第20話
《sideジャック・リバー》
「ハァ〜面倒だな〜」
僕はクララに激しく怒られた後、彼女の頑張りを無碍にしてしまったことは申し訳ないと思って、重い足取りでアンブラ教会へと向かった。
正直、宗教にはあまり興味がないが、クララの怒りを鎮めるためには行動するしかないよね。
ここに来るまでに商人からクララが教会に入ったと聞かされた。
教会の、重厚な扉の前で一瞬立ち止まり、深呼吸をしてから中へと足を踏み入れた。
「どうも、領主のジャック・リバーです」
「これはこれはようこそ、アンブラ教会へ。ジャック様」
入口で待ち構えていたカルトン司祭が、にやりと笑って僕を迎えた。
彼の肥え太った体は、どう見ても苦しんでいる領民たちとは対照的だ。クララは教会に来たと聞いていたが、彼女の姿は見当たらない。
「カルトン司祭、話をしたいんだけどいいかな?」
「もちろんです」
僕はわざと穏やかな声で話を持ちかけ、彼に近づいた。表向きは笑顔を浮かべているが、腹の底では何かがおかしいと感じていた。
「いやいや、ジャック様。若さゆえの情熱というものは、理解できるものです。私も少々大人気なかったと思っていたのですよ」
カルトン司祭は朗らかに笑いながら、僕に手を差し伸べた。その手は肉厚で、僕はそれを握りると、力強く返してきた。
「カルトン司祭が大人な方で助かるよ。ところで、クララがこちらに来たと聞いているのですが、彼女の姿が見えませんね」
さりげなく彼女の所在を尋ねた。司祭の表情が一瞬だけ曇ったが、すぐに笑顔に戻った。
「クララ様は少し休まれています。信心深い彼女は、今回のことで心を痛め、謝罪にこられていたのです。ご心配には及びません」
その答えに、僕はますます疑念を深めた。
ここで問い詰めるわけにはいかない。
僕は一歩下がり、教会の内部を見渡した。
「そうですか、それならよかった。それにしてもとても立派な教会ですね」
「はは、古いだけですよ」
「せっかくの機会ですから、教会の内部を少し見学させていただけますか?」
僕はわざと興味を示すふりをして尋ねた。カルトン司祭は一瞬考える素振りを見せたが、すぐに頷いた。
「もちろんです。アンブラ教の教えを知っていただけるのは、私たちにとっても喜ばしいことです。どうぞ、こちらへ」
司祭は僕を案内するために先導し、教会の奥へと進んでいった。重厚な扉が開かれ、厳かな雰囲気の礼拝堂が目の前に広がった。壁には美しいステンドグラスが輝き、神聖な光が降り注いでいる。
「素晴らしいですね、この教会は」
感嘆の声を上げながら、司祭を褒めた。彼は満足げに頷き、教会の歴史について語り始めた。
「この教会は、アンブラ教の信徒たちの努力によって建てられたものです。何世代にもわたって受け継がれてきた信仰の証です」
その言葉を聞き流しながら、僕は周囲を注意深く観察していた。クララがどこにいるのか、そして、なぜ彼女が見当たらないのかを探るためだ。
「この礼拝堂は、まさに信仰の中心地です。ここで信徒たちは、日々祈りを捧げ、神のご加護を願っています」
カルトン司祭は僕の反応をうかがうように言葉を続けた。僕はあえて無邪気な様子で感心しながら話を聞いていたが、心の中では別のことを考えていた。
「素晴らしい教会ですね。ところで、クララ様はどのような場所で休まれているのでしょうか? ぜひ、お会いして謝罪を伝えたいのですが」
僕は再びクララの所在を尋ねた。司祭は少し苛立った表情を浮かべたが、それをすぐに隠して答えた。
「クララ様は別室で休まれていますが、今はお静かにされている方がよろしいでしょう。お疲れのようですから、しばらくお待ちいただけますか?」
その言葉に、僕はさらに疑念を深めた。何か隠されていることは明らかだったが、強引に押し進めるわけにはいかなかった。
「それなら、仕方ありませんね。クララ様が目を覚ましたら、ぜひお会いできるようにお願いします」
穏やかに微笑みながら答えたが、心の中では何か違和感を覚えていた。
「では、ジャック様。どうぞこちらへ。教会の地下にある貴重資料があります」
司祭は突然、地下への階段を指し示した。その提案に、俺は警戒しながらも頷き、彼についていくことにした。
「ぜひ見せていただきます。アンブラ教の歴史を学ぶのは興味深いですね」
そう言いながら、地下への階段をゆっくりと降りていった。暗くひんやりとした空気が漂う地下室に足を踏み入れると、カルトン司祭はさらに奥へと進んでいった。
「ここには、代々の司祭が記録してきた重要な文書や、信徒たちが寄贈した貴重な品々が保管されています」
司祭が誇らしげに語る中、僕は周囲を見回していた。その時、何か異様な音が聞こえてきた。かすかな呻き声のような、それでいて不安をかき立てるような音だ。
「ん? 今、何か聞こえませんでしたか?」
僕は司祭に尋ねたが、彼はすぐに答えた。
「ただの風の音でしょう。この地下は少し古いので、音が反響することもあるのです」
その言葉に、僕は頷いたが、疑念は晴れなかった。やはり、何かが隠されている…。
慎重に周囲を観察しながら、司祭の後を追った。
「いかかですか?」
「地上だけでなく、このように地下にも歴史が詰まっているのです」
「教会とは歴史そのものなんだね」
「はい。その通りです。以上が、我が教会の全てになります。あとは教会の者が寝起きする居住区だけです。そちらでクララ様もお休みになられております。随分とお疲れの様子なので、朝までは目を覚まされないでしょう」
ここまで怪しいところは存在しない。
むしろ全てを曝け出している様子が怪しくも見えるが、これ以上は詮索するのが難しい。
「そうだね。夜に押しかけて案内までしていただきありがとうございます」
「いえいえ、アンブラ教のことを理解していただき、今後も良きお付き合いができれば幸いでございます」
教会の入り口まで見送られて、僕は教会を出た。
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