3.――「侑誠さんは、いつもああいう感じなんじゃないんですか?」
「お、おおおはよう、流華!」
「ええと、おはようございます、侑誠さん」
退院後。
普通に生活するぶんには問題ないと判を押された私は、日常に復帰することとなった。
つまり、学校生活の再開である。
事前に、同じ高校に通っているらしい侑誠さんから、学校での修学状況を教えてもらい、自室にあったノート類を見返してみた感じ、勉強内容にはついていけそうではあった。先生方にも事情は説明してあるし、学校の場所もスマホの地図アプリで確認すれば問題ない。
しかし、通学初日の朝。
インターホンが鳴ったかと思えば、侑誠さんが玄関先に立っていたのである。
「学校まで、一緒に行こう」
「……良いんですか?」
「婚約者なんだから、当然だろ」
「はあ……」
そういうものなのだろうか。
よくわからないが、そういうものなのだろう。
あまり深く考えず、私は準備を整えると、侑誠さんと学校へ向かうことにした。
「流華はこっち。道路側は危ないから」
「はあ……」
侑誠さんは、終始周囲を警戒しているようだった。
恐らく、私がひったくりに遭った挙げ句、頭を打って記憶喪失になってしまったが故なのだろうけれど。そう何度もひったくりに遭遇するわけもないだろうに、とても熱心な人だ。或いは、それだけ私が彼に愛されている証左なのかもしれないのだけれど。如何せん、記憶がない私は理解に苦しんでいる状態だ。
現状では、私から見た侑誠さんは、熱い人、という印象である。
「流華のクラスはここ、二組な。席は窓側の前から三番目だから」
「ありがとうございます。それで、侑誠さんの席はどこなんですか?」
あっという間に学校へ到着し、教室まで案内してもらってしまった。
流れるように席まで教えてもらったから、同じクラスなのだろうと思って訊いてみたのだが、何故か侑誠さんは硬直してしまった。
「い、いや……僕は六組だから……その……」
「そうなんですね」
硬直してしまった理由はわからないけれど、普段から互いのクラスを行き来していたのであれば、当然なのだろう。本当に仲良しだったのだなあ、と思う。記憶を失くしていることが本当に申し訳なくなってくる。早く思い出さないと。
「それじゃあ、昼休みになったら迎えに来るから」
「はい?」
「一緒に、学食で食べよう」
「わ、わかりました」
たぶん、いつもそうしているのだろう。
そう思って頷き、侑誠さんとは一旦別れ、自分の席へと向かった。
「流華ちゃん、櫨原君と一緒に来たの?!」
「櫨原君どうしちゃったの?!」
「なにあれ、頭でも打った感じ?」
席に着くなり、クラスの女子たちに囲まれてしまった。
「あ、いや、ええと……」
先生から事前に、私の記憶喪失についてはクラスメイトに説明をしておくという話は聞いていた。だから、困っていることがあれば気兼ねなくクラスメイトを頼ってほしい、と。
しかしどういうわけか、クラスメイトは困惑した様子で私を取り囲んだではないか。
私も同様に困惑しつつ、今朝の経緯を説明する。
「えー、マジ?」
「急にどうしちゃったんだろ」
「本当に櫨原君は頭打ってないの?」
が、クラスメイトはいまいち納得していない様子だった。
記憶を失った私より、侑誠さんのほうに違和感があるとは、どういうことなのだろう。
「侑誠さんは、いつもああいう感じなんじゃないんですか?」
「違うよー。いつもはもっと、つっけんどんな感じ」
「朝だって、一緒に来たことなんて一度もなかったよ」
「お昼も二人が一緒に食べてるの見たことないよ」
クラスメイトの話を聞いて、私は考える。
もしかして、記憶を失う前の私は、相当な性悪だったのではないか。だから、あんなに優しくしてくれる侑誠さんの私への態度もつっけんどんであった……とか。しかし、それなら今の私にだって関わりたくないだろうに。侑誠さんは、本当に優しい人なのだなあ、なんて感想に落ち着いてしまう。
そうだ、昼休みになったら、記憶を失う前の私について訊いてみることにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます