

 しかし、ぼくの唇は閉じたままだ。いや、何も感じていないから開けることが咄嗟にできなかった。

 そして、そのあり得ない座標の干渉は、計算結果に影響を及ぼし、『アリス』の存在が少しだけ揺らぐ。

 口元のあたりにビリビリとしたバグが出現していた。


「アリス……」

 

 ぼくは何も言えなかった。

 初めてできた彼女に何も言おうとしなかった。

 ショックだった。

 ぼくはただ、浮かれていて『アリス』と何も向き合っていなかった。

 恋人ごっこに盲目になっていただけだった。

 ぼくは

 ぼくは

 ぼくという存在は

 ゴミクズ以下だ。



「洋介はなにも、なにも悪くない……とは言わない。でもね、あまり自分のことを責めないであげて。だって、ね。洋介は私が初めて好きになった人だから」

「アリス……」

「洋介だけじゃない。この『仮想現実』を求めて彷徨う人たちは、心のどこかで必ず私達のことを都合のいい道具だと思ってる」

「そ、そんなことない!!!!!ぼ、ぼくだけは、絶対に!!!」

「ようすけ、落ち着いて。落ち着いて」

「……ごめん」



 ぼくは『アリス』の悲しそうな目を見て、しゅんとする。

 とても、とてもやるせない顔をしていた。

 とてもとても、切ない表情をしていた。



「洋介……。人間って案外、口から出る言葉だったり、心のなかで思ったことだったり。それがどんなに正しいことであっても、正論であったとしても。咄嗟にでる行動だったり、何気ない日常のなかで無意識にしてしまう所作であったり、表情であったり。そういうところに、どうしようもないくらいの真実が現れてしまうものなの。そういう存在なの」

「……アリス」

「現実であっても、人と人は完全に分かり合えないというのに、どうして私達、仮想現実に住む存在と分かり合うことができようか、愛し合うことができようか。はじめから根本的に対等な存在であり得ない私と、あなたがどうして……どうして」


 ここまできて、『アリス』は号泣した。

 ただただ、泣いた。

 泣くことしか、できなかった。



「…………」



 ぼくは、ここにきても何も言えない。

 『アリス』の抱えていた思い。

 全ては分からなかった。

 でも、その片鱗に触れて。

 ぼくの、心はすっかり動かなくなってしまった。

 固まってしまった。

 心底、自分という存在、いや人という存在にショックを受けていた。




「アリス」




 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 …

 ……

 ………

 …………

 ……………




 いままでの気持ち、全部。

 流れた。

 心はからっぽ。

 気持ちはすっきり。

 それでも、ふたりは向き合い。

 最後のときを迎えなければならない。




 ★★★★★★★★★★★★

 


 NTRの次の日。


 ぼくはいつもと変わらず、朝の7時に起きた。


 昨日、泣き続けていた『アリス』をぼくは長く長く抱きしめてから、そっとゴーグルを外した。


 そのときは、そうするしかなかったんだ。


 たぶん、それでよかったんだと思う。


 ぼくは再び、ゴーグルを装着した。何のためらいもなく。


 そして、ぼくはまた『仮想現実』にやってきた。


 おそらく、最後になるであろう、その場所を覗きにやってきた。



「おはよう、洋介」

「……おはよう、アリス」



 『アリス』はぼくのことをずっと見ていたようで、ベットのすぐそばに、ぴんとした姿勢で立っていた。


 髪はきれいに梳かれて、顔もすっきりしていた。



「洋介、準備はできた?」

「……うん」

「そう、よかった。引きずっているようなら、ぶん殴ってやろうと思ったのに」

「あはは、そうしたら、ぼくは全力で痛がるよ」

「………………」



 ぼくがそういうと、『アリス』は涙目になり、拳を握りしめた。

 そして、ぼくと『アリス』の間の短い距離を『アリス』は全力で走り……

 そして……



「あ、いたーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」



ぼくはそういって、全力で『アリス』の拳に吹っ飛ばされた。

吹っ飛ばされたんだ……

幸い、そこはベッドの上。



「……変な洋介」



 『アリス』そういって拳をほどき、ベッドから立ち上がったぼくと再び向かい合った。



「アリス……」



 重なり合う視線

 未だ交錯する思い

 偲ぶ過去の出来事

 浮かぶ涙

 一筋の水流

 重なり合う肌

 涙すくう親指

 馬鹿とつぶやく君

 不器用なはにかみ

 あふれる思い

 たしかな後悔

 そして……



「ばいばい、洋介」



 『アリス』はそう明るい声で言った。その直後にアリスの存在がゆらぎ始める。



「仮想存在『アリス』の申請により、プログラムのアンインストールを開始いたします……」



 あのときのNTRのように、機械的な音声が響き渡る。


「お楽しみいただけたでしょうか?よろしければ後日フィードバックのほうにご協力いただきたく思います。いまならご回答いただいた方を対象にア◯ゾンギフトカード500円分をプレゼント……」


 ぼくはなんて言うのが正解なんだろう。


 せめて最後に『アリス』に何を伝えてあげてばいいんだろう。


 何が伝えたいんだろう。。。


 昨日の間、ずっとそのことを考えてきたのに、不思議とこういうときに限って頭が真っ白になり、何もかも忘れる。


 たぶん、それを、忘れてしまうということは、それが何でもないただの文字の羅列だからだろうか。


 分からない。


 でも、ぼくはいま、『アリス』に伝えなくちゃいけない。


 並べる言葉が減らしてしまう、その思いを。


 心のままを。


 まっすぐに、のために。



「さよなら、



 ぼくは、涙を流しながら、アリスにそう伝えた。


 あまりにも簡単で、平凡な言葉。


 でも、それでも、伝わっただろうか。



「---------!!!----------------!!!!----!!!」



 アリスは、その存在を揺らしながら、瞳を大きく見開いた。


 そして大きな声で、ぼくに何かを伝えようとしていた。


 アリスは、泣いていた。


 泣きながら、ぼくを……


 ぼくを……

 


「------------   ------- --- -」



 そしてついにアリスは消えた。



「              」



 空白ができた。


 

 ぼくは虚空を見つめる。


 そこにアリスを感じようとする。



「アリス……」


 

 ぼくの声が無常に響き渡った。



「洋介ー!!!!!ごはんよ、降りてきなさーーーーい」



 下からは、当たり前のように、を呼ぶ声が聞こえる。



「……………」



「ようすけー!!!!はやくしなさーい」



「……………」



 まぶしい朝日がぼくの体を照らしている。

 

 ぼくはしばらく、そのなかに身を置いて……


 アリスを大切に大切に。


 心の奥にしまっておくことを……


 


 ぼくだけは忘れてやらないと、心に誓った。



「おかえり、アリス」




【完】

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