第1話
帝国兵として入寮した初日、僕はすぐに帝国軍の厳しさを思い知らされることになった。
宿舎に案内された後、担当官が俺たち新兵を集めて、立ち方や挨拶の仕方、軍での基本的な礼儀作法を叩き込んだ。
正直言って、僕は適当に聞き流していた。そんな形式ばったことに興味はなかったし、できるだけ目立たずに過ごしたいと考えていたからだ。
「さて、次はお前だ。挨拶をしてみろ」
突然、担当官が俺を指名した。
「…」
一瞬、どう答えるべきか迷ったが、結局何も言えずに立ち尽くしてしまった。
「どうした、何も言えないのか!」
次の瞬間、担当官の拳が僕の顔面に飛んできた。
「ぐっ…!」
僕はたまらずその場に倒れ込んだ。頬がズキズキと痛み、口の中には血の味が広がった。
「返事もしないとはどういうつもりだ! 礼儀作法を守れない奴は、帝国軍には不要だ!」
担当官の声が響き渡り、周りの新兵たちは震え上がっていた。
僕は顔を押さえながら、何とか立ち上がったが、心の中では面倒だと思う気持ちと、痛いのは嫌なので、適当に上手くやり過ごそうと思う気持ちが芽生えた。
だが、この理不尽な暴力は、帝国軍での生活のほんの始まりに過ぎなかった。
次の日から、僕たちは早朝から夜まで続く厳しい訓練に投入された。
走り込み、体力訓練、そして武器の扱いを教えられる日々が続いた。教官たちは容赦なく、訓練中にミスをすればすぐに罵声を浴びせ、時には平手打ちが飛んできた。
「こんな生活、長くは持たないかもしれない…」
僕は心の中でそう思いながらも、何とか耐え抜いていた。
若さとは偉大なものだ。
無理やりやらされている日々の訓練は地獄のようだったが、それでも体は次第に鍛えられ、過酷な環境にも慣れてきた。
そんなある日、槍術の訓練が行われることになった。訓練場には木製の槍が並べられ、教官が僕たちに使い方を説明し始めた。
「この槍は、お前たちの命を守る武器だ。しっかりと扱えるようにしろ!」
正直なところ、僕は戦いに行くなんてまっぴらごめんだと思っていたが、実際に槍を手に取ってみると、意外にも手にしっくりと馴染む感覚があった。
「こうして、構えて…」
教官の指示に従って槍を構え、突き出してみる。すると、その動きが驚くほど自然に感じられた。まるで槍が自分の一部であるかのように、軽やかに動かすことができた。
「お前、なかなかの才能があるじゃないか」
教官が僕の動きを見て、珍しく褒めてきた。
他の新兵たちも驚いた顔で僕を見ていた。
「いや、ただの偶然だろう…」
そう思いつつも、何度も繰り返してみると、槍を扱うのが楽しかった。
他に娯楽もないので、暇があれば槍を振るうことにした。
どうやら、槍を使って体を動かすのは嫌いじゃないらしい。
まぁ戦場では、馬上の騎士や魔法使いたちが主で功績を上げるので、新兵は壁役でしかない。
槍を持ってぶつかり合うだけの存在にセンスがあっても意味はないだろう。
「だけど、ちょっと楽しいな…」
僕はそんな軽い気持ちで訓練を続けた。
♢
ヴァレンス帝国兵として入隊してから三ヶ月が経過した。
厳しい訓練の日々は続き、僕は次第にその生活に慣れてきた。
教官たちの理不尽な罵声や暴力にも耐え、肉体的にも精神的にもやり過ごす方法を身につけた。
そんなある日、僕たち新兵に初めての戦場への召集が下された。
「ジャック、お前は今日からこの部隊に入れ」
教官が僕に指示を出した。すでに四人の兵士が整列していた。教官の指示で僕も彼らと共に隊列に並んだ。
「これが俺たちの部隊か…」
短時間で確認したメンバーの顔は、皆どこか緊張しているようだった。
「俺はカインだ。お前がジャックだな」
前列に立つ短髪の男が話しかけてきた。彼はどうやらリーダーらしい。
「カイン、よろしく頼む」
「そしてこっちは、レイ、ジム、それにエリックだ」
カインが順番に他のメンバーを紹介した。レイは細身の男で素早そうだ。ジムは大柄で力強い見た目をしている。エリックは無口で冷静な印象を受ける男だった。
「さて、皆揃ったな。これから俺たちは一緒に戦場に立つんだ。互いに命を預け合う。お前ら、覚悟はいいか?」
カインの問いかけに、皆が無言でうなずいた。
僕もその中で一緒にうなずいたが、内心は不安でいっぱいだった。
「全員、準備しろ!行くぞ!」
教官の号令が響き渡り、僕たちは整列して前線へと向かう準備を始めた。
目的地は東の国境にあるタレンドルフの戦場。敵は小国の軍で、僕たちはそこを制圧する任務を受けていた。
戦場に到着すると、周囲に荒れ果てた地形が広がっていた。
遠くには敵の陣地が見え隠れしており、魔法の音が絶え間なく響いていた。
「行くぞ、皆ついてこい!」
カインが先頭に立ち、僕たちは彼の後を追った。
新兵の役目は突撃することだけだ。
槍をしっかりと握りしめ、恐怖を押し殺しながら前に進んでいく。
「突撃だ!」
教官の命令が下り、僕たちは一斉に敵陣に向かって走り出した。
緊張が全身を包み込む中、僕はただひたすら前に進んだ。
「来るぞ!」
カインが叫び、前方に敵兵が見えてきた。
魔法が頭上を通り過ぎて、後方で火の手が上がる。
僕たちはそれでも止まることが出来ないまま、槍を構え、こちらに向かって突撃してくる敵兵に立ち向かった。
「やるしかない…!」
槍を構え、敵に突撃した。
訓練で覚え、何度も練習した動きが自然と体に染み込んでおり、槍を突き出して相手を迎え撃つ。敵兵の槍をかわしながら、僕の槍が相手の脇腹を捉えた。
「ぐあっ…!」
敵兵が呻き声を上げて倒れ込む。一瞬だけ、自分が誰かを傷つけたという葛藤が胸に込み上げてくる。
だが、次々と他の敵兵が襲いかかってくる。やらなければやられる。
僕は再び槍を構え、次の敵を迎え撃った。
極力、カインたちから離れることなく、自分の死角を作らないように立ち回る。
周りではカインが前線を押し上げ、ジムが力強い一撃で敵を倒し、レイとエリックもそれぞれの敵を相手にしていた。僕たち五人はただひたすらにお互いを庇い、敵兵を倒していった。
「もっと押し込め!」
教官の声が響き、僕たちはさらに力を振り絞って突撃を続けた。
槍がぶつかり合い、血しぶきが飛び散る中、僕は何度も敵兵を突き倒した。
槍を持って戦っている間は、無事でいられるような気がした。
「よし、もう少しだ!」
ジムが叫び、僕たちは最後の力を振り絞って突撃した。
敵の陣形が崩れ始め、彼らは次第に退却し始めた。
「勝った…のか?」
戦闘が終わり、僕たちはその場に立ち尽くした。
体中が疲れ切っていたが、何とか生き延びたという達成感が広がっていた。
「よくやった、皆」
カインが全員に向かって言った。皆、無言でうなずいたが、その顔には安堵と達成感が浮かんでいた。初めての戦場で生き残る確率は25%ほどだと後から知った。
「お前、なかなかやるな」
ジムが俺の肩を叩いて笑った。エリックも静かに微笑み、レイは「また助けてくれよ」と軽く言った。
「いや、皆がいなければ俺もここにいなかっただろうさ」
僕は彼らに感謝の意を伝えた。
「次も頑張ろうぜ、ジャック」
カインが僕の肩を軽く叩き、その場を後にした。
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