第21話

《sideクララ》


 暗い地下室に足音が響く。遠くから聞こえてくるその声、耳を澄ませば、確かに聞き覚えのある声だと気づく。


「ジャック様…?」


 私は体を起こし、胸が高鳴るのを感じた。彼が近くにいる。私を助けに来てくれたんだと、一瞬だけ希望が胸に湧き上がった。


「ジャック様! ここです、クララです!」


 声を張り上げ、扉を叩いた。必死に声を届けようとするが、その声は地下室の冷たい空気に吸い込まれていく。


 彼の声はどんどん遠ざかっていく。どうやら、こちらには気づいていないようだった。


「嘘でしょ…」


 力が抜け、膝から崩れ落ちた。ジャック様がすぐそこにいるのに、私の声が届かないなんて…。こんなにも無力で、頼りないなんて、思いもしなかった。


「もう、だめかもしれない…」


 私の心が絶望に沈む。ジャック様が近くにいるのに、私を見つけてくれない。これで終わりなのだと、希望が完全に断たれた瞬間だった。


 その時、重い扉が開き、入ってきたのはカルトン司祭だった。彼の太った顔には冷酷な笑みが浮かんでいる。


「さて、今日はどう楽しませてもらおうか」


 彼は低い声で言いながら、隅に押し込まれていた獣人の女性に近づく。彼女は鎖に繋がれ、怯えた瞳で司祭を見上げていた。


「お前たちには、俺の教えをしっかりと叩き込んでやる必要がある」


 カルトン司祭は、太い手で鞭を取り出し、冷酷な笑みを浮かべながら振り上げた。


「やめてください…お願いです」


 私は震える声で訴えたが、司祭は全く聞く耳を持たなかった。彼は躊躇なく鞭を振り下ろし、獣人の女性に痛みを与え続ける。その苦痛の叫び声が地下室に響き渡り、私の心にさらなる絶望をもたらした。


「どうせ、お前も同じ目に遭うのだ」


 カルトン司祭は邪悪な笑みを浮かべ、私に近づいてきた。その手が私に向けられ、鞭が振り上げられる瞬間、扉の向こうから飄々とした声が響いた。


「なんだか、楽しそうなことをしているみたいだね」


 その声に、私は驚きと共に顔を上げた。


「ジャック様…?」


 その声は確かにジャック様のものだ。しかし、彼はどうやってここに来たのか? そして、どうして今ここに…?


 カルトン司祭も驚いて振り返り、その顔には焦りの色が浮かんでいた。


「お前…ここで何をしているか分かっているのか?」


 カルトン司祭は怒りと焦りの入り混じった表情でジャック様に詰め寄ったが、彼は飄々とした態度で応じた。


「いやいや、カルトン司祭。俺はただ、地下でどんな楽しいことが行われているのか見に来ただけさ」


 ジャック様の言葉に、私は安堵と共に涙を流した。彼が来てくれた。彼は私を見つけてくれたのだ。絶望の中に一筋の光が差し込んだ瞬間だった。


 ジャック様がここに来てくれたことで、私は再び希望を持つことができた。そして、彼がこの状況を打開してくれると信じていた。


 ジャック様はその飄々とした態度を崩すことなく、カルトン司祭に向かって一歩近づいた。彼の背後には、頼もしい仲間たちが続いている。ハロルドとアマンダ、さらに数人の商人たちも一緒だった。


「こんな地下室で、隠れて悪事を働いているとは、俺は少し驚いたよ。アンブラ教の司祭ともあろう方が、ね」


 ジャック様は冷静な声で言い放ち、その言葉がカルトン司祭の顔に明らかな動揺を走らせた。


「何を言っている! ここは聖なる場所だ! この部屋にいること自体が許されない行為だと知っているのか!」


 カルトン司祭は焦りからか、声を荒げて弁解しようとしたが、その時、ジャック様は部屋の隅に視線を移し、震えている獣人の女性に目を留めた。


「聖なる場所だって? でも、その聖なる場所で、こんなことが行われているとは、思ってもみなかったな」


 ジャック様の声は今までとは違い、冷たく鋭い響きを帯びていた。その言葉にカルトン司祭は言葉を失い、後ずさりする。


「クララ、この部屋を出るんだ。今すぐに」


 ジャック様が冷静に私に命じた。私は彼の言葉に従い、力の入らない足をなんとか動かして部屋を出ようとしたが、その時、カルトン司祭が急に叫び声を上げた。


「黙れ! この愚か者が! お前のような下賤な者が、我がアンブラ教を侮辱することは許されない!」


 カルトン司祭はジャック様に向かって突進しようとしたが、すかさずハロルドがその動きを封じ、司祭を床に押し付けた。


「おいおい、落ち着けよ。ここで暴れても、お前の悪事が余計に広まるだけだぞ」


 ジャック様は軽く肩をすくめながら言い放った。その言葉にカルトン司祭は激しく歯ぎしりをしながらも、どうすることもできなかった。


 アマンダが私に近づき、優しく肩に手を置いてくれた。その温かさに、私は少しずつ力が戻ってくるのを感じた。


「ジャック様…」


 私が震える声で彼の名前を呼ぶと、ジャック様は優しく微笑んでこちらを見つめた。


「クララ、大丈夫だ。もう怖いことは何もないよ」


 ジャック様の言葉は、まるで魔法のように私の心を落ち着かせた。彼がこの場に来てくれたことで、私は再び希望を取り戻すことができた。


「さて、カルトン司祭。この状況をどう説明するつもりだい? 今回のことは、アンブラ教全体に関わる大きな問題になりそうだが」


 ジャック様は冷静に問いかけたが、その声には厳しさが込められていた。その場にいた商人たちもまた、司祭の悪行を目の当たりにし、厳しい視線を向けていた。


「アンブラ教は、正義のための宗教だと聞いていたが、どうやらそれもただの噂に過ぎなかったようだね」


 ジャック様の言葉に、商人たちは頷き、カルトン司祭を非難する声を上げ始めた。


「これで終わりだ、カルトン司祭。お前の悪事は全て暴かれた」


 ジャック様は冷酷に言い放ち、その言葉にカルトン司祭は絶望の表情を浮かべた。


「お前はもう、この領地で好き勝手に振る舞うことはできない。覚悟しておけ」


 ハロルドとアマンダはカルトン司祭を取り押さえ、地下室の外へと連れて行った。その光景を見ながら、私はジャック様の横顔を見つめた。


 彼の冷静さと、私たちを守るための強さに、改めて感謝の念が湧き上がった。


「ありがとう、ジャック様…」


 私は涙ぐみながら彼に礼を言うと、ジャック様は微笑んで頷いてくれた。

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