その2
「信じられないのはわかります。これまで当たり前だった常識、積み上げられた日常、それらが足元から崩れ去る恐怖、ですが」
「いいから最初から見せろ」
軽くキレてる画面の中の俺、これに女は渋々カタカタターンする。
「最初に気になったのがこれだ。良く見ろ」
見ろとは言っているが俺には俺の背中が邪魔で良く見えない。
「最初団体での登場、燃えてない他の連中、その持ち物、ここ、わかりやすい」
「……ただのビニール袋では?」
「中身入りのな。透明な液体が少量、バカな学生が校舎の裏でとなれば、こいつはシンナーだったろ?」
「しん、なー?」
「…‥ペンキを薄めたりプラモデルの接着剤なんかに用いられる薬品だが、警察官として特筆すべきはその薬物利用、吸引すれば酔っ払ったみたいな多幸感、からの体ボロボロ、脳萎縮、妄想幻覚で、というのは警察学校前の義務教育でもやってると思うが?」
「いえそうではなくて、仮にこれがシンナーだとして、人体自然発火と関係あるとか言いませんよね? 証人の証言が怪しくなってもこうして映像が」
「少なくとも燃料はこいつだろ。シンナーは揮発性で良く燃える。そちらがいうコダマとやらが火を点ける能力だとしても、ただの制服があそこまで燃える、燃やせるとは思えない。例えそれだけの火力があったとしても、だとしたら下半身ズボンも同じく燃えてるはずだ。それが見られないのは燃料、シンナーが上半身に染み込んでいて、それが燃えた、と考えるのが自然だ。そうだろ?」
問い、というか確認に、女はたっぷり推し黙ってから答える。
「……燃えたのがシンナーだとして、火元はなんです? シンナーって擦れる程度で燃えるんですか?」
怒ってるような恨んでるような僻んでるような声に、俺は肩をすくめる。
「摩擦による静電気ならあり得るが、それよりもこっちの方が確率が高いだろう」
そう言って俺から見えない画面を俺は指さす。
「……教師、がコダマ使いだと?」
「いや、どちらかといえば不良教師だ。俺と同じな」
「ふざけてるんですか?」
「喫煙者だよ。見ろこのポケットの四角い膨らみ、これはタバコの箱だろ。高校なんかでは基本禁煙、教職員室の一部では喫煙室にしてるところもあると聞くが、ここは違って全面禁煙なんだろう。で、一服したくて学生宜しく裏に来た」
「そんなの、ただの想像じゃないですか」
「あぁそうだ。ついでに言えば燃えてた生徒は虐められてる。非行もやらされてたんだろう。で、裏に連れ込まれたのを偶然教師に見つかり、一旦のお開きとなった。その後何があったかは想像もつかないがこの教師が無能なのは確かだ。何せ一人帰させて自分は一服してるんだからな。で、その日が中空に漂うシンナーの残り香に引火して」
「待ってください! そんな、そんな証言聞いてませんよ!」
「……証言取ってるかも知らされてないが、普通に考えればシンナー遊びさせてた連中に隠れて喫煙の教師、ただでさえ悪いことしてるのに生徒燃やした間接的原因となれば、正直に話すのは難しいだろう」
「…………証拠は、あるんですか?」
「それだ」
画面の中の俺、ドカリとソファーに座る直す。
「こう言った事件事故の場合、間違いなく消防署の連中が事細かく調べる。そうでなくてもシンナーの燃えた匂いは独特だから、救急なり警察なりが踏み込めば一嗅ぎでピンとくる。そもそもそちらはコダマ専門と言っている。良くわからない超能力、ならば良くわかるように調べるのが筋ってもんだ。なのに出してるのはこの映像だけ。実物でなくても調査書の類は、このパソコンに入ってないのか?」
…………女は黙するだけで答えない。
そうしてる間にも動き続ける画面内の画面、そこに一団が現れた時、内の俺はカタカタターンする。
「このリーダー格の男には見覚えがある」
一言に、女はわかりやすくビクリと跳ねた。
「少年化からこっそり相談受けたんだよ。めんどくさいやつが転校してくるって。素行不良、ぶっちゃけ犯罪者、虐めっこなんて生優しいもんじゃない。真っ黒の黒、なのに逮捕も補導もできない。なぜか。親が良くわからない権力者だからだ」
このまま教材に使いたいほど、女は同様していた。というかここまで露骨だと一周回って演技に見える。
だが画面の中の俺は気にする風もなく押し続ける。
「そもそも俺になんでこんなものを見せる? 学者でも鑑識でも権力者でもないのに? 当ててやろう。お前らの目的は『コダマ』だろ?」
……静かに、サングラス越しに俺を見てくる女に目線が正解だと語っている。
「推理としてはこうだ」
それを中の俺が言語化する。
「まず燃えた。実態は完全な事故だが、発覚すれば芋づる式に悪さがバレる。で、親はもみ消すことにする。だけども今回は派手すぎた。近所の目に学生本人に警察消防救急救命、全部を黙らせるにはただ権力を見せつければいいってわけじゃない。超法規的判断を行うには相応の理由が必要だ。例えばコダマみたいなな?」
語るのに夢中になってる俺、非番だというのに横槍入って軽くキレてるらしい。だから女の変化に気付けず続ける。
「だがいないものはいない。本当にコダマがいるかはわからないが、少なくともここにはいない。じゃあどうするか? 似たような存在を知ってる俺を頼る。映像を
見せて、それっぽい容疑者をポロリと口にすれば、あとはそいつを犯人に仕立てればいい。冤罪だろうが本当に超能力者がいたとなれば、まぁ面目は立つ。一つわからないことがあるとすれば、あんたらが大人しく従ってる理由、動機だな」
「…‥コダマは、本当にいるんです」
女の声の変化に、やっと中の俺は危機感を持ったようだった。
「コダマはいる。今はいなくても必ずいつか現れる。その時騒いでも遅いんです。今から準備しないと。なのに、実績がないから予算削減、0班解体だなんて、そんなことしたら終わってしまいます」
「悪いが、だからと言って協力はできない。悪を捌くには正義でなきゃな」
「そうですか」
女、小さく笑うと懐より、黒いペンを取り出す。
それに俺、慌てる。
「待てそれは記憶を!」
バシュ!
画面を白くする閃光、まともに受けた画面内の俺は、魂が抜けたようにソファーに落ちる。そして動かない俺の前で女、手を振り反応ないのを確認すると片付けを始めた。
パソコンをしまい、コップに烏龍茶を注ぐと飲み干し、使ったコップを画面の外へと片付けに行く。
戻ってくるとどこからか一枚の書類取り出して、それを俺の前に置く。
バシュ!
もう一度の閃光、それからだらりと垂れた俺の右手を取ると、親指に何かを塗りつけて書類へべたり、拇印を勝手に押す。
それから汚れた指を布で拭いてバシュ!
色々片付けてバシュ!
ソファーも拭いてバシュ!
そして立ち去る間際、しばし考えた後に俺のポケットを弄り、財布を取り出して中身数枚を抜きさってバシュ!
女は出て行った。
それから動きのない画面、早送り早送り早送り、丸一日、ようやく俺が動き出す。
酷い頭痛、ドライアイ、喉の渇きにとりあえず烏龍茶を飲み、それから壁の時計を見上げて驚く。
しばし思案、おもむろに立ち上がると本棚の本の一冊に偽装した隠しカメラへ、俺は手を伸ばして映像は終わりとなった。
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