その2
細かな金の刺繍の施された白いスーツ、その上でも下でも俺の年収の三倍はあると、自慢してた時と同じ顔がそこにあった。
色白、童顔、張り付いた笑顔、上部だけは人当たりが良く人気者のイケメンと見られているが、その目を覗き込めばドス黒い本性が垣間見れる。
だから殺す。
見つけ次第殺す。
だから顔面へ、銃弾を、ぶち込んだ、つもりだった。
だが吹っ飛んだのはクズの顔ではなく、その背後、壁に飾ってあったカレンダーの日曜日だった。
外したんじゃない。外された。
右から、急な強い力、銃が引っ張られる方向、睨めばデブが、こちらに両手をかざしていた。
触れてはいない。だが引かれる。
「計算通り。お見事ですよ刑事さん」
耳に触るクズの甘ったるい声、そいつに吠え返す直前、俺の手より銃がもぎ取らる。
鉄の塊、相応に思さある凶器は、真っ直ぐデブの脂ぎった右の手のひらに激突した。
「これが何よりもの証拠です」
クズの声に歓喜が溢れている。
「真犯人『神の見えざる手』はあんただ!
恍惚の表情、そして溢れ出る邪悪、こいつは何も変わっていない。
これまでも、これからも、こいつは殺すべき悪だ。
だから殺す。
とろける笑顔で豚助らしいデブを指さす竜也へ、俺は警棒ぶち込むために前へでる。
けれど、あの時と同じく、すぐに小さな邪魔が入る。
「刑事さん、今はダメなの」
「これからたっくんの推理ショーだよ?」
「邪魔したらメ!」
三人の少女たち、お揃いの青色エプロンドレスはあの
少女の実年齢よりも幼い口調も趣味、それでいてあのクズを信じきっているまっすぐな眼差し、何より腹が立つのはこの三人は、あの時の三人ではなかった。
その子らが壁となる。
無理矢理どかせばどうなるかは、前回学ばされていた。
「最初からおかしいとは思ったんですよ」
足止め食らっている俺を嘲笑いながら、クズは続ける。
「いくら太ってるからと言っても右足と左足とで足跡の口さが違いすぎる。それは手に思い磁石を埋め込んでいたから、ですよね?」
勝手に喋るクズに、豚助と呼ばれる男はブルブル震えて押し黙るだけだった。
「ここまで来ればみなさんでも、おおよその推理は出来上がってるんじゃないでしょうか?」
そんな豚助や、睨む俺や三人や、その他ここにいる全員含めて全体に、クズは舞台の上に立っているかのように語り始める。
「豚助の右手は義手でした。それも、強力な磁石を内蔵した、ね? 普通の暮らしではいろんなものがくっついちゃって生活もままならないでしょうが、ここはナチュラル館、金属は何もなく、平然と指が使えてたわけです」
「待ってくれ!」
声を上げたのはどこかの老人だった。
「この馬鹿モンの手が磁石なのはわかった。だが引き寄せるものはなんだ? 鍵も付属品も全部が木製だった。他に聞き寄せられるものもない。この様子じゃ指を外したわけじゃあるまい」
「それならもう、みなさん見ていますよ。何も特別じゃない。日常生活でよく目にするもの、わかりませんか?」
心底人を馬鹿にした表情、その醜い顔を隠すようにクズが取り出して広げたのは札束だった。
一掴み五百は下らない金額、それを派手に投げ撒くと、そのうちの十万円ほどが、豚筋とやらの指に張り付いた。
「この国の紙幣には、インクに鉄分が含まれています。これを利用すれば、あの密室トリックの完成です」
「じゃああの四人を殺したのは」
「あいつらが悪いんだ!」
豚助叫ぶ。
「あいつら! 俺が大事に取っておいたきのこ紅茶を! カビが生えてるって言って捨てやがったんだ! お袋が俺のために残してくれた最後のご馳走を! なのにあいつら! 笑いながらなんて言ったと思う!」
自分語り、あの時と一緒、ならば時間がない。
「そうさ! あいつらを!」
俺は豚助の顔面へ爆弾の残骸をぶち込んだ。
グシャ!
火薬は入っているが、この程度の衝撃で爆発する恐れはない。代わりにジリンとキッチンタイマー、一瞬だけ鳴った。
それを知ってか豚助、鼻血垂らすも口から悲鳴は上がらず、ただ驚きの表情見せて、それからすぐに苦痛に歪み始めた。
花火の、特に線香花火の火薬は磁石に引き寄せられる。これは中に鉄粉が混じっているから、花火は金属の粉を燃やし分けることで色を作り出している。
それが詰まった爆弾の残骸、右手に張り付いたまま向こう側へと落とされれば手首が捻れて苦痛に歪む。
これに対処される前に俺は豚助背後へ、腕を太い首へと巻きつけて一気に締め上げた。
いくら首が太くとも、血管は比較的浅い層にある。こいつを力一杯締め上げれば、脳に酸素が行かなくなり、早々に気を失う。
逮捕術の基本、犯人を無力化するにはこれが一番だ。
「刑事さん」
「黙れ」
クズを殺す前にクズに殺させないよう、豚助の両手を色々張り付いたまま後ろ手に回して手錠をはめる。
銃本体は外せないから弾だけ抜いておく。その他、刃物毒物爆発物、自害に用いられそうなものがないかボディチェック、怪しいものは片っ端から取り上げていく。
最後に縦に座らせて気道を確保、何かあってもすぐ対応できるようにする。
「……残念だけど、手遅れだよ」
クズの言葉ぬ、俺が目を見開くのと、豚助から煙が上がるのとほぼ同時だった。
熱!
驚いてるところへ指への熱い痛み、思わず手を離して指さき見れば、指紋が溶けていた。
「キャー!」
女の悲鳴で揺れた豚助、ぐらりと揺れて倒れると、グッタリと床の上へと煮崩れた。全身がグズグズとなった。
「こうなることを予期していて、あらかじめ毒を飲んでいたんだ」
しんみりとした口調のクズ、浮かぶ笑顔を隠そうともしない。
……また、真犯人が死んだ。
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