第6話
帝国兵としての仕事を続けながら、僕は正式にリバー家の一員として迎え入れられた。
リバー家の屋敷に住ませてもらうようになり、戦場から離れ、穏やかな生活を送ることで、自分が少しずつ変わっていくのを感じていた。
もはや戦いの日々は過去のものとなり、僕の新しい生活が始まった。
リバー家の屋敷に住み始めてから、まず最初に行ったのは、帝国兵としての辞職手続きを完了することだった。
僕は帝国軍に辞表を提出した。
しかし、現在の帝国は人材不足ですぐに辞めることはできないと言われてしまう。
仕方なく、寮を離れ、リバー夫人と少しでもいられる時間を作るようにした。
戦場での経験や傷が深く刻まれているが、今はもう戦わなくてもよいという安堵感が胸に広がった。何よりも、リバー家の人たちは親切で優しい。
働かなくても養ってもらう生活の素晴らしさを実感してしまう。
「ジャック、これからは自分の人生を大切にしなさいね」
リバー婦人こと、マリーンさんが優しく微笑みながらそう言ってくれた。
彼女の言葉が、僕にとって新たな道を歩む勇気を与えてくれた。
リバー家の生活は、僕にとって驚くほど静かで平穏なものだった。
毎朝、鳥のさえずりで目覚め、広々とした庭園を散歩する。
屋敷の周囲には豊かな自然が広がり、四季折々の美しい風景を楽しむことができた。
庭師さんたちの目が行き届いていて、マーリンさんも手伝っている姿に、一緒に花の手入れをするのは楽しかった。
「ジャック様、今日は馬の手入れを一緒にしていただけますか?」
御者のアランが、そう言ってくれたとき、僕は新しい生活に少しずつ馴染んでいる自分に気づいた。かつては戦場で槍を振るう日々が当たり前だったが、今は穏やかに馬の仕事を楽しむことができるようになっていた。
馬の機嫌や体調管理、それらをアラン爺に教えてもらった。
この人は、庭の手入れや屋敷の管理なども行なっていて、修繕などの雑用を一人で全てできてしまう。
そんなアランさんに弟子入りしながら、後方支援の仕事は定時か、それよりも早く終えて帰るようにしていた。
マリーンさんは体調が優れない日が増えていたが、それでもいつも僕を励ましてくれた。
彼女はリバー家の歴史や領地についての知識を少しずつ僕に伝えてくれた。
僕は彼女の話を聞きながら、新たな役割に少しずつ慣れていった。
「ジャック、あなたには立派な領主になってほしいわ。でも、焦らないで、自分のペースで進めばいいの」
彼女の言葉に支えられ、僕は彼女の教えを受け止めながら、領主としての役割を学んでいった。
マーリンさんのおかげで、過去に囚われることなく、戦場で得た経験や知識は訓練を続けながら、それ以上に穏やかな生活の中で、心の平和を取り戻すことができた。
こうして、僕は戦場から離れ、リバー家の一員として新たな人生を歩み始めた。
穏やかな日々が続き、マリーンさんとの絆が深まる中で、僕は自分の人生が少しずつ前進していることを実感していた。
毎日が穏やかに過ごす屋敷に戻ると、マーリンさんたちがが微笑みながら出迎えてくれた。
「ジャック、今日はどうだった?」
「まあ、忙しかったですが、なんとかやり遂げました。前線からの要求が多くて大変ですけど、こうしてここに戻るとホッとします」
マーリンさんの優しい瞳で俺を見つめてくれる。
「それは良かったわ。あなたがここにいると、私も安心できるの」
屋敷で暮らすうちに、俺は御者のアランや年老いたメイドのグレタさんとも次第に打ち解けていった。
メイドのグレタは屋敷全体の家事を一手に引き受けている。
掃除に洗濯、料理に配膳など、一人で全てを行いながら元気な女性だった。
時間がある時は、屋敷の掃除や料理の手伝いを通じて仲良くなった。
彼女は指導をするときは、厳しいが、話をするととても優しい女性で、いつも俺に気を遣ってくれた。
ある日、彼女がキッチンで夕食を準備しているとき、俺は何気なく手伝いを申し出た。
「グレタさん、何か手伝うことはありませんか?」
グレタは少し驚いたように俺を見たが、すぐに微笑んで言った。
「ありがとうございます、ジャック様。でも、あなたはもうこの屋敷の一員ですから、無理にお手伝いする必要はありませんよ」
「そう言わずに、俺も一員として何か役に立ちたいんです。何かあれば言ってください」
働きたくないと言いながらも、僕はここに住んでいる三人のことが大好きになった。
役に立って好かれたい。
そう思えば、自然に体が動いていた。
それからはグレタさんは時々僕に簡単な仕事を任せてくれるようになり、僕たちは少しずつ打ち解けていった。
彼女は料理のコツを教えてくれたり、屋敷の昔話を語ってくれたりして、僕は彼女と過ごす時間を楽しむようになった。
しかし、そんな穏やかな日々は長く続かなかった。
数日が過ぎたある朝、僕がいつものように仕事を終えて屋敷に戻ると、グレタが焦った表情で迎えてきた。
「ジャック様、奥様の具合が悪くなられました。どうか急いでお部屋へ…」
胸騒ぎがした俺は、急いで老婆の部屋に駆け込んだ。
そこには、いつもとは違う弱々しい表情の老婆がベッドに横たわっていた。彼女の呼吸は浅く、目には力がなかった。
「ジャック…来てくれたのね…」
老婆は弱々しく微笑み、僕の手を握りしめた。その手は冷たく、力がほとんど感じられなかった。
「ここにいますよ、だから安心してください」
僕は心からそう言ったが、自分の言葉が空しく響くように感じた。老婆は微笑みを浮かべたまま、少しずつ言葉を紡ぎ出した。
「ジャック…あなたに会えて、本当に良かったわ。あなたのおかげで、私の最後の日々は…とても安らかなものになった」
僕の目には、再び涙が浮かんだ。これまでに感じたことのない、深い悲しみが胸を締め付けた。
「どうか、安らかにおやすみください…」
マーリンさんは僕の涙を拭おうと、震える手を伸ばした。
「泣かないで、ジャック。あなたの涙は…私にはもったいないわ。あなたが…これからも強く生きていってくれることを、私は祈っているの」
「…はい。必ず、そうします」
僕は声を震わせながら、そう答えた。
マーリンさんは微笑んだまま、静かに目を閉じた。
その瞬間、僕の心に深い喪失感が広がった。マーリンさんの手は、もう僕の手を握り返すことはなく、部屋にはただ静寂だけが残った。
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