ナチュラル館殺人事件《解決編》

その1

 ……一昔前、爆弾は作品と呼ばれていた。


 爆発による熱と衝撃を用いて周囲へ損害を与えることを目的とするこの凶器は、その危険性と比例するように多くの知識と技術が必要とされていた。


 単純に火薬関係の化学や信管やタイマーなどの電子工学、爆発の効率化を図る破壊物理学に、目標が建物ならば建築学、殺傷が目標ならば医学、さらに毒物での相乗効果を狙うなら薬学も必要となる。


 さらにそれらを組み合わせ、基本非合法の代物ゆえに外注も相談もリスクを考えれば一筋縄にはいかず、事前に察知されぬようこっそりと行われる制作過程は事細かく、かつ一瞬のミスで自爆しかねない大変危険なもの、繊細さと根気と、それらを支える情熱があってこそ完成すると言っても過言ではなかった。


 正直、解除を専門としていた俺から見ても芸術性を否定できなかった。


 だから爆弾魔達は自分の作品に対して目一杯のデコレーションを、サインがあるのは当然、目標や日時にこだわったり、わざわざ予告状を送りつけたり、理念や信念の元、とにかく周囲に見てもらおうと必死だった。


 それだけ様々が詰まった、総合芸術としての爆弾は、しかし今では過去の遺物でしかない。


 昨今のテロの氾濫により爆弾は目的から手段へと回帰し、なんでもいいから害せれば良いと、粗雑な大量生産品ばかりとなった。


 予告状はなくなり代わりに犯行声明が、仕掛ける場所も仕掛けやすい場所に、高難易度へ挑戦するのではなく、確実にクリアできる簡単な相手へ、こっそり仕掛けるまでに落ちぶれていた。


 時折真っ当な爆弾が現れたと思えば、その中身はネット経由で手に入れたマニュアルをそのまま再現しただけのもの、創意工夫も独創性も皆無で、それでいて仕掛けた後のことを全く考えておらず、本人にも解除できないような乱雑なものばかりとなった。


 必然開示する方も相応の対応となる。


 ロボットによる遠隔解除や液体窒素による力押しの無力化ならまだしも、どーせ切らなきゃならないコードは切れない位置にあるのだからと最初から解除を諦めて、最低限の被害で爆発させる方針へと変わって行った。


 もはや「赤を切るか青を切るか」というのは創作物の中にしかにしか残っていなかった。


 ……これも期待はずれだ。


 パチン。


 最後のコードを切断し、爆弾は死んだ。


 熊区、使山、その麓、水の流れていない川にかけられた橋の上、真っ昼間の日差しの下、わざわざ呼び出されての爆弾解除はがっかりだった。


「終わったぞー!」


 後方、遠く、爆弾の推定有効範囲より倍は遠くで隠れてるのがここら管轄にしている連中だ。


 無頓着に近寄られるよりかはかなりマシだが、こうも遠いと返事が来ない。


 無線はそれがスイッチとなるの恐れがあるから切れ、と言ってるからおそらく繋がらないだろう。


 だったらと戻ろうと一歩踏み出したら奴らは全身を用いて「来るな」と言う。


「安全ですかー!」


「解除したー! もう安全だー!」


 山に響く俺の返事に向こうはゴニョゴニョ相談している。


「犯人の印象はー!」


 問いに一瞬驚く。


 プロファイリング、爆弾は作品、つまりは作家性が出る。配線の巻き方から利き腕が、用いる材料から収入が、あるいはもっと直感的にその性格が見えることもある。


 だがそれも昔の話、今はネットでなんでもわかるしなんでも買える。


 そうでなくてもこんな、せめて近寄ってからするべき会話をさせられることに違和感感じながら答えてやる。


「素人だー! 外装はただの段ボール! 火薬は花火! 着火は電池! タイマーはキッチンタイマー! 無線装置どころか雷管もない! 知識量は中学生レベルだー!」


 これに、またゴニョゴニョ、違和感だらけだ。


 ……今回の爆弾は事前にタレコミの電話があったと聞いている。


 普段ならばイタズラと思いつつ一応確認する程度の事案、けれど今回は最初から本気、総員集めて俺まで呼び出して捜索、その過程で冷蔵庫だろうが弁当の空き箱だろうが怪しいもの見つけ次第俺を呼び出し、自分らは遠くに離れて隠れている。


 異常な行動、こんな辺鄙な山奥手前、爆弾爆発したところで被害どころか気付かれもしないだろう。


 なのに本気の爆弾騒ぎ、俺だってこいつを見つけるまでは爆弾の存在を疑っていた。


 ここまで信用のおけるタレコミ、思い浮かぶのはどれもろくでもない相手だった。


「この先の確認もお願いしまーす!」


 やっと帰ってきた返事は更なる仕事だった。


「まだあるのかー!」


 返事はない。嫌な感じ、だが仕事だ。


 俺は渋々の向こう側へ、向かう背にまた声が響く。


「待ってください! 爆弾! 置いてかないでください!」


 苛立ちを大人の態度で覆い隠し、段ボール抱えて橋を渡る。


 左右を木々が生えまくってる崖に挟まれたこの道の先、あるのはただ一つ、ここらのランドマークになり損ねた『ナチュラル館』があるだけだった。


 ……できた当初のことを覚えている。


 曰く自然に配慮した最新施設、三階建の建物ながら建材に金属を用いていないのがウリだった。


 伝統と革新による次世代建築とかなんとか、それがどれぐらい凄いのかは知らないし、それ以外に何か役に立つのかも知らない。


 知っているのはあまりにもアクセスが悪すぎて誰も利用しないことと、これら全てが税金で建てられていること、そしてあの橋が封じられると陸の孤島になることだけだった。


 爆弾の目的はナチュラル館、ではあるだろう。


 だがだとしても館ではなく橋を狙う理由がピンと来ない。


 陸の孤島、道を進んで館が見えた。大きないわゆるお屋敷、物語になりそうな、そう想像した瞬間、ピンときた。


 段ボール爆弾を左脇に挟んで抱持ち、空いた右手で銃を抜く。


 だとしたら、だ。


 全てが納得できる上に、俺はやつの、あいつの手のひらの上で踊らされていることになる。


 気に入らない。だがチャンスでもある。


 今度は殺す。


 覚悟と殺意を持って館の玄関にたどり着いた。


 中から人の声、複数、聞こえる。


「警察です! 大丈夫ですか!」


 ノックと共に声をかけると、声が途絶える。代わりに息を殺す音、確かに誰かがいる。


「入ります!」


 声と共にノブを回すと鍵はかかっておらず、簡単に開いた。


 警戒心と共に中を除けば複数の男女、太ってるのもいれば老人も、子供もいた。


 そしてその中央、主宰のように立っている男は、俺が思っていたあいつだった。


「やぁ刑事さん! 遅かったじゃないですか!」


 パン!


 そのニヤケ面へ、俺はぶっ放した。

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