第4話

 イシュヴァール王国との戦いで、僕たちの部隊は壊滅的な打撃を受けた。


 あのバケモノのような将軍を前に、カインもリサも、そして多くの仲間たちも命を落とした。僕自身も瀕死の状態で、奇跡的に将軍の首を取ることに成功した。


 だが、勝利の代償はあまりにも大きかった。


 戦場から戻った僕は、周囲の兵士たちから敬遠されるようになっていた。


 彼らは僕が将軍の首を取ったことを称賛する一方で、部隊が壊滅し、カインやリサが亡くなったことを僕の責任のように感じているのかもしれない。


 誰も僕に近づこうとせず、僕もまた彼らと関わる気力を失っていた。


 帝国は僕の功績を称え、褒賞と報酬を与えると告げてきた。


 二階級特進の名誉と、今後の配属先を自分で選ぶ権利を与えられたのだ。かつてならば、こんな機会に心が躍るはずだった。


 しかし、今の僕には何の感慨も湧かなかった。


 友人も、恋人も、全てを失った僕にとって、その栄誉も報酬も虚しいものにしか感じられなかった。


「ジャック、今後の配属先をどうする?」


 上官からの問いかけに、僕はしばらく沈黙したままだった。戦場で失ったものがあまりにも大きく、今はただ、戦いから遠ざかりたかった。


「後方支援に回りたいです」


 僕は静かに答えた。上官は少し驚いたような顔をしたが、すぐに頷いた。


「分かった。物資管理部隊への配属を手配しよう」


 その後、僕は前線から物資管理部隊へと移動することになった。かつての激戦を思い出すことも、失った仲間たちを思い出すことからも逃げるように、ただ無気力な日々を送るだけになっていった。


 戦場での興奮や恐怖、そして命のやり取りが当たり前だった日々を忘れるように、ただ、心のどこかで、空虚感が広がり続けていた。


 こうして、かつての活躍が嘘のように、僕の人生は無気力な日々へと移り変わっていった。戦場での栄光も、帝国からの報酬も、今の僕には何の意味も持たなかった。


 ♢


 後方支援の任務は、色々なことを忘れさせてくれる程度に忙しくて、物資の管理や備蓄の仕事は、戦場の危険こそないものの、最前線からの物資要求が途切れることはなく、彼らの要求は日に日に増していた。


「もっと早く物資を送れっていうんだよ。こっちは限られた備蓄でやりくりしてるんだぞ!」


 僕は後方支援部隊の役人と共に、物資の配送計画を立てていた。

 役人も疲れ切った様子で頭を抱えていた。


「前線の連中は、こっちの事情なんかお構いなしさ。物資が足りないなら、自分たちで調達しろって言いたいところだが、そうもいかない」


 役人さんが口を吐きながら、日々の業務に追われていた。


「そうかと思えば、上からは備蓄を節約しろ、貴族たちに回せって言うしな。俺たちは一体何のために働いてるんだか」

「そうですね。どっちにしろ、僕たちが板挟みになるだけだ」


 役人さんの愚痴に合わせて、適当に話を合わせる。


「これが全て、今週中に対応しなければならないリクエストだ。後方支援も楽じゃないな」


 僕はその書類の山を見て、思わず眉をひそめた。



 無気力に、ただハードな仕事をするだけの日々。

 ジリジリと精神的な苦痛を味わい、生きている意味すら無くしつつある。


「もう、やめようかな?」


 帝国兵になって、二年が過ぎようとしていた。


 この二年間は、僕にとって忘れられない二年になったと思う。

 今の後方支援は確かに戦場と違って命のやり取りはない。


 だけど、日々の忙しさは、戦場にいた時よりも酷い。


 戦場に出る兵士は、訓練がメインで戦場があれば赴く。

 だが、それ以外は訓練だけでよかった。


 だけど、今は様々な調整を考えて書類と向き合って、見えない人の顔を伺う必要がある。


「やっぱり働くって碌なことがないな」


 その日は特に忙しく、やっとのことで仕事を終えて帰路につく頃には、体中が鉛のように重く感じられた。


 薄暗い街道を歩いていると、前方で騒ぎが聞こえてきた。


 何事かと思い、近づいてみると、貴族らしき老婆が悪漢に襲われているのを目撃した。


「おい! 何をしているんだ!」


 半年前まで戦場にいたおかげなの、近く店に立てかけられていた箒を掴んで悪漢を吹き飛ばす。


「ぐっ!?」


 倒れそうになっていた老婆を抱きしめて受け止める。


 悪漢は一人だけのようで、一撃で意識を失ったようだ。僕は老婆に視線を向ける。


「大丈夫ですか?」


 老婆は少し震えていたが、僕の言葉に安堵の表情を浮かべた。


「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」

「ヴァレンス帝国軍物資管理部のジャックです。もう大丈夫ですから、安心してください」


 僕は身分を明かすことで相手を安心させるために微笑む。


 老婆は俺が名乗ったことで、何か言おうとしたが、言葉を止めた。


 服装や態度から、ただの貴族ではない。

 

 今の僕にはどうでもいいことだが、それでもここで放置するような人間になりたくない。


 せめて、親父が恥に思わない僕でいたい。


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