その2

 未解決事件、不可能犯罪、猟奇殺人に超常現象、数多の行方不明者を出し続け、あらゆる危険が放置され、なのにそれら一切が報道規制で隠し通されている起眞市では、通常と呼べる犯罪さえも発生率が三倍は高い。


 その中で唯一、子供に対する性犯罪の発生認知数だけは、周囲より平均を下回っていた。


 その元凶が、この忍者だった。


「ドーモ。私はペドフォビアです」


 訳の分からない自己紹介、両手で合掌、肘を張って深々とお辞儀する姿は忍者としか言いようがなかった。


 古風な着物、袴に足袋に、手には手甲、背中には刀を二本、交差させて刺している。頭部は長い布でグルグルに巻きつけ、ただ黒い瞳だけを露出させている。


 コスプレとしか思えない不審人物、しかし過去二回、対峙した俺には、こいつがヤバいと知っていた。


 そして過去二回、取り逃がしてしまった俺には、こいつがやたらと強いとも知っていた。


「よかった! 助けてください冤罪なんです!」


 知らない中年、駆け寄ろうとする刹那、頭を上げた忍者の合掌が弾けた。


 ガッ!


 反応できたのは知っていたから、反射で振るったニューナンブ、今度はそのシリンダー部分にクナイが深々突き刺さっていた。


「ひぃ!」


 悲鳴、へたり込む中年、そうさせるだけの速度と威力、だがそれ以上に、俺が防がなければその脂汗たっぷりな額に刺さっていただろうという事実が利いているようだった。


「邪魔をするな公僕よ。これは天啓と前にも言っただろう」


 そう言って忍者、改めて何か拳法めいた構えをとる。


「容疑者を殺すな。俺らの仕事を増やすな。前にも言ったな」


「公僕の仕事などとるに足らない。ロリコン殺すべし。これが全てだ」


 やたらと熱の籠った言葉にはこれ以上の問答は不可能と聞こえた。


 こいつは、そうなのだ。


 起眞市で犯罪率が低い理由、こいつが片っ端から容疑者を殺して回っているからだった。


 警察無線を盗聴しているのか、あるいは内通者でも紛れているのか、軽度重度かかわらず、子供が被害にあったとなればどこからともなく現れて、殺して消える。


 結果、性犯罪は連続殺人に切り替わり、大元の事件は被疑者死亡で書類送検、統計上はなかったことになる。


 性犯罪の再犯率が高いことを考えれば、あながち効果がないわけではないが、しかし警察官としての仕事が増えてることに違いはない。


 だから、ここで捕える。ダメなら殺す。


 俺は発射の難しいニューナンブを捨て、両手で警棒を正眼に構える。


 これに忍者、一歩引くと両手をそれぞれ上下に一振り、それだけで手中にクナイが一本ずつ現れた。


 嫌な流れだ。


「剣術では敵わないと前回学んだ。だから勝てる手で、殺す!」


 宣言、投擲、二連、クナイクナイを俺は警棒を最小で動かし弾き落とす。


「イヤー!」


 そこへ次、飛来するは覆面かそれ以外か、広がる布だった。


 空気抵抗でゆっくりふわふわ、だけれども視野を覆うに十分な障害、これを警棒で叩けば隙が生まれ、次のクナイに間に合わない。


 一瞬の判断、俺の選択は踵落とし、警棒の位置は変えぬまま、ー最小最速で右足跳ね上げ足に絡ませ踏みつける。


「イヤー!」


 布の奥より現れた次は忍者自身、両足そろえての全力ドロップキックだった。


 驚、それでも俺の体は反応、警棒振るって打ち落としに入る。


 ドギャ!


 だが負ける。


 質量差、最小程度の動きで叩けるものでもなく、構えを突き抜け両足揃って俺の胸を蹴り退け反らせる。


 それでも踏みとどまる俺、だが次は避けられなかった。


「イヤー!」


 後ろ回し蹴り、ドロップキックから着地したばかりの筈なのに優雅な一回転より放たれる遠心力キックは、まるで漫画のように俺の体を真横へと吹き飛ばした。


 ドンガラガッシャン!


 激突、崩壊、落下、激痛、机まで吹っ飛ばされた俺の体は痛い。


 そして、中年までの道を遮るものは無くなった。


「きゃぁ!」


 悲鳴、けれど中年からではなく、それは少女からだった。


「来るな!」


 痛みを堪え、身を起こしながら見れば、中年が少女を抱き抱え、胸の前、顔の前、まるで盾にするように、掲げていた。


「見ろ! 子供だ! お前の子供がここにいるぞ!」


 まるでから正にに変わった盾の少女、落ちようとしているのか、あるいは落ちないようにしているのか、小さな手で自分の胸ぐら巻きつけ拘束する中年の腕を小さな手で掴んでいた。


 これに忍者、ジャラリと背中の刀を一本、引き抜く。


「おい」


 不安の声改めて脂汗滴らせる中年、この男は、俺が初めて対峙した時と同じ過ちを犯していた。


「イヤー!」


「「グアー!」」


 悲鳴は二つ、落とされた少女に落とした中年、その両者とも右腕を刺しつら抜かれていた。


 貫いたのは、忍者が投げた刀、それが少女の右手と中年の右手、重なる一点を刺し、まとめて貫いたのだった。


「うぉおおお! 何故! 何故私がぁ!」


 絶叫する中年男、右腕から滴る血、けれど量が地味、この仕事をしてきての経験から、傷は致命傷に程遠い浅いものに見えた。


 それより問題は少女の方だ。腕をガッツリ貫通した刀は貫いた刺さったまま、それどころか落ちた衝撃で刃が動いたらしく、派手に出血をしている。その表情も蒼白、貧血と激痛のショックから声も出せずに過呼吸に陥っていた。


 凄惨な状況に、けれど忍者は無言で残る刀を引き抜く。


 この忍者は、少女を助けたいのではなかった。


 ただ、ロリコンを殺したいだけだった。


 そのことを理解してしまった少女の表情に、絶望と恐怖が涙と共に浮かぶ。


 その身体が持ち上げられた。


「うぉおおおおおおおお!」


 中年男、無事な左手で少女の尻を抱き抱えるように持つやそのまま正面、忍者に向けて放り投げた。


 非人道的、これに忍者は冷静に刀を構えて迎え打つ。


 ダメだ。


 刹那に俺の体は弾けた。


 限界を超えた駆動、飛び出し手を伸ばし、中空の少女の前へ。


 ドサリ。


 抱き止めるや否や勢いそのまま反対側の壁へと突っ込んだ。


 ゴッ!


 激痛、意識の飛び、光る視界、一瞬の気絶の後に感じるは胸の中での少女の過呼吸、そしてこれ以上は間に合わない現実だった。


「イヤー!」


 ぞん!


 耳に残る嫌な音、忍者が投げた刀は、中年男の右目と鼻との隙間に深々と刺さった。


 立ったままの即死、倒れる亡骸、せめて俺にできるのは、この凄惨な状況を少女に見せないよう、抱き抱えることだけだった。


「セイ! バイ!」


 パン!


 音を立てて改めて合唱する忍者の姿は、過去二回と同じだった。


「公僕よ」


 そして倒れている俺を見下す眼差しも、同じだった。


「お前はロリコンではない。だからそこで抱き合うこと、今だけは見逃してやろう」


 上から目線勝ち誇った物言い、これに俺が言い返す前に忍者、叫ぶ。


「オタッシャデー!」


 ドロン!


 どこから吹き出してるか大量の煙を爆ぜさせ、過去二回同様、その姿を眩ます。


 ジリリリリリリリリリリリリリリリリ!!


 残された煙が火災警報器を燻らせ、スプリンクラーの雨を降らせた。


 最悪な気分だった。

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