第19話

《side司祭カルトン》


 ワシはアンブラ教の教会に戻ると、怒りに燃えたまま祭壇の前に立った。


 ジャックという若造が、ワシに対してあんなにも無礼な態度をとるとは思いもよらなかった。あの男、ただの領主であるくせに、アンブラ教の権威を理解していないようだ。


「まったく、けしからん。愚か者め…」


 ワシは震える手で祭壇の上に置かれた聖杯を握りしめた。


 あの男が獣人を保護するなど、考えられない。獣人など下等な存在であり、我々アンブラ教の教えに背く者だ。彼らは我々の信仰を汚す存在であり、けがらわしい異教徒でしかない。


「許せん…。何としても、あの男を失墜させねば…」


 そう考えながら、ワシは教会の地下へと足を進めた。


 教会には、秘密部屋が存在する。


 そこには信徒たちから巻き上げた全てが隠されている。貧困に喘ぐ領民たちを無視し、我々アンブラ教が長年かけて築き上げた富と食料、酒が大量に貯蔵されているのだ。


 地下に降りると、冷たい空気がワシの顔に触れる。


 そこには暗い中でも煌々と輝く燭台が並び、奥に進むと巨大な樽が幾つも積み重ねられていた。食料も貯蔵されており、貧困に苦しむ領民たちには想像もできないほどの豊かさが、ここに隠されている。


「ふん、これが真実だ。誰もワシたちの富を奪うことはできん」


 ワシは満足げに微笑んだ。これらはすべて、領主が滅びる前から、信徒たちが我々に献上したものだ。アンブラ教が繁栄するために、領民たちの犠牲が必要なのだ。


 だが、あの若造…ジャック・リバーが邪魔をするなら、ワシはあらゆる手段を使って奴を排除するしかない。


 そうだ、革命家ゴンザレスを利用して、領内に混乱を引き起こせば、彼の立場は一気に危うくなるだろう。


「ゴンザレス、あのゴリラ顔の革命家を上手く使うとしましょうか?」


 ワシはどうやってジャックを貶めるのか、そんな楽しい思考を巡らせながら地下の奥へと進んだ。


 そこには、鎖に繋がれた獣人の女性が怯えた様子でうずくまっていた。彼女は俺の足音に気づき、顔を上げるが、その目には恐怖しか浮かんでいなかった。


「このけがわらしい獣め…」


 ワシは彼女に近づくと、かけられていたムチを手に取って、その顔を乱暴に引き上げた。彼女の耳が震え、怯えた様子でワシを見つめているのが、かえってワシの猜疑心を掻き立てる。


「お前のような存在が、我々の領土に踏み込むことは許されん」


 ワシは冷酷な笑みを浮かべ、力任せに彼女を蹴り飛ばした。


 獣人の女性は痛みに耐えきれず、苦しそうに声を上げたが、ワシは一切の情けをかけない。


「お前もこの領地と共に滅びる運命だ」


 ワシは彼女に冷たく告げた後、満足げに笑いながら地下の部屋を後にした。


 ジャック・リバー…あの若造には、ワシの怒りと恐怖を思い知らせてやる。ワシの手の中で、奴の未来は滅びるのだ。


 ♢


《sideクララ》


 私は今日、カルトン司祭に謝罪するために、アンブラ教会へ足を運んだ。


 ジャック様が怒りを見せ、司祭を追い返したことに、私は驚きと失望を隠せませんでした。アンブラ教は私が長年信仰してきた宗教であり、その司祭に対する無礼な態度は、許されるべきではなかった。


 孤児として苦しんでいた私に食料を提供してくれたのはアンブラ教だった。


 貧しくて、領民が苦しい時に食料をくれた。


 教会に到着すると、司祭様は私を見て一瞬だけ不機嫌そうな顔をした。


 だけど、彼の太った顔はすぐに優しく笑った。


「これはこれは信徒クララ、どうしました?」

「カルトン司祭様、ジャック様が無礼を働いたこと、心からお詫び申し上げます。どうか、彼をお許しください」


 私は頭を深く下げ、誠心誠意を込めて謝罪した。しかし、司祭は私の謝罪をあまり聞いていないかのように、部屋の中を歩き回っていた。


「あなたが骨を折ってくれたことは認めますが、あの若者には私の、いえ神の声は届かないようです。悲しいことです」


 カルトン司祭は悲しそうに言い放ち。私の胸も痛みました。


「それでも、司祭様、どうかもう一度、ジャック様とお話ししていただけませんか。彼はまだ若く、領主としての自覚が足りないのかもしれませんが、きっと誠意を示してくれるはずです」


 私は必死に説得しようとしたが、司祭様は渋い顔をしたままだった。

 司祭様の態度に焦りを感じながらも、何とか彼の信頼を取り戻そうと努力を続けます。


「どうか、お願いします。我々リバー領を見捨てないでください」

「信徒クララ、あなたは本当に信じ深い。そうですね。明日の夜、あなたが私の元に一人でくるのであれば、もう一度考えて見ましょう」

「えっ? 夜に一人でですか?」

「そうです。意味は分かりますね」


 正直に言えば、意味は理解できなかった。

 

「あなたの気持ち一つで、考えてみましょう。しかし、ジャック様が本当に改心するまでは、この教会への出入りは控えていただきます」


 そう言うと、司祭様は私に背を向け、地下室の扉の方へと歩いていった。


 その姿を見て、私はどうすればいいのかわからなくて、司祭様に問いかけた。


「カルトン司祭、あの…地下室には何があるのですか?」


 私は思わず尋ねてしまった。司祭は一瞬動きを止め、振り返って私を睨んだ。


「これは信徒には関係のないことです。あなたは帰りなさい」


 その冷たい一言に、私は一度引き下がるべきだと自分に言い聞かせた。しかし、何かが引っかかる。司祭の背後で開かれた扉から、何か異様な気配が漂っているように感じたのだ。


「すみません、少し休ませていただけますか? 少し頭痛が…」


 私は突然の頭痛を装い、司祭様が扉を閉めるのを見計らって、その場を去るふりをした。しかし、教会の一角に隠れて、司祭様の行動をじっと観察することにした。


 カルトン司祭様が再び扉を開けて地下室に入って行った。


 その隙をついて私は静かに後を追った。扉が閉まる前に、私は身を滑り込ませ、地下室の暗がりに潜んだ。


 地下室はひんやりとしていて、湿気が漂っていた。薄暗いランプの灯りがかすかに床を照らし出しているだけだったが、私はその奥で目にした光景に息を呑んだ。


 そこには、信徒から巻き上げたであろう大量の食料や酒が山積みにされていたのだ。信仰に基づいて集められたはずの供物が、まるで司祭自身のために保管されているかのようだった。


「これは…どういうこと…?」


 私は震える手で壁を伝いながら、さらに地下室の奥へと進んだ。すると、暗がりの中にもう一つの扉があり、その向こうからかすかに声が聞こえてきた。


 恐る恐る扉を開けると、そこにはさらに衝撃的な光景が広がっていた。司祭が、奴隷として扱っている獣人の女性に対し、暴力を振るっていたのだ。


 彼女は涙を流しながらも声を上げることすらできない様子で、司祭の虐待に耐えていた。


「これが…アンブラ教の…司祭…」


 あまりのショックに言葉を失った私は、その場に立ち尽くしてしまった。カルトン司祭は私に気づくことなく、暴力を続けている。


 このままではいけない。私は震える足を動かし、その場を離れる決意をした。


 何としてでも、この事実をジャック様に伝えなければならない。


 ガタン!

 

 私は足元に落ちていた木を蹴飛ばしてしまった。


 その瞬間、司祭様の恐ろしい瞳がこちらを見た。


 私は急いで、教会を後にするために走り出していた。

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