第16話

 リバー領は少しずつだが、確実に発展していた。農地の整備や市場の活性化、そして領地全体のインフラ整備が進み、領民たちの生活も改善されつつあった。


 その一方で、僕はあまり手を動かすことなく、日々をのんびりと過ごしている。


「ジャック様、今日も見回りですか?」

「うん、そんなところ」


 僕は微笑みながら、作業に励む領民たちの様子を眺めていた。彼らは汗を流しながら一生懸命に働いているが、僕はその風景をただ眺めているだけだ。


「ジャック様、こちらの作物の成長が順調です!」

「うわ〜凄いね。いつもありがとう」


 領民たちは僕に報告しに来ると、満面の笑みを浮かべて戻っていく。


 その姿を見ながら、僕は心の中で計画通り、何もしないのに喜んで働いてくれていると嬉しくなる。


「ジャック様、ここはもう少し広げた方がいいかもしれません」

「そうだね、君たちに任せるよ」


 僕がほとんど指示を出さなくても、領民たちは自主的に作業を進めていく。

 彼らは僕に対して親しみを感じているようで、仕事の合間に僕に話しかけてくれる。うんうん、環境も雰囲気も悪くないね。


「ジャック様、少し休んでくださいね。お茶でもいかがですか?」

「ありがとう、いただくよ」


 領民の一人が差し出してくれたお茶を受け取りながら、僕は穏やかな時間を過ごしていた。働く姿を見守りながら、特に何をするわけでもないが、なぜか領民たちは僕を慕ってくれている。


 それに誰よりも働いているように写っているようだ。


「ジャック様がここにいると、なんだか安心するんですよ」


 領民の少女が隣に座って、顔を赤くして告げてくれる。


「そう? 僕は何もしてないけど、それはよかった」


 領民の一言を、僕は受け入れた。彼らが安心して働ける環境を作ることができているのだと、なんとなく感じていた。


 その日の夕方、僕はいつものように領地を見回っていた。作業が終わった後の静かな時間、風が心地よく吹き抜けていく。そんな中、ふと森の端に目をやると、小さな影が動いているのが見えた。


「あれは…?」


 僕はその影に向かってゆっくりと近づいていった。すると、そこにはボロボロの服を着た獣人の少女がうずくまっていた。彼女は怯えた様子で僕を見上げ、目を大きく見開いていた。


「大丈夫かい? どこから来たんだ?」


 確か、領内に獣人はいなかったはずだ。

 帝国全体を見ても、獣人は少ない。


 エルフなどの精霊族との交流はあったはずだけど、獣人はあまり見たことがないな。


 僕は優しく声をかけたが、彼女は答えずに震えているだけだった。彼女の体は痩せ細っており、明らかに長い間、満足な食事を摂っていない様子だった。


「心配しないで。僕はジャックって言うんだ。何か食べ物が必要だろう?」


 僕がそう言って手を差し伸べると、彼女はしばらく躊躇した後、ゆっくりと僕の手を取った。その手は冷たく、力が入っていなかった。


「君を助けるよ。さあ、僕と一緒においで」


 僕は彼女をそっと抱き上げ、屋敷へと連れて行くことにした。


 彼女を安全な場所で休ませ、必要な食べ物や衣服を与えるつもりだった。


「グレタさん、この子の面倒を見てあげてくれない?」

「まぁまぁ、ジャック様、どこでこんな可愛らしい子を拾ってきたんですか?」

「街の見回りをしていたら、森の近くにいたんだよ」


 屋敷に戻った僕は、メイド長のグレタさんに少女を預けた。

 すでに力尽きかけているのか、途中から歩けなくなったので、僕が抱き上げて連れてきた。


「まずはお水を。それとお風呂ですね」


 グレタさんはせっせと獣人の少女を世話してくれて、寝かしつけてくれたことを報告してくれる。


 翌朝、クララを呼び出して彼女の状況を相談することにした。


「クララ、昨日森でこの少女を見つけたんだけど、彼女について何か知ってることはないかな?」


 僕は獣人の少女が眠っている部屋でクララに問いかけた。

 クララはその少女の姿を見て、顔色を変えた。


「ジャック様、この子は…獣人ですね」


 クララは少し厳しい表情を浮かべたまま、僕に向き直った。


「うん。そうだね。確かに耳や尾があるよ。何か問題でもあるのかい?」


 僕はその問いに対して、クララはいつも困った時の顔をする。


「問題です。ジャック様、あなたは帝国の現状をご存知ないわけではないでしょう?」


 クララはため息をつき、少し悲しそうな目をして僕を見つめた。


「帝国では、獣人は奴隷として扱われることが多いのです。彼らは帝国の市民権を持たず、法律の保護も受けられません。多くの獣人は厳しい労働を強いられ、その生活は過酷です」


 クララの言葉に、目の前の少女が、そんな過酷な運命にさらされていたんだと思い知らされる。


「彼女はまだ子供なのに辛い目にあったんだね。この領地ではそんなことはさせたくないね」


 僕は慈しみを込めた瞳で少女を眺めながら、頭をゆっくりと撫でてあげる。

 そんな僕を見て、クララは静かに首を振った。


「それだけではありません、ジャック様。帝国は現在、獣人たちの国と戦争中です。獣人の国との関係は非常に悪化しており、帝国の一部では獣人に対する偏見や憎しみが根深いものとなっています」

「じゃあ、彼女がここにいるのは危険だってこと?」

「はい。もしこのことが広まれば、彼女は帝国の奴隷商人や役人に捕らえられる可能性があります。彼女を保護することは、ジャック様にとっても危険を伴う決断です」


 クララの説明に、僕は頭を悩ませた。


 彼女を助けたいという気持ちは変わらない。


「でも、彼女を見捨てるわけにはいかないよね。うん、わかったよ」

「どうされるおつもりですか?」


 クララは少し驚いた表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻し、静かに問いかけた。


「彼女をうちのメイドとして雇おう。労働をさせているとしていれば問題はないでしょ?」

「……分かりました。ジャック様がそうお考えならば、私も全力でサポートいたします。しかし、彼女のことはジャック様の奴隷として扱う方が良いでしょう。領民たちにもジャック様の所有物であると伝えれば偏見も少なくて済みます」

「ありがとう、クララ。君がいてくれて本当に助かるよ。偏見や差別って難しいね」


 僕は感謝の言葉を述べ、クララと共にこの少女をどう保護していくかを考え始めた。


 その時、獣人の少女が眠りから目を覚まし、僕たちの会話を聞いていることに気づいた。彼女の大きな瞳には不安と恐怖が宿っていた。


「大丈夫だよ、君はここで安全に暮らしなさい。もしも、君が国に帰りたいと思うなら、僕は止めないが出来れば君がもう少し大きくなって強く成長してからにしてはどうかな?」


 僕は優しく声をかけると、彼女は少しだけ安心したのか、再び眠りについた。





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