その2

 ピチュ!


 額に命中、だが牛の動きに変化はない。


 黒い液体が滴り、ばら撒かれ、周囲の肉へ浴びると乾いたように粘土が増して糸となり、そして縮むように頭へと引き寄せられる。


 組み上がり、出来上がったのはやたらと角張ったパーツで構成されたミノタウロスだった。


 ……経験上、この手の相手にこの銃は効かない。


 ただでさえニューナンブ、小口径で威力低いのに、恐らくは生き物ではない相手に、物理的破壊を目指すのは無謀でしかない。


 それでもあえてぶっ放したのは銃声のため、小さくはない破裂音で周囲に危険を知らせるためだった。


 結果は、逆効果だった。


「見せて見せて見せて銃見せて!」


「すみませんトイレどこですか?」


「待ってくれ! アレは正当防衛だ! それにとっくの昔に時効だろ!」


 寄ってくるバカどもが射線を遮る。


 ものを知らないだけではなく、身の危険を感じ取る本能すら削げ落ちているらしい。


 邪魔、こんなのでも殺さず守らなければならないのが警察の悲しい所だ。


「ここは危険です! 早く逃げて!」


 俺の言葉に当然誰も逃げない。


「は? 何マジになってんの。わけわかんない」


「弁護士を。それまでワシは一言も喋らん」


「貸して! 俺の方が絶対上手い!」


「ぶぎょえ!」


 俺を取り囲むどころか触れてくるバカども振り払ってる間に響く声、見ればバカの一人が宙をふっとび、壁に当たって潰れたところだった。


 やったミノタウロス、起動して、その四角い拳を振るって周囲闇雲に暴れ始めていた。


 これにもやはりバカは逃げださない。


 逆にワラワラと群がって、グルリと取り囲んだかと思えば次々に携帯電話取り出し、動画撮影を始める。


「よっしゃ今日のサムネ頂き!」


 手元の画面見ながら喜ぶバカ、その目の前で別のバカが殴り潰されてるのにも気にしない。


 誰も逃げずに被害が広がっていく。


 これ全部、俺の不手際にされてしまう。


 苛立ちに、ともかく止めねばと前へ出る。


「すみません通して下さい!」


 叫び、出ようとする、俺を、バカはどこまでも邪魔してくる。


「痛ーい! セクハラよセクハラ! 今の見た?」


「あぁあああ俺の! 俺の焼肉がぁあああ! 落ちて! 落ちてしまったああああ! もう食べられないいいいいい!」


「アンケートにご協力下さい」


 こいつらか撃ち殺したいが弾が足りない。


 ならば警棒をと引き抜くと、反対側で歓声が上がった。


 見ればバカの一人、椅子か机かの上に登って傘を八相に構えていた。


「今こそ! あの娘にもらった力を使う時! いくぞサンシャインゲート!」


 絶叫、からのヨタヨタと降りて、つんのめりながらの突撃に、ミノタウロスが応じて身構える。


「セイ! イエス!」


 掛け声と共に振り下ろされる傘、これをミノタウロスは半身下がってかわすと、カウンターの拳をバカの顔面へ、足を真上に上下逆さまになりながらぶっ飛んでいく。


 ドッと爆笑、バカを通り越して邪悪な集まりの中、俺も口元が緩む。


 ……経験上、こういった相手はバカに劣らずバカだ。


 攻撃する対象ぐらいは判別できるが、攻撃されたと判断したり、それを避けたり、あるいは反撃したりなど高度なことはできないのが常だ。ましてや傘を攻撃だと理解できるのは、流石に賢すぎる。


 だからといってあんな動く焼肉もどき、そんな知能も知性もあるわけがない。


 考えられるのは一つ、遠隔操作だ。


 この近く、様子が見える場所でリアルタイムで、なんか魔法っぽいことして動かしている。


 それも色々制限があるのだろう。初めからミノタウロスではなく焼肉で登場したのがその証だ。


 そしてその操っている賢い本体を叩けば終わるのがこれまでだった。


 俺は踵を返して近く、置かれてある机の上へ駆け上がると周囲全体を見回す。


 足元にはバカ面上げて俺を見るバカ、動画撮影はできるらしいがそれ以外は何もできないようだ。


 そこからある程度距離が離れるとバカはミノタウロスの方を向いている。


 男は倒れている被害者が重なるように、女は自撮りのバックにミノタウロス入るように、角度を調整しているが止めるとか逃げるという考えはないらしい。


 一方でちゃんと逃げてるのは大人たち、恥ずかしいコスプレ集団にマジって校長、正門へ続く道に陣取りいつでも脱出できるようスタンばっている。バカを相手にしているだけでバカではないらしい。


 一方で壁際で泣いているのは保護者たちだろう。自分の子供がここまで愚かだと知らしめられて絶望している。


 ……この中で一番怪しいのは、バカの中だ。


 普通なら、学会を追放された異端の教授が自分の正しさを証明するために暴走したり、あるいは図書館どこかに封じられていた魔導書の封印が解かれたり、研究してたナノマシーンが漏れ出たりしたりしているところだが、このバカ大学ではそれがない。


 そもそもここに通っている段階で人の集まる場所でやった方が効果が大きいなんて考えられるはずがない。


 外部犯、見学者に紛れての侵入、別に学生じゃなくとも自由に入れるセキュリティのガバさを知らないでの慎重さ、何らバカだから殺してもいいと思っているのかもしれない。


 無意味なプロファイリング、だが肝心の犯人へ、これ以上絞り込めない。


 気配もわからない。


 いつもならとっくの昔に害意とか敵意とか殺意とかそういったもので感知できるのだが、今回はサイコパス系の愉快犯、俺もことも見てない上に、周囲のバカが自分の感情も正しく処理できてないからノイズだらけ、わからない。


 思案、閃き、つまりバカと犯人とをわければいいのだ。


 思いつくと同時に俺は、銃を空めがけてぶっ放す。


 パン! パン! パン!


 派手な音、集まる視線を前に、俺は警棒で正門を指し示す。


「ここは危険です! 今すぐあちらへ退避してください!」


 当然、誰も逃げない。


 だが犯人は見つかった。


 パン!


 ビスッ!


 いい音立てて銃弾、犯人の肩の肉を抉り飛ばす。


「お。おおおおおお、お」


 顔面蒼白になって傷口押さえながら膝を突く犯人、これに呼応してミノタウロスの方も崩れ落ちる。


「はい通るよ」


 一度に三つのイベントに脳の処理が追いつかないバカどもかき分けて犯人の前へと立つ。


「な、何で」


「警棒だよ」


 応えてから、応えてやる必要はなかったと気がつく。


 どうやらバカがうつりはじめてると思いながら、口にした手前、最後まで説明する。


「誰かの格言通りだよ。俺は正門を指し示した時、バカは警棒を見る。見なかったお前が犯人だ。逮捕するよ」


「ふざ、けるな」


 震える足でなお踏みとどまり、犯人は俺を睨む。


「こんなバカどもが、のうのうと補助金で遊べるなんて」


「あーそういうのは弁護士に言ってやりな」


 言って俺、顔を顰める。


 また無意味な返答、この場でやることは一つだけ、それを忘れてるとは、やはりバカがうつったらしい。


 ため息、俺は無駄をやめていつも通り、警棒の一撃で犯人を黙らせた。

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